第160話 *小木江城 髪*

文字数 1,305文字

 仙千代の香りに酔って前に進まないでいる信長を、
穏やかな声が耳に心地よく咎める。

 「先ほどから髪ばかり」

 「どのようにされてみたい……」

 相変わらず仙千代の髪に鼻先を埋めたまま、
胸いっぱい、その匂いで満たそうとした。

 「望みを申せ……」

 このような時、返答に困り、
黙って顔を赤らめるのが大概の小姓だった。
中には、そのようにすれば主が喜ぶと考え、
初心(うぶ)に振る舞う者も居ないではない。
それら皆、信長は嫌ではなかった。

 仙千代は何も言わず、
これが答だというように、
信長の右手を左の胸に運び、突端に誘った(いざなった)

 仙千代は右肩から左の腰にかけ、さらしが巻かれている。
先端が露わになっているのは左胸だけだった。

 成長過程で敏感になり過ぎているのか、
そこを刺激されることを好まない仙千代だと知っているのに、
愛しさ余った信長は悪ふざけをし、
仙千代のそこを弄んだ先だってには不興を買って、
詫びる羽目になってしまった。

 「ここは嫌いではではないのか」

 今も仙千代はその箇所は好きではないようだった。
許された信長がつんと尖った先を撫で摩ると、

 「あっ」

 と密やかに叫びを漏らす。

 「あれほど嫌がっておったのに」

 強弱をつけた触感を与えると、

 「ああっ」

 と、造り物ではない素朴な、
それ故に愛しさが増す喘ぎを放つ。

 強過ぎる快感が、
痛みとも痒みとも判別のつかぬ感覚を与えているのだと見た信長は、
背後から身を寄せ、左の手で仙千代の顔を向けさせると、
はじめ、優しく口づけていたものが、
やがて抑えが外れ、
舌を押し込み、仙千代の口中を舐り(ねぶり)回し、
立ち上がってきた小さな乳首も指で挟んだり、
果ては、抓る(つねる)でもないが、弱くはない力で摘んだりした。

 「はあっ」

 「何であった、あの嫌がり様は。
あの時は実に憎らしかった。
儂に謝らせるなど、この世に仙しか居らぬ」

 「今とて……けしてけして、好んではおりませぬ」

 「そうか。では何故、誘った」

 首筋や耳の周囲に口を這わせながら問い詰める。
そこも仙千代がくすぐったがる場所ではあるが、
譲ってばかりもいられない。

 「差し出しております……殿が好まれますゆえ……」

 「ふうむ……それはまた殊勝な」

 「恐れ多くも日々、看病していただき……
感謝の念に絶えませぬ……」

 「故に好まぬ箇所も差し出すと申すか」

 「堪えまする……殿の為……」

 見え透いた恩着せがましさを繰り出す仙千代は、
本人が見え透いていると知っていながら繰り出すからこそ、
信長の寵愛を前提にした振舞だと言えた。
 そして、
見透かされていると分かっている仙千代と、
見透かしていることを隠しもしない信長は、
やりとりを甘い媚薬とした。

 「仙千代は曲者……幾重にも複雑な曲者じゃ……
褥ではどちらが主導権を握っておるのやら……」

 背の傷に触れぬよう、背後から抱き、
覆いかぶさるようにして顔を寄せ、口を吸い、

 「清らかな顏をして、仙千代は底がない……」

 仙千代は信長の舌を受け容れて、
口中をただ舐り回されていたが、

 「仙千代……儂の仙千代!」

 と、心の底から湧き起こる熱情を投げると、
舌を絡め返し、

 「仙千代のすべて、今宵、殿のものでございます」

 と放ち、信長を蕩けさせた。




 
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