第180話 長良の船着場(1)

文字数 684文字

 あと数里で岐阜へ着くという頃、
信長の隊列は長良川河畔でしばし、休息となった。

 今や日の本一の豊穣の地となっている濃尾平野は、
稲穂が黄金(こがね)色に揺れて、実りの秋を迎えつつある。

 皆、顏や手足を洗い、
雑兵などは裸になって手拭いで身体を拭く者、
中にはそれさえ面倒だと、泳ぐ者さえ居た。
 織田家の本領地に入り、戦には勝ち、
家路についたという開放感が兵達を闊達にさせる。

 秋は始まっているが、
陽の高いうちはまだ暑かった。
 
 長良、揖斐、木曽という三川を結ぶ大きな船着場があって、
幾つか食い物を商う店が並んでいる。
 また今日は、
織田軍が長島から引き揚げてくるということで、
報を知った目ざとい商人達は早々と露店を構え、
大軍を待ち受けていた。
 物が売れる喜びもあるのだろうが、
自国の軍が勝利を収めた奉祝気分に辺りは満ちて、
渡し場は活気があった。

 信長の指示でありったけの握り飯や餅が振る舞われ、
仙千代と竹丸も具足姿のまま、河原の石に掛け、
握り飯を頬張った。

 長島に随行されなかった若輩の小姓達が一行を出迎え、
やって来ていて、
仙千代と竹丸は信長の身の周りの世話から解放されていた。

 稲の穂が初秋の陽を浴び、輝いて、
山々は秋を迎える準備に入り、鳥は囀り、水面は煌めく。

 ひとつしか無い命が確かに在る有難み。
生きて、息をしていることへの感謝。
 米一粒ひとつぶを味わう。
甘みと塩気が、じんわり染み入り、
大地の恵みが生命の糧になっていることをしみじみ感じる。

 具足の血糊は、先程ずいぶん拭き取ったつもりでいたが、
座して見てみると、まだ付着していた。
 しかし今の仙千代は気にせず、飯を噛み締めた。




 
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