第23話 喧嘩(2)

文字数 1,099文字

 家格が何だ、身分が何だ、具足屋の何が悪い、
武士たる者、具足の世話にならぬ者が一人でも居るのか、
差し出す、受けるというが、口惜しいなら受けてみろ、
そんなに差し出したいなら差し出せばいい、
誰にも要らぬと言われるわ!……

 「ふん、具足屋を庇うか。流石、万見様」

 「ああ、万見だ、万見仙千代だ、それがどうした!」

 猿山の偽大将が口を歪め、せせら笑った。

 「万見と具足屋なら良い組み合わせじゃ。
せいぜい這い上がるが良い、点数稼いで、何でも差し出し」

 「ああ、機会は掴む!選り好みはしない!
選ぶ余地はない!進むしかない!儂ら、身の低い者はな!」

 「ああ、嫌だ、品がない。やはり家格は大事よな」

 「おみゃあは公卿か!偉そうに!
近江で浅井、朝倉と対峙しておられる木下様にも、
同じことを言えるんか!
言えんなら口を閉じておれ、永遠に!」

 木下とは木下藤吉郎で、
名字すら持たない身分から今や織田家の有力な武将となって、
信長に大いに期待をかけられている。

 「みゃあみゃあ鳴いて、猫じゃな、万見家は。
所詮、虎の威を借りる猫」

 哄笑を飛ばし、底意地の悪い眼を光らせる。
仙千代は挑発に乗り、唾を飛ばした。

 「虎の威を借りるは狐じゃ!諺も知らぬか!たわけ者が!」

 「ほう、来て一年経たず、もうそれか!恐ろしい!」

 偽大将は意地の悪い顔をして仙千代に紙くずを投げた。
棒でも飛んできたならまだしも、
紙くずというのが仙千代を明らかに小馬鹿にしていた。

 仙千代は乱切りの大根を掴むと、飛び掛かり、
馬乗りになると口中に大根をぐいぐい詰め込んだ。

 清三郎に売られた喧嘩を、
いつの間にか仙千代が引き取っている。

 相手は三人組だった。
馬乗りの仙千代は直ぐに引き離され、踏んだり蹴ったりされた。

 「清三郎!大根をよこせ!」

 初めて清三郎の名を呼んだ。
足蹴にされつつ必死に叫ぶと清三郎が大根を手渡した。

 仙千代は大根を振り回し、顔といわず胴といわず殴りに殴った。
大根が折れると、清三郎が仙千代にまた渡す。
 やがて清三郎も加わって、三対二になった。
清三郎はやはり大根で殴り付けていた。

 五人がボロ布のようになりかけた頃、
騒動を聞き付けた竹丸がやって来て、
乱闘状態の五人に桶の水をかけた。

 五人は動きを止めた。

 仙千代は思った。

 またもやってしまった……
しかも清三郎も巻き込んだ……
こいつに売られた喧嘩を儂が買ってしまった……

 相手は狡猾だった。
大根、つまり武器を使ったのはこちらで、三人は素手だった。

 刃傷沙汰でこそないが、
仙千代は相当な処分を今度こそ、覚悟した。

 竹丸の呆れたような、情けないような、
悲しそうな顔が、仙千代を見ていた。

 

 
 


 

 

 




 
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