第60話 天正二年 元旦(2)

文字数 1,069文字

 やがて迎えた元旦は、
京の近隣からも大名、諸将が岐阜を訪れ、年賀の挨拶をした。
 信長は宴を催し、三献の作法で酒を召し出した。

 客人達が退出すると信長は、
昨年の夏、激しい風雨の中、朝倉攻めで、
信長と共に虎御前山を出て大嶽(おおずく)へ攻め上がった重用の馬廻り衆ら、
ごく身近な臣を集めて特別な宴を開いた。

 馬廻り衆は皆、小姓出身で、特に武門に優れた者達だった。
前田利家ら、重臣で、馬廻り出身の者は少なくない。
風雨の夜の朝倉攻めでは気の急いた信長が先駆けであった為、
共に行動したのはこの馬廻り衆と、
彦七郎、彦八郎ら、年嵩の小姓達だった。
 諸将が主君の後塵を拝し、信長の怒りを買ったせいもあり、
あの夜に行動を一にした若武者達は信長の印象に強かった。

 「竹丸、仙千代」

 声が掛かると、二人は、
信長の合図と共に、既に命じられていたとおり、
古今に珍しい「酒肴」を掲げ持ち、座の高貴な位置に据えた。

 白木の台を運んだのは竹丸で、
「酒肴」を運んだのは仙千代だった。

 台座が置かれると、
仙千代が手渡す「酒肴」を竹丸が恭しく(うやうやしく)据える。

 それは、去年、北国(ほっこく)で討ち取られた、
義景、久政、長政の髑髏(どくろ)箔濃(はくだみ)だった。

 箔濃とは漆塗りをしたものに金箔、銀箔を張ったものをいい、
漆の艶めいた深い黒地に金銀が映え、煌めいている。

 それぞれの晒頭(しゃれこうべ)には、

 一、朝倉左京大夫義景、首
 一、浅井下野守久政、首
 一、浅井備前守長政、首

 と、姓、冠位、諱の札が敷かれてあった。

 一同、目を向いて、造形(かたち)を変えた首級に寄った。

 「これは!」

 「世にも珍しい!」

 「まさか、斯様なものを見せていただく機会があろうとは」

 「末代までの語り草にござる!」

 予め、信長から、
「酒肴」の説明を受けていた竹丸、仙千代は、
竹丸から先ず、語った。

 「髑髏の箔濃は、元々は古代唐土(もろこし)の風習で、
敵将に敬意を評し、その武力を自らに取り込むという、
呪術めいたものであったということでございます」

 仙千代が続ける。

 「岐阜という地名を提案された、
殿の師の御一人であらせられる高僧、沢彦宗恩(たくげんそうおん)師は、
殿に学問をお授けになった折、箔濃という風習をお教えになって、
此度の北国攻めでは馬廻り衆の働きがあればこそということで、
殿の特別な御計らいにより、これら箔濃は供されましてございます」

 場に集っていたのは、信長の最側近の若い衆で、
皆、大いに驚き、悦び、その様を見ると信長も相好を崩し、
珍しく酒が進んだ。

 この後は、

 「めでたい、めでたい」

 「これほど斯様に楽しい正月はない」

 と皆々、打ち揃って面白可笑しく謡い、遊興し、
信長も存分に満悦した。









 
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