第366話 様々な小姓

文字数 1,669文字

 勝頼の置かれた立場上、
版図(はんと)を急拡大させている背景が、
若さ故の血気の逸り(はやり)のみに理由を求めることは
できない事情があるのだと解し、
重勝は口を堅く結んだ。

 信長の陣に、
いつしか、幾人もの見知った小姓達がやって来ていた。

 昨年、長島一向一揆制圧の大評定で、
岐阜城に諸将が参集した際に、
皆で犬追物談義を交わした小姓仲間が、
偶然この夕、居合わせた。

 仙千代より一歳年長で、
柴田勝家に属す毛受(めんじゅ)庄助家照、
羽柴秀吉の小姓である、
一つ年下の石田佐吉、
二つ年下の福島市松、
三つ年下の加藤夜叉若だった。

 中でも家照は既に元服を済ませ、
昨年の長島では比類無き忠義と活躍を見せて、
織田家中で評判の若武者になっていた。

 長島は「根切」の掃討戦とするという、
隣室の広間から聴こえる信長の音声(おんじょう)に、
梅雨時の気候も相まって、
打ち沈んだ小姓達の空気を変えたのが、
当時まだ元服前の家照だった。
 庄助だった家照は柴田家での犬追物の催しについて、
軒高に語り、場の倦みを飛ばした。

 そういえば、あの時、
清三郎が居た……
 大人しいと見えた(せい)が、
犬追物の話に身を乗り出して目を輝かせていた……
あれは、僅か一年前のことなのか……

 仙千代は後で知ったことだが、
長島の戦で、
勝家は馬印を敵に奪われるという失態を犯した。
 武威を示す馬印を失うとは恥辱であるとして、
勝家は敵陣に突入し、討死しようとした。
 それを庄助が制止し、自ら打ち入って、
見事、金の御幣(ごへい)の馬印を取り返し、
勝家の称賛を受けると、
直ちに再び敵に突撃していった。
 勝家は急ぎ精鋭部隊を進出させて、
若き烈臣の命を救った。

 その活躍により、
勝家は庄助を家照と名乗らせ、
家照の実兄をも差し置いて家照を小姓頭にすると、
勝家の庶子である勝忠の養育を任せ、
一万石で取り立てた。
 今では一部隊を率い、
この志多羅でも活躍が期待されている。

 毛受殿は、
十二歳で柴田様に仕えた頃からの寵愛に応え、
長島の戦では一命を賭して主の名誉と命を護り、
今や、
主君の子の養い親にまで成っている……

 元服は終えているものの、
未だ(つま)を娶っていない家照が、
それでも勝家の子の養親であるということに、
勝家の家照への絶対的な信と情愛が見て取れた。

 家照は所用を済ませると、
仙千代や竹丸と挨拶程度に言葉を交わして、
慌ただしく去った。

 つむじ風のような男だ!……

 柴田の陣への見舞いで仙千代が気を利かせ、
氷砂糖の入った袋を持たせようと用意していたのに、
家照はそれどころではなく、立ち去った。
 それを見ていた秀吉の小姓の石田佐吉が、
口の端を少しだけ緩めた。
 感情を露わにすることの少ない佐吉なりの、
家照への親しみの表れなのだと、
仙千代は思った。
 
 一方、一緒に来ている福島市松は、
信長の甲冑揃いが居並んだ壮観に見惚れ、
つい触ったところを、
年下の縁者、
加藤夜叉若にびしっと手を叩かれ、

 「上様の御身体にも等しい鎧に触れるとは!
ただでは済まぬぞ!」

 と怒声を浴びた。
 確かに、それはそうなのだが、
夜叉若が叱責したことで、むしろ収拾がつけられる。
 
 佐吉は、顔を青くしていた。

 竹丸が、

 「此度は学びの場としておけば良い。
細工の余りの見事さに圧倒され、
引き込まれる気持ちは分かる。
が、ここに羽柴殿が居られたならば、
その腕、胴から離れていたやもしれぬぞ。
好奇心とは距離をもって付き合うことだ」

 と締めて、終わった。

 佐吉は竹丸に感謝の色を静かに浮かべ、
夜叉若も事が収まり、頬を紅潮させていた。
 市松本人も、

 「申し訳ござらぬ!
金輪際、二度と致しませぬ!」

 と、武士の魂である具足、
しかも、
総大将の甲冑、鎧に許可なくして触れた軽率を、
しっかりと詫びた。

 羽柴秀吉の陣にも氷砂糖を準備していた仙千代は、
佐吉に袋を預け、別のもう一つを、

 「毛受殿を追い掛けて差し上げよ」

 と市松に手渡した。

 氷砂糖を受け取ると、
市松は、

 「はっ!畏まり……!」

 と、語尾まで言い終わらぬうちに、
勇んで陣を後にした。
 その素早さに、

 つむじ風のような奴だ!市松もまた……

 と、仙千代は後ろ姿を見送った。









 




 

 

 

 





 


 






 


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