第31話 責め苦

文字数 2,296文字

 もう五日間、大根ばかり食べている。

 昨日の朝から、ようやく飯が付いたが、飯は大根飯で、
米よりも、むしろ大根が多かった。
 
 最初の三日三晩は、明けても暮れても大根で、
献立は、主菜ではなく主食として大根を塩か味噌で煮たもの、
副菜で大根の葉の漬物、汁は大根の味噌汁といった具合で、
これが三日目となると、周りの小姓のみならず、
信長からさえ、近付くと、大根の臭いがすると笑われた。

 例の猿山の偽大将と子分二人は、
城に戻っていなかった。
 聞けば、今回の件で三人は鶴首となって、
入れ替わりに弟達が来ているという。

 それならそれで結構なことだ、
兄達が嫌な奴でも弟達はまた別だ……

 と、仙千代も、気が晴れた。
信長が仙千代を何かと引き立てるたび、
後からネチネチ言われることは鬱陶しかった。

 清三郎は、仙千代と同じ日に城へ帰って、
仙千代と同じく、大根責めの罰を受けていた。
大根のみの献立は、ある意味、特別食で、
仙千代と清三郎は、厨房横の板の間で、
二人で並んで、大根料理を日々、食べた。

 最初の頃こそ、平気だ、何でもないことだと思っていたが、
大根もこれだけ続くと大根のダの字を聞くさえ嫌になってくる。
 しかし、隣に清三郎が居て、黙して食べているのを見ると、
負けてたまるかと思い、文句は言わず、ただ食す。

 ある時、清三郎が、食事中、

 「うっ」

 と発して、席を外したので、

 確かに吐きたくもなる、まったく飽きる……

 と仙千代も同情はした。
だが、挨拶以外、やはり、声を掛けることはしなかった。
 何をどう思ったか、清三郎の方では、
仙千代に懐くような様子を見せるが、
仙千代は、

 清須へ行ったまま、帰らずとも良かったに、
何で帰ってきた……
清須で思う存分、好きな甲冑作りをしておれば良かったに……

 等など、心中では意地の悪いことを思ったりした。

 「仙様」

 「何だ」

 先輩小姓や同輩は「仙千代」「仙」と呼ぶので、
後輩とはいえ、同じ年齢の清三郎は仙千代を名字でも、
名でも、呼び捨ててくれて構わないのだが、
そうはしないだけでなく、「仙千代殿」でもなく、
何故か「仙様」と愛称に様を付けて呼ぶ。

 うちの兵太みたいだな、兵太は儂を仙様と呼ぶ……

 「仙様、大根がそろそろ、辛う(つろう)ございます」

 涙目で大根を口にぽつりぽつりと運んでいる。
仙千代も城へ来た当初は食事の速度が遅かった。
しかし、万見家に居た時のような案配で食べていると、
取り残されて、務めに響く。
 いつの間にか、さっさと済ませる習慣になっていた。

 「儂とて、大根はもう見るのも聞くのも嫌じゃ。
聞けば、若殿の発案であらせられるというではないか。
儂ら二人が蟄居から戻った暁には、
悲鳴を上げて泣きついてくるまで大根を食わせておけと」

 信重の案で、城内で騒動を起こした懲罰として、
二人が音を上げるまで大根を食べさせておくということだった。

 若殿が、示しを付ける為、
左様な罰を下されるのは当然だ……
してはならないことを儂はして、
蟄居さえ済ませば良いというものではない、
殿や若殿にしてみれば甘い顔はできはしない……

 「はい。そのようでございます。
若殿の御提案とお聞きしております」

 「清三郎が若殿に願い出ればどうか。
いつもお傍に侍っておるのは清三郎だ」

 「仙様が殿にお願いしてみるとはいきませぬか」

 「嫌じゃ」

 「何故、お嫌なのですか」

 「清三郎こそ若殿に頼んでみればいい」

 「新米の私が左様な我儘は言えませぬ」

 褥を共にしておるくせに、憎たらしい……

 と、仙千代はまた妬いて、

 「ああ、腹は満ちた。有り難い。十分だ」

 と心にもない強がりを言って話を打ち切り、
膳を持ち、片付けの為、立った。

 「あの時、仙様が、あ奴の口に大根を突っ込んだばかりに」

 「えっ?!」

 意外な言葉を出され、仙千代は呆気に取られた。

 「カステラであれば、まだ良かった。
カステラは大好物でございます」

 城に出入りする御用商人の家に生まれた清三郎は、
基本的に裕福に育ち、不自由のない暮らしをしていた。
仙千代に心を許し、甘えているのかもしれないが、

 カッ、カステラ?!……
儂にそれを言うか、清三郎が買わぬというから、
あの喧嘩、儂が買ってやったに!……

 という思いが込み上げ、清三郎の頬を拳でグイっと押した。

 「いてて!痛い」

 「当たり前じゃ!そもそも清三郎が包丁など持つのが悪い。
あれを振り回したら即刻、打ち首ぞ!
大根を振り回すぐらい、包丁に比べれば何程のものでもないわ」

 「はい」

 「儂に謝れ!」

 「すっ、すみませぬ」

 甘えたことを言ったのを、反省はしたようだった。
それを仙千代は、たたみかけた。

 「嫌だ、済まさぬ」

 「では、どうすれば」

 「決まっておろう。清三郎が若殿にお頼みするんじゃ、
大根はもう勘弁してくれと。腹は下るし、眩暈もすると」

 「仙様、下痢をして、ふらつきもするのですか?」

 「方便じゃ、左様に方便でお願いするのじゃ。
清三郎、任せたからな!
明日の朝には大根を食べず済むよう、若殿に願い出ておけ。
良いな!それが儂への恩返しだ」

 「はい……頼んでみまする。仙様に脅されたと申します」

 「違う!脅してはおらん!儂の名は一切、出すな!」

 「へい」

 「城中で商人(あきんど)言葉を使うでない!」

 「はっ、はい」

 大根の煮物をぽそぽそと清三郎が口に運ぶ姿を後に、
仙千代は食器を洗って、片付けると、

 褥で若殿に睦言混じりに甘えるでもいい、
何でもいいから大根から解放してくれー!……

 と心で叫んだ。
 妙な競争心で、自分が信長に頼むことは嫌だった。
子供じみていると分かっているが、
先に音を上げるのは清三郎であるべきだと仙千代は思った。

 

 



 

 
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