第415話 仙鳥の宴(1)息子達と小姓①

文字数 1,430文字

 少なくない兵が亡くなって、
 家康の一門衆であり、
信長にとっても血族である松平伊忠(これただ)の討死をみて、
祝宴とはいえ、悲しみが滲む中、
長篠、志多羅の戦いの総括が行われ、
まさしく大勝利であったことが武将達の報告により、
いよいよ確かに認められると、
自然、場は和やかなものへ移って行った。

 織田方は信忠、信雄(のぶかつ)
徳川軍からは、家康の息子 松平信康、
酒井忠次(ただつぐ)の嫡男 家次という若い四人も、
席を与えられていた。

 席次としては信長に次いで信忠、信雄、
徳川家は家康、信康が並び、
佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀、金森可近(ありちか)
石川数正、酒井忠次、榊原康政ら、
他にも大将達が続いて、
末席に豊田藤助が座した。

 信忠の心境としては、
信長の厳命とはいえ、
諸将や兵が血飛沫(ちしぶき)(まみ)れて戦う中、
自分達兄弟は、
河尻秀隆に説かれつつ合戦を観ていただけであり、
果たして己が、
このような席に居ることが相応であるのかと、
何とも言い難い思いを味わっていた。

 信長は、
家康と信康が兜も被らず戦って、
将兵を鼓舞したとして誠に感銘を受けたと言い、
他にも鶴翼の陣形の中央で勇猛な働きを見せた、
内藤信成、
やはり先鋒の、
大久保忠世、忠佐(ただすけ)兄弟の奮戦にも、
賛辞を送った。

 「そして何より酒井」

 「はあっ!」

 「天晴れであった!
その功は末代まで語り継がれ、
織田、徳川両家の歴史に確と(しかと)刻まれるであろう」

 同盟者という形ではあるものの、
既に主家としての振舞となっている織田家でまで、
永代の称賛を受ける武功であったと言う信長の機嫌の良さは、
父を知る信忠にとっては、

 それだけでは済むまい、
この後に何かある……

 と見ていた。

 主に徳川諸将を称える時を過ごして、
信長が、

 「失った命を思えば、
我らの将兵は当然のこと、
敵将、敵兵でさえ惜しむべきもの。
嘆きに果てはないが、
有史に輝く大勝利となったことも事実である。
ここに、亡き者達に一献捧げ、
一時(ひととき)、交誼の場としよう」

 と告げると、
家康に音頭を取らせ、
諸将はそれを合図に呑む者は呑み、
食う者は食った。

 「よもや仙鳥を食む栄誉に(あずか)るとは」

 「よう射止められましたなあ、夕刻に」

 「これを射た者は出世間違いござらん、
本来、夜の鳥。矢の腕も相当なもの」

 「また山椒が芳しい」

 三郎から聞いたところでは、
仙千代の遠縁にあたる家臣、近藤重勝は、
仏法僧をそうとは知らず射て獲って、
一羽では如何にも足りぬと考えたのか、
しばし姿を消していたかと思ったら、
その後、

 「まだ炭は(おこ)っておりますか」

 と新たに一羽捕えて現れて、
三郎に、

 「焼いてくだされ。すみませぬな」

 と愛想のあるような、ないような、
いつもながらの独特の風情のままに、
珍鳥を足してみせたのだという。

 場が進むにつれ、
織田家と徳川家が入り混じり、
今夜ばかりは友誼を深めている。

 諸将の膳の世話は、
酒宴の主である信長配下の若い小姓達が請負っていて、
三郎や勝丸は差配に回っていた。
 
 信長の盃に注ぎ、
給餌をするのは仙千代、竹丸。
 家康側は酒井家次、
あと一人、家次と似た年配の、
面影に幼さを残す小姓だった。
 
 「酒井の嫡男は宴席勤めもするのか」

 信長が家康に問うた。

 「小五郎は、
数年前より浜松にて小姓をしておりまして、
此度、急ぎ元服し、
酒井が長篠城救出戦に是非にもと、
参戦させたのでございます。
新しく、
井伊万千代なるこの者が小姓に就きました故、
先頃より酒井小五郎が、
小姓勤めを実戦で教授しておる次第にて、
不調法ありますれば、
御指摘の上、何卒、御容赦ください」


 



 
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