第219話 宴の残照(5)

文字数 1,041文字

 「万見、有岡の城へ出向き、
深く潜って調略せよと殿がお命じになるのであれば、
信濃殿の閨房でも褥でも参ります。
なれど、戯れは御免被り(こうむり)ます。
殿が私を一武将として育ててくださる上で、
信濃殿と私を眺めて媚薬にするは、
万見仙千代に対する侮辱でございます」

 実際、信長は、衆道の心理を利用して、
城主の男色相手を使って謀略し、
城を手にしたことがあり、
小姓や若衆を用い、計略が巡らされることは、
戦乱の世では少なくなくあった。

 今の今まで理性で語っていたはずなのに、
何故か一気に涙が溢れた。

 「殿の為、命を賭して戦い、死ぬる覚悟はございます。
なれど、
遊び道具にされるは真っ平でございます」

 もう仙千代は横たわっておらず、
褥の外に出て座し、嗚咽していた。

 信長が追い縋ってきた。

 「分かった。相済まぬ!心から詫びる。
今度こそ、二度とせぬ。
仙千代にそのような思い、金輪際、させぬ。
約束だ。絶対に守る」

 信長の着物に焚き込められている伽羅が、
仙千代の背に香った。

 信長の謝罪には必死さがあり、
仙千代は赦した印に振り向くと、
次々に流れる涙を拭いもせず、主を見た。

 「仙千代!そこまで嘆かせていたとは。
そこまで辛い思いをさせていたとは。
許せ。まこと、心の底から詫びる。許せ」

 信長に侍っていれば日々、様々な出会いがあり、
好悪感情でいえば、無論、中には好まざる人物も居る。
 稀に、村重のように、
仙千代を所望するかのような目で見る者が、
居ないわけでもない。
 ただ、務めだと分かっていても、
仙千代は村重をどうにも受け容れることができず、
いかにも作り笑顔で接してしまう等、
他の誰も気付いてはいないかもしれないが、
村重に対しての自分は、
我ながら小姓として及第点は出せないと知っていた。

 村重を疎ましく思う心理の理由(わけ)は分からなかった。
武勇の誉れが高く、織田家にとって有用で、
名のある数寄者にして有職故実(ゆうそくこじつ)に長けた風流人、
そのような村重を、
何ら具体的理由もなく疎んじて良いわけがない。

 今日は信長の趣味が良いとは言えない戯れを口実に、
村重を遠ざけてみせた仙千代で、
信長も今度こそ村重を使っての座興はしないと誓ったが、
それでも仙千代の心中は平らかではなかった。

 理由のつかない嫌悪感は怖れにも似て、
生身の仙千代の本性が訴えてくるものだった。

 涙ながらに訴求した仙千代を宥め賺し(なだめすかし)
ようやく泣き終わらせた信長は、
肉欲はもう見せず、仙千代をただ抱いていた。

 仙千代が信長と朝まで共に過ごしたことは、
これが初めてだった。


 




 


 


 

 


 

 

 







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