第101話 五明の夕 野営の褥

文字数 1,306文字

 評定が行われた陣の奥が野営の夜の寝所となっていて、
南蛮渡来の寝台のように床から立ち上がった構造の褥は、
座すことも横たわることも出来、便利に造られていた。

 信忠が、
三郎と清三郎に身を清拭され終えて寝台に掛けると、
小姓二人は信忠の前に片膝を立てて跪き(ひざまずき)
次の用を言い付けられるのを待った。

 「今宵はもう休め。夜襲で儂も眠い」

 「はい……承知致しました」

 と言いつつ三郎は眠いのか目が半開きになりつつある。
 清三郎は返事の代わりに顎を引き、頷いた。
口数の少ない質だった。

 「三郎は寝ても良いぞ。(いびき)はかくな」

 「ははっ……気を付けまするゥ……」
 
 三郎と清三郎の厚板に筵を敷いただけの簡素な褥が、
信忠の寝台の両脇にあった。
 双瞼がくっつきそうな三郎は、よろよろと寝床へ移り、
ばたんと倒れると、倒れたままの格好で寝付いてしまった。
 即、鼾が聴こえてくる。

 信忠の陣の周りは幾重にも野営の兵達が取り巻いている。

 清三郎が団扇で信忠を煽ぐ。

 「(せい)は寝ぬのか?」

 「若殿がお休みになるまで煽いでおります」

 足元に控え、風を送る清三郎を信忠が褥へ引き上げ、
隣に座らせると口づけた。

 「……三郎が……」

 と清三郎は拒むでもなく拒む真似をしつつ、
息遣いは信忠を欲して熱くなっていた。

 「口を吸うだけじゃ。何を気にする」

 囁き声で揶揄うと(からかうと)

 「口吸いだけなのですか」

 と、恥じらいながらも抱き着いてきた。
隣同士に座して、少しの間、唇と唇を重ねていたものが、
やがて舌を絡め合い、互いの局所に手を添えた。

 野営の音声(おんじょう)が寝所に響く。
暗闇に慣れてくると清三郎の面立ちが夜陰に認められた。

 「清……澄んだ目をしておる」

 清三郎は答え一つを返すのも辛そうに押し殺した喘ぎを漏らし、

 「若殿だけを見ていとうございます。ずっとずっと……」

 と信忠に視線を重ねた。
 眼差しが合った瞬間、愛しさも重なって、同時に果てた。

 清三郎は後の始末をすると、
横たわった信忠に身体を寄せた。

 「こうしていても構いませぬか?あと少し」

 「うむ……恐いか?戦場(いくさば)が」

 間近で清三郎を見詰めた。

 何万という兵が辺り一帯を埋めている。
兜、甲冑が触れ合う音は止まない。

 血飛沫を浴びる恐れはほぼ皆無に等しい副将の身分とはいえ、
いつでも腹を搔っ捌く(かっさばく)覚悟を以て育った信忠と、
町衆生まれの清三郎では、
心構えに相違があっても何ら不思議はないことだった。
それを責めることはできない。
武士(もののふ)の魂は一朝一夕に成るものではない。

 「清須で好きな甲冑作りをしておれば、
斯様な場所へ来ることもなかった。
運命(さだめ)を変えてしまったな、(せい)の」

 否という答を抱き着いて知らせる清三郎が愛おしかった。

 「左様な仰り様は嫌でございます。
首に紐を付けられて、
引っ立てられてきたわけではございませぬ」

 しかし、出入りの商人が、
息子を小姓にと大名家の嫡男から指図され、
断る選択肢があったとは思われない。

 「親父殿も猶子話を喜ぶ様を見せてはくれたが、
胸中は如何なものか」

 だらこそ清三郎を大切に思うという信忠の心情の発露だった。

 清三郎はふっと話題を切り替えた。
 どちらかといえば受動的な清三郎にしては、
珍しいことだった。



 








 
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