第193話 麒麟(2)

文字数 1,603文字

 気付けば、竹丸とそのような話をしたことがなかった。
それ以上に、為すべきこと、為さねばならぬことが多く、
あらためて話題に出たことがなかった。
 小木江城で負傷した後、初めて湯浴みが許された時、
信忠が、

 「万見を看てやってくれ」

 と言っていたと背を流してくれた竹丸から聞き、
嬉し涙で号泣し、様々な感情が込み上げて、
二人で出世しよう、出世競争をしようと竹丸に抱き着き、
何故かその時は竹丸も泣いた。

 今の竹丸は整理された思考のいつもの竹丸だった。

 「儂か。そうだな。普請に関心がある。
石ひとつ、木材一本が、人智によって、
まったく別の意味を持ったひとつの集合体となって、
砦、城となる。
今は殿の御側仕えを有り難くさせていただいているが、
この後、普請仕事を仰せ仕ることがあれば、
まこと、幸いだ」

 竹丸は堀秀政と懇意にしており、
日頃から信頼を寄せ、尊敬していた。
秀政は今の竹丸の年頃で、
足利義昭の仮住まいである本圀寺(ほんこくじ)の普請に、
奉行となって携わっている。
 信長が武者小路に屋敷を造営するとなって京に滞在した時、
随伴していた竹丸は現場で作業を見たり、
棟梁らから話を聞くことが楽しくて堪らなかったと言い、
普請に関する書物もずいぶん集めているようだった。

 「仙千代はどうなのだ?」

 「うむ、仙はどうするのだ」

 信長には、生まれ育った鯏浦(うぐいうら)の地に城を再建し、
治水利水を行って湊を造り、
城下を繫栄させると夢を語ったが、
今は話の流れから、
その前に何を為すのかということだった。

 「儂は……ううむ……すまん、
まだ具体的なことは無い。
もどかしいばかりじゃ、我ながら。
三郎や竹丸のように明快に語ることができん。
無様(ぶざま)じゃなあ!」

 少しばかり顔が赤らんだ。
恰好の良いことを言ってみたかったが、
三郎のように主家の繁栄を願い、子孫の末広を願い、
太平の世を願うという気宇壮大なことは言えず、
竹丸のように地に足のついた将来像も語ることができない。

 「なれど、何か興味はあるであろう、何か。
よく鉄砲隊の大将と話したり、
砲術の本を読んでおるではないか」

 竹丸が救いの手を出した。

 信忠と出会った儀長城の主は、
信長の鉄砲師範を務めた橋本一巴(いっぱ)の嫡男、橋本道一(みちかず)で、
矢合(やわせ)城主であるその弟ともども、
今も織田家に鉄砲隊を率いる武将として仕えており、
万見の養父(ちち)が親しくしていた関係から、
幼かった仙千代も幾度か狙撃の真似事をさせてもらい、
鉄砲に興味がないわけでなく、
竹丸が言うように関心を持ち、
機会があれば書物を手に入れたり、
または借りて、書き写したりしていた。

 「うむ、鉄砲からは目が離せん。
長島でも移動式の巨砲(おおづつ)が使われた。
最新の安宅船(あたけぶね)には複数の砲台が備え付けられている。
他の武器に比較して改良改革、技術進歩が目覚ましい。
そのような意味でも目は離せない」

 「奥歯に物が挟まっておる言い方じゃな、何やら」

 三郎は鋭く突っ込みながらも、
仙千代に笑顔を忘れなかった。

 「実技が伴わぬから。頭でっかちなばかりで」

 仙千代は正直なところを述べた。
刀術、槍術、棒術、組手など、
各種の武術を日頃の鍛錬で小姓は教わる。
それらは単独でも修練を積むことができる。
だが、砲術はそうはいかない。
城主の許可なく鉄砲を放つことは許されず、
また、小姓の武術訓練に鉄砲は入っていなかった。

 「確かに仙は殿に侍る時間が長いからなあ。
殿がお離しにならぬから」

 三郎の指摘のとおり、
若輩の小姓が入ってきても、
信長は仙千代を傍に置きたがり、
朝から日が沈むまで、ほぼ共に過ごしていた。

 「仙の関心が形となって叶う日は必ず来る。
殿は我ら小姓の行く末に、
きちんと目を配ってくださっている」

 竹丸が仙千代を励ました。
 確かに、今や宿老である丹羽長秀、
有力な与力となっている前田利家、
秀吉の小姓であったのを聡明さを気に入られ、
信長が召し抱えた堀秀政など、
信長が寵愛し、期待に応えた者は、
皆一様に地位をしっかりと築いている。



 
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