第42話 華頂山(3)

文字数 903文字

 翌朝、寸暇が出来たということで、
急遽、茶席が設けられた。
藤孝、村重は共に茶の道に詳しい当代有数の風流の人だった。

 昨日、逢坂に迎えに来られるとは、
偶然であれ、風雅な御方達じゃ……

 仙千代は、「逢坂」と「逢う坂」を掛け、
歌道に秀でた藤孝が村重を逢坂へ誘ったのかとチラッと思った。

 信長、藤孝、村重、
そして竹丸の父、長谷川与次が茶室に入っている間、
仙千代と竹丸は外に控えた。
 与次は織田家でも有数の茶人で、
信長が茶の湯を極めることを特別に許した、
十人の家臣の中の一名だった。

 「今日の茶器は長谷川様のお手持ちのものだそうな。
竹丸も鼻が高いな、父君が茶の道に詳しく、
このような席で茶道具を披露させていただけるとは」

 「比べることさえ畏れ多いが、儂は殿こそ、
やはり異色出色の御方だと思う」

 「というと?」

 「茶器といっても元はといえばただの土塊(つちくれ)
それを殿は、ある場合には、
城にも国にも匹敵するような価値あるものとされた。
多くの大名、武将が切り取り次第で戦うが、
領地には限りがある。
名物の茶器は、これからも無尽に増やせる。
また、殿が天下を手にされ、自ら触れたものであるのなら、
それ自体、名物となる。まったく上手い御考えじゃ」

 確かに信長は茶の湯を保護し、嗜み、密談の場とした。
しかし、竹丸のような物の見方も興味深いと仙千代は思った。

 やがて、茶席を済ませると藤孝、村重は知恩院を後にした。

 確かに村重は、幾度となく仙千代を見遣り、
目が合えば必ず笑い掛けてきた。
 また、視界に何やらじっとりとしたものを感じ、
そちらを向けば村重が居て、信長に話を聞いていただけに、
けして良い気分ではなかった。
 
 信長でなくとも、諸将から、
容貌を褒められることはあって、

 「仙千代殿は眼福じゃ」

 だの、

 「我が小姓が、十人かかっても勝てはせぬ」

 だの言われるが、それらはあっけらかんとしたもので、
返す言葉に窮する程度の困惑だった。

 御役目だと思えば心を平らかにして誰とも接するべきが、
荒木村重という人物を、
仙千代は、良い印象で受け止めることが難しかった。
 それは、信長に冷やかされたからではなく、
仙千代の本能的な感覚だった。





 
 



 

 
 
 
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