第357話 岡崎城(9)鳥居強右衛門②

文字数 881文字

 未だ呼吸の整わない強右衛門(すねえもん)ながら、
必死の声を張り上げた。

 「兵糧が尽き掛けております!」

 家康が応じた。

 「充足しておるはず!何事か」

 「(ふくべ)丸が焼け落ちました!」

 長篠城の兵糧庫は瓢丸といった。

 「火矢を受けたか……」

 「必死に消し止めましたが力及ばず。
焼失と相成り申した。
一粒の米にも困窮する有り様にて、
長期籠城は既に叶わず、
落城間近の絶体絶命に転じております」

 家康が続ける。

 「奥平は何と申した」

 「三つの道を示し、
一つは全員で討死をする、
二つは城主の命と引き換えに降伏をして開城する、
三つ目が岡崎へ走り、
援軍を確実に取り付けると」

 奥平は、
織田徳川連合軍がやって来ることは知っている。
だが、兵糧を欠き、
兵の士気が下がった状態で、
いつまで持ちこたえられるのか。
 援軍が現れても城が落ちていれば何にもならない。
事実、昨年の高天神城では、
織田軍の到着が遅れ、家康は版図(はんと)を奪われた。

 また、
城主さえ命を差し出せば事が済むのかといえば、
けしてそうではなく、
国は武田のものとなり、
残った家臣、城兵は、
以後は織田徳川連合軍に対しての先兵として使われて、
消耗消滅することが目に見えている。

 救いは、第三の道のみだった。

 「援けは必ず来る、
数日内に確実に来ると知ったなら、
我らは持ち堪えられます!
持ち堪えてみせまする!」

 「相分かった!ようやった。
見ての通り、上様はじめ、
織田家の歴々も参じてくださっておる!
憂慮は不要ぞ、目下、手回しの最中じゃ」

 と家康は言い、
強右衛門に食事をして休めと労った(ねぎらった)

 強右衛門は首を縦にしなかった。

 「吉報を皆、
一日千秋の思いで待っております。
御厚意のみ頂戴し、
直ちに発たせていただきたく存じます!」

 言葉に迷いはなく、
顎を上げ、眼差しは澄んでいた。

 家康が信長を見た。

 信長は、

 「まさに三河武士。
鳥居強右衛門……
我が胸に名を、傑出の国士として刻もうぞ!」

 と惜しみない賞賛を与えた。

 本来、信長は当然のこと、
家康にも、
目通りの許される身分の強右衛門ではなかった。
 しかし、この場の誰にも強右衛門は、
超然と輝いて映った。
 

 


 



 

 





 




 
 

 


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