第8話 帰城の宴(2)

文字数 1,478文字

 仙千代の居場所は父上の近くで正解だった……

 淋しさを感じつつ、信重は認めざるを得なかった。
信重の小姓では不可能な数多の貴重な経験を、
信長のもとでは日々、積み重ねられる。

 仙千代に信長が目を細めるのも仕方のないことだった。
本来、覚えが良い質で、影日向無く働き、
しかも努力家なのだから、
他の小姓の倍、三倍で力をつけてゆくのも当然だった。
 その上、信長の寵愛という、
これ以上はない強力な盾に守られている。

 酒が入って、場が進むと、無礼講というわけでもないが、
一同、飲めや歌えやとなり、
例によって小姓達が太鼓、踊りと駆り出され、
このような時には、大将達の小姓も混ざって、
踊りに加わる。
 女人が居ないのだから、小姓が宴の華だった。

 こうした派手な場に限り、
奥向きに消えている仙千代を信長が名指しで呼んで、
踊りの輪に引き入れる。

 「仙千代!仙千代が居らぬではないか。
仙千代は何処に居る」

 広間の外に控えていた仙千代が、
他の小姓に引っ張られるようにして姿を見せると、
信長の仙千代への贔屓を場の皆が知っていて、

 「さあさあ、仙千代殿も踊られよ」

 「仙千代殿が舞う様は眼福そのもの。
爽やかに踊られる御姿を是非、拝見したい」

 と、賑やかに囃し立てる。

 仙千代が含羞を帯びて困惑の表情を浮かべると、
その様が信長の庇護欲を掻き立てるのか、
ますます機嫌の良い顔になり、

 「仙千代の舞いで疲れも吹き飛ぶ。これを使うが良いぞ」

 と言い、仙千代を手招きすると、透かし織の扇子を渡した。

 今夜の仙千代は、信長が贈ったらしい内の一着で、
浅紫の地に木槿(むくげ)色と朱華(はねず)の糸を織り込んだ、
艶やかな(あでやかな)小袖を着ていた。
 信重から見れば、明らかに仙千代の好みでないと知れるが、
主が帰った日の宴席ででも着なければ、
仙千代が自ら手にすることがあまり無さそうな一着だった。

 諸将達の小姓も皆、主が戦地へ伴うだけはあり、
誰もが利発そうで、見目形が優れている。
 しかし、仙千代が加われば、自然、中心は仙千代となった。
仙千代の恵まれた容姿、内から湧き出る善美、
また何よりも、信長の寵愛を場に居る誰もが知っていて、
その恩寵が仙千代をいっそう華やかに飾った。

 けして踊りが上手いわけではないが、
手練れ(てだれ)の小姓に付いて仕草を真似、
少しばかり恥じらいながら笑顔を見せて舞う様は、
仙千代を諦めようと、
苦しいほどに努めている信重の身体を熱くした。

 「殿、お先に御無礼仕りとう存じますが宜しいでしょうか」

 以前はこのような場でも気ままに退席して気にしなかったが、
初の遠征を済ませた今、
過去の自分がどれほど立場に甘えていたか、理解していた。
 いくら父が独尊の人とはいえ、
人の上に立つ自分が勝手な振る舞いをして良い理由にはならない。

 「宴もたけなわと言うに、如何なされた」

 疲れたと言えば、もてなされている側が気にすることも、
信重は学んだ。

 「今であれば鷺山殿が御就寝前でいらっしゃるかと思い、
初陣を無事済ませられた報告を、
今宵の内に、早速、致したく存じます」

 「そうか、まだ今日、顔を見ておられぬか。
うむ。であれば、それが良いかもしれぬ。
お濃は寄越す手紙(ふみ)でも常々若殿のことを案じておった。
天守へ上がられるが良い。儂は諸将を労い、夜が遅くなる。
皆、先に休んでおるようにお伝え願おう」

 「養母(はは)上はじめ、天守の一同に申し伝えます」

 信重は宴の賑わいを背に、広間を出た。

 もしかして、仙千代がこちらを見たかと思ったが、
振り向いて、その姿を確かめることはしなかった。

 父が仙千代を愛でる姿に慣れるのは、
いったい何時になるのかと、信重は虚しさを抱いた。











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