第84話 告白

文字数 1,869文字

 清三郎は口の重い質ではあるが陰気ではなく、
関心のあることであればよく話し、
また、何故か仙千代には親し気な態度を取った。
こちらは清三郎に恩を売ったつもりはないが、
清三郎は厨房の件で感謝が続いているようだった。

 時に仙千代は、清三郎と似た面立ちだと言われ、
その度に、

 似てるはずもなし!儂は儂だ!
似てるなら、あっちが儂に似とるんじゃ!……

 と内心、怒る真似をしつつも、

 もし似てるなら、
若殿は何故、ああまで嫌う儂と似た者を褥に召されるのか……
顔立ちの好みだけは変えられんということか……

 と、解きほぐせない謎を抱いた。
かといって、信忠は、
取り付く島もない態度が一貫していて隙がなく、
仙千代に対する拒絶を隠そうとしなかった。

 「まだ何か?」

 一瞬だけ、ちらと迷う様子を見せた清三郎が、

 「若殿は何故、仙様に冷たくされるのでしょう」

 と言った。

 「冷たくされていると思ったことはない」

 冷たくされていると認めれば話がややこしくなる。
仙千代は(しら)を切った。

 「いえ、若殿は仙様にだけ、つっけんどんな態度を取られます」

 「思い過ごしだ」

 「三郎にも尋ねたのです、御二人の間に何かあったのかと」

 「ある筈がない。馬鹿馬鹿しい」

 「三郎もそう申しておりました。
若殿は公平無私な御方、誰であれ態度をお変えにならぬと」

 「ではそれで良いではないか。三郎は若殿の最側近じゃ」

 清三郎が眉を顰め(ひそめ)、尚も訴える。

 「三郎が言う通り、若殿は公平な御方。
その若殿が余所余所しく接するのは唯一、仙様だけ。
御二人は何かあったのですか?
他の小姓が言うには、仙様が若殿に侍っておられた時、
若殿は仙様を非常に可愛がって、」

 苛立ちと危険を覚えた仙千代は遮った。

 「やかましい!儂と若殿は何もない!
もし若殿が儂に冷たいのなら、
何か気に入らぬことを儂がして、単にお嫌いというだけじゃ!
いちいち探りを入れるな!」

 「しかし、気になるのです」

 清三郎が泣きそうな顔をした。

 何で泣く?儂が若殿に冷たくされているからと、
それがいったい何なのだ……

 「若殿をお慕いしているのです」

 古井戸の周囲に幾つも紫陽花の株があって、
曇天の下、淡い紫がふわっと浮かび上がっていた。

 うっすら涙をためた清三郎は美しかった。
秀麗な眉、整った目鼻立ち、優し気な口元、
背は仙千代よりいくらか高く、
よく鍛えられた張りのある身体をしていた。

 紫陽花の精だ、紫陽花がよく似合う……

 一瞬、清三郎に魅入られた仙千代は、
その言葉の衝撃から逃げようとしていたのだった。

 しかし口ではあくまで平静を装った。

 「ああ、そうか。それは何より。
しっかりお慕いし、衷心よりお仕えすれば良しじゃ」

 閨房に召された小姓が主を愛慕するするのは当然で、
それが為、衆道が成立している。
寵愛を授けられた者は、戦となれば、命も捨てる。
児小姓さえ、若君の盾となることを厳しく教え込まれ、
それが褥に召し上げられた者であるなら尚更だった。

 「せつないのです。若殿を思うと」

 慕う気持ちには敬慕、愛慕、様々あるが、
清三郎のそれは恋慕なのだと仙千代は知った。

 十分に有り得る話だ、
年頃の女人と親しく交わる機会はなく、
若殿に可愛がられれば好きにもなろう……

 ふと仙千代は訊いてみた。

 「清須に好いた女子(おなご)は居らなんだのか」

 「居りました。片思いで終わってしまいました」

 仙千代はそれすらもなく、信忠……奇妙丸……
と出逢ってしまった。
 縁戚の女子以外では彦七郎達の妹と時に遊んだが、
恋愛感情を抱いたことはない。
少々変わり者だと周囲の誰もに思われていた仙千代に、
初めての瞬間からすっと自然に馴染み、
心に入り込んできたのは、
唯一、奇妙丸こと信忠、その人だけだった。
初めて出会った時の曰く言い難い居心地の良さ、
心地よさは今も忘れられない。
ついに居場所を見付けたという、そんな心持ちだった。

 片思いが実らず、失恋をして、
城に上がった清三郎が信忠に良くされて好意を抱くのは
自然の成り行きだった。
それを否定しても意味がない。

 「若殿にせいぜいお仕えし、大切にされるが良い」

 いつか、仙千代が信忠に言われた台詞、
そのままだった。

 「なれど、若殿が妙なことを仰るのです」

 「若殿が何を仰せになろうが儂には関係がない」

 清三郎が信忠を好きなら好きで、
仙千代にどうこうできる話ではなく、
これ以上は話を続ける意味がないと仙千代は考えた。

 「さあ、もう十分付き合った。またな」

 仙千代が背を向けようとした時、
清三郎が意を決したように放った。

 「若殿は、時に私を仙と呼ぶのです!褥で」

 
 

 



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