第233話 鷺山殿と日根野弘就(8)

文字数 1,204文字

 茶事を終えた信長、信忠、鷺山殿は、
晴れ晴れとしていた。

 「於濃、見てみよ、ほれ、あそこ」

 「まあ、雪だるま!」
 
 信忠も加わった。

 「おや、三つ、ありますね」

 岐阜の空は雪雲に覆われ、
音もなく雪がこんこんと降り積もっている。

 雪だるまは大、中、小と三つあり、
炭や南天の実、葉を使い、上手く表情が出来ていて、
微笑ましかった。

 気付けば、
雪だるまが置かれた庭石の辺りは足跡があり、
辿ってゆくと、幼い小姓達が戯れていた。
 三体のだるまは、
小姓達が主君一家を象って(かたどって)作ったものだった。

 「大きなだるまが殿。次が若殿。
残りが私でしょう」

 「さあ、どうか」

 と言った信長は、

 「大だるまが於濃ではないか?」

 と続け、破顔した。

 「まあ!私は髭などありませぬ。
あの大だるまには髭が」

 「於濃は髭が生えておる。心の臓にな!」

 「殿!雪団子を投げますよ!」

 信長は、

 「於濃には勝てぬ。
かくなる上は日根野が来るのが楽しみだ。
日根野なればこそ、
聞きたいことが山のようにある。
過去二十年分のな」

 「殿の御心の広さには、
敬服致すばかりでございます」

 満更世辞でもなく、
頬をほんのり紅潮させ、
心からの言葉で返した鷺山殿に、
信長はちらと笑って見せた後、
信忠に向き直り、

 「大木も呼ぼう。若殿は如何か」

 と訊いた。

 大木といえば兼能(かねよし)で、
長島征圧戦の最中、
兵糧攻めに耐えかねて降伏を申し出る為、
小木江(こきえ)城に一揆軍の使者として訪れた武将だった。

 仙千代は大木兼能に竹筒に入った井戸水を供し、
嫌味なことをしたと自身の心根を持て余し、
城内を彷徨う内に一揆の若者に背を斬られたのだった。
 その傷はこのような酷寒の日には、
微かに疼き、あの若者を思い出させた。

 昨日の敵は今日の友……
これからは大木殿も織田軍に……

 仙千代が感慨に耽る間も無く、
信忠の返事が響いていた。

 「大木……兼能。
優れた武人であるばかりでなく、
文事の才にも恵まれた、
両道の者だと聞き及んでおります」

 「うむ。日根野を味方とするのなら、
大木に至っては何の問題もない。
今後は織田軍の若武者として、
十二分に働いてもらうとしよう」
 
 この日から遠からず、
日根野父子は岐阜を訪れ、信長に拝謁を賜ると、
過去を詫び、新たに織田家に仕えることを許された。

 信長は、弘就、高吉の父子を、
親衛隊である馬廻りとして取り立てた。
 やはり馬廻り衆である秀政は、
二人の世話を厚くした。
 鷺山殿は二十年ぶりに日根野弘就(ひねのひろなり)と会い、
弘就が、
鷺山殿の兄弟を殺めた過去を謝罪しようとすると、

 「ただの一度も、
私怨で動いたことはないと承知しておる。
詫びは口にされるな。
殿に謝ってくださった。それで十分じゃ」

 と言い、

 「織田家中で金森家といえば、
殿の信の厚い御家柄。
これからは日根野殿の一門衆も、
金森隊の一翼を担われると聞く。
御活躍、楽しみにしておりますよ」

 と、笑んだ。
 弘就、高吉の父子は無言で、ただただ頭を下げた。

 








 
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