第336話 *帰還の夜(1)*

文字数 1,618文字

 じんわりと汗の滲んだ艶めく肌、
幾筋か、髪が頬に張り付き、唇にも掛かっている。
乱れた仙千代の潤んだ瞳の熱に浮かされたような表情が、
信長は好きだった。
 絶頂からの解放を期待して、
その眼は信長を見詰め、眼差しを外さないでいる。

 信長は仙千代をいったん邸へ帰し、
湯浴みを終えた頃を見計らい、
天守麓の私邸へ呼んだ。

 信長自身は代わる代わる側室と夜毎(よごと)過ごしていたので、
肉体的欲求は溜まっておらず、
むしろ、一人寝が恋しいぐらいだったが、
たった一日離れていただけで、
仙千代への恋慕が一段と燃え盛ってしまった。

 「仙千代……昨夜はどうしておったのだ」

 「はい……」

 「はいでは分からぬ」

 「はい」

 信長の手指の動きに仙千代は、
目の前の快楽以外の何も考えられず、
ただ呼吸を荒くして生返事をした。
 信長の背に回されている仙千代の手に力がこもり、
瞳の奥の光も妖しさを増した。

 「答えておらぬではないか、
はい、はいとばかり」

 「ああ!はい……」

 「愛くるしい田舎娘の一人や二人、
見掛けたのではないか」

 「ああっ、はっ、はい」

 褥の媚薬で戯れに囁いてみた信長に、
言葉の咀嚼もせずに肯定をした仙千代は、
ただ夢中で快感を貪っているのだと知れる。

 「何処じゃ、何処で見たのだ」

 信長の技の緩急に、
切なげに眉根をひそめ、

 「いえ、見てはおりませぬ、
左様なことはありませぬ、何も」

 と、ようやく正気の答えを返した。
仙千代にしてみれば、
信長に対し、別心など抱いてはいないことを、
訴えたいのに違いなかった。

 「申したことと違うではないか、
先程は愛らしい娘を見たと」

 いやいやをするように仙千代が抱き着いてきた。

 「お叱りを受けるような真似、しておりませぬ」

 吐息を信長の耳に漏らし、脚に脚を絡め、

 「ですから、どうぞ……」

 と懇願をする。

 「どうぞとは?」

 「ですから……」

 十代半ばに差し掛かった仙千代は、
若さの絶頂にあって、美しさがひとしおだった。
 性根の朴直から来る清らかさはそのままに、
幼さは凛々しさに変容を遂げ、
凛々しさの中に艶やかさ(あでやかさ)を秘めつつも、
退廃の色は無く、それでいて、
とある瞬間、(たが)が外れれば極めて奔放だった。

 「仙は如何なる女子(おなご)が好みなのだ」

 仰向けの仙千代は片脚を信長の肩に乗せ、
まだ下帯を着けたままの信長の視線にすべて曝け出している。
 仙千代の好む秘所を知り尽くしている信長が、
焦らすでもなく焦らし、
女人との交わりの経験はおろか、
日頃、異性との接点すら殆ど無い仙千代に、
少しばかり意地の悪い台詞を投げると、
紅潮させていた顔色をいっそう火照らせ、

 「考えられませぬ……」

 と悩まし気にようやくひとこと零した(こぼした)

 柔らかな翳りからそそり立つ仙千代の茎の先端が、
夜露を帯びたように濡れていた。

 「仙とて年頃の男子、興味があるであろう、
女子というものに」

 「上様だけでございます、
上様以外、知りませぬゆえ……」

 仙千代とあの日、あの時、出会わなくとも、
これほどの容色、聡さであれば、
いずれ何処かで引き合わされて、
仙千代は信長のものとなっていた。
 しかし、自分自身が見初め、
手に入れたのだと思うと、あの邂逅は運命であって、
仙千代の生涯すべて、信長が統べていると思えば、
愛しさがいっそう増した。
 仙千代の居ない日々など、
今では考えられない。
 何もせずとも、逆に、何をするでも、
仙千代が居なければ空疎を感じた。
その隙を何かで埋めようとしても、
代わりを見付けることは困難だった。
 仙千代はただ居るだけで信長を高揚させ、
同時、安寧をもたらした。

 愛しさに信長は手を休め、唇を重ねた。
 やがて熱を帯びてくると舌を差し入れ、
仙千代の唾液なのか信長自身のものなのか、
渾然一体となって、分からなくなった。

 「上様」

 「ううむ……」

 「御手が……止まっておいでです」

 仙千代に強請られる(ねだられる)のは喜びだったが、
余りの愛しさに少しばかり苛めてもみたくなる。


 

 

 

 

 

 






 

 


 


 
 
 


 



 

 

 
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