第105話 一揆軍 本城(2)

文字数 1,201文字

 一揆軍の攻め立ては猛烈だった。
しかし、命じておいた大鉄砲が、
長島城の石垣、塀、三の丸の大手門を狙い撃ち、城郭が崩れると、
敵の心理に働いたのか、攻撃がいったん止んだ。

 「追撃せよ!緩めるな!」

 静寂を打ち破ったのは信忠軍で、
武器弾薬を運ぶ馬と共に兵が次々に上陸すると、
敵も破られた大手門からわっと出てきて、白兵戦となった。

 「水路すべて、船団で埋めよ!」

 本丸、二の丸、三の丸は水路で仕切られており、
本丸を南から西側にかけて二の丸が包み込み、
その外を南から西側にかけて内堀が囲っていて、
三の丸は内堀の外側に配備されている。
 それらの堀は通常であれば要害となるはずが、
城前で白兵戦が起きると一揆軍は手薄となって
周囲への防備が疎かになり、
夥しい数の軍船により包囲されると、
水路は織田軍の支配地となって、城と地続きになった。

 九鬼嘉隆と滝川一益の数百という船団に加え、
信忠の弟、信雄(のぶかつ)も伊勢から部将を率い、
大船に乗って参陣し、
伊勢湾のあらゆる湊から集まった諸勢の船は、
思い思いの旗印を船中に打ち、
家紋の大旗をたなびかせながら、
綺羅星のように四方から長島を取り囲んでいる。
 城の水路は織田軍がすべからく埋めた。

 大鉄砲により三の丸の城郭は破壊され、
敵は明らかに劣勢だった。
戦闘に加わる者の数は徐々に減り、
敵兵は願証寺や長島城へ逃げ込んだ。

 滝川一益が用意した信忠の為の安宅船(あたけぶね)は、
船体の各所が鉄板で覆われていて、
まだ完成を見ぬ本格的な鉄甲船の(さきがけ)とも言えるものだった。
強力な火力を誇る大型の砲台を備え、外観だけですら、
他を圧倒している。

 信忠は、万が一にも害が及ぶことのないよう、
幾重にも護られていて、
最も傍には左に三郎、右の少し背後に清三郎が居た。

 「敵が封じられた!」

 一揆軍が願証寺と長島の本城に逃げ込んだのを認めた三郎が、
中洲を見渡し、叫んだ。
 まだあちらこちらで金属音、火薬の炸裂音が散発的に聴こえ、
兵達の荒々しい音声(おんじょう)も飛び交っている。

 中洲には両軍入り乱れての死者、負傷兵が残されている。
自力で味方の陣地へ戻れる者は助かるが、
休戦にでもならない限り、命をそこで終えるか、
夜の帳が降りた時、
味方が救いに来るまで耐えるしかない。

 いずれにしても負傷すれば多くの場合、命は無かった。
銃創の手当てを専門とする金瘡医(きんそうい)を武将達は召し抱えているが、
どのみち、たいしたことはできず、弓を抜いたり、
傷病部位に熱い焼鏝(やきごて)を当てて傷を塞いだり、
薬草を塗布するぐらいしか治療法もない。
民間療法で、尿を傷口にかける、人糞を塗り込む、
馬糞を水で薄めたものを飲む等、効果が怪しいどころか、
逆効果でしかないものも広く流布されていた。

 信忠は長島城の牽制が成ったことを確認し、
信長本隊をはじめとする各軍と連携し、
陸も水上も間違いなく配備をすると、
来たる篠原(しのばせ)城攻めに備え、
殿名にある伊藤実信の屋敷近くの陣で信長と合流した。

 

 

 


 

 

 

 

 





 






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