第48話 信忠

文字数 1,320文字

 およそ四ヶ月ぶりに岐阜へ帰った信長は、
久しぶりに(つま)や側室、子供達と会い、
弥生の末以降、この葉月初めまで、
岐阜の城に居たのはわずか三、四日だったと気が付いた。

 今回、岐阜に残った信重は、信長が留守の間に、
兵をよく集め、鍛錬し、武器弾薬の用意も怠りなかった。

 先の二十八日をもって新たな元号「天正」となり、
これは信長が幾つかの候補の中から選び、
帝に推載したものだった。

 留守居としての信重の働きに、信長は大いに機嫌を良くし、
信重を称賛すると同時、
改元された目出度い年に相応しいとして改名をすすめ、
以後、織田信忠と名乗らせることとした。

 あれほど無粋だと見ていた信忠だったが、
四ヶ月を経て帰ってみると、小姓がまた増えており、
今度は十三才で、岐阜に程近い加納の土豪の息子だという。
何でも鷹狩りに行った際、休憩をした家の子で、
賢く気が利くということで召し上げたと信忠は言うので、

 「なるほど。賢いことは重要ですな」

 と答え、内心では、

 ずいぶん可愛らしい顔立ち……
清三郎に似ているような……
いや、仙千代なのか……
いずれにせよ、美形好みは間違いない……
三郎だけは外道、いやいや、特別なのか……

 と信長は可笑しく思った。

 その仙千代はといえば、
身近に竹丸という良い手本がある分、得をしていた。
竹丸も仙千代を妬むことなく、惜しみなく何かと教え、
二人は良い組み合わせだった。

 宇治川を渡る際には、内心、小姓達を心配していた。
細かな指示を出さずとも、
小姓集団の周りは大柄な兵が取り囲み、
年若く身体的に未熟な小姓達を手助けし、見守った。
小姓達も互いに励まし合い、一人の脱落者も出さず、岸に泳ぎ着き、
信長は安堵した。

 岸へ着くと真っ先に、竹丸、仙千代を呼び寄せ、
信長の装備を整えるよう命じ、世話をさせた。
 川を無事に泳ぎ切ったことを誉めてやりたい気持ちもあった。
竹丸は遠征が三度目になるが、危険な思いをしたことは、
これが初めてのはずだった。
 また仙千代に至っては軍勢の中でも最年少で、
どうしても体力的に不安がないとは言えない。

 「水責めで苦しんだであろう。よく付いてきた。
この後は火攻めじゃ。二人に褒美の大花火を見せてやろう」

 と信長なりの言い方で二人を労い、
信長自身、自分を鼓舞した。
大花火とは将軍が立て籠る真木島の城を落とし、
焼き討ちにすることを意味していた。
 
 二人は畏まりつつも、先輩格の竹丸が、
小姓総員が受けた褒め言葉だとして、後ほど皆に伝えると答えた。
 仙千代も、唇をキッと結び、竹丸に頷いていた。

 仙千代は、今回の遠征での成長が著しく、
相変わらず影日向無く立ち働くことといい、
控え目ながら朴直を湛えた明朗な人柄といい、
物覚えの良さに加え、努力を惜しまぬことといい、
有力家臣候補として、ますます末が楽しみだった。
どれほど寵愛しようとも、
本人に資質がないものを引き立てたなら、
主君の能力に疑念を抱かれる。
もちろん、信長も人間で、依怙贔屓はする。
だが、贔屓に安住し、無心に努めない者からは心が離れた。
信長はその部分では乾いていて、譲ることはしなかった。
戦に明け暮れた人生で、ひとつ踏み間違えば刃の海に落ち、
一瞬にして命を失うことを身に染みて知っていた。















 
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