第96話 小木江城(1)

文字数 1,276文字

 長島一向一揆の指揮官は日根野弘就(ひねのひろなり)といい、
古くは斎藤道三、その子、義龍に仕え、やがて今川氏真、
浅井長政と渡り歩き、浅井家滅亡の後、長島に流れ着くと、
現在はこの地の最高指導者で、武将にて僧侶でもある、
下間頼旦(しもつまらいたん)与し(くみし)、信長への敵対を続けていた。

 舅である斎藤道三と信長が、
初の邂逅を果たした尾張正徳寺では、
今では怨敵となった日根野弘就が道三に付き従っていた。
若き日の弘就を知るお濃によれば、
極めて勇猛、英知に優れた武将であるということで、
道三が特に目をかけ、近侍としていた人物だった。

 今回、軍勢数、武力でいえば、
一揆勢を圧倒する織田軍ではあるが、
下克上大名であった浅井長政に重用された弘就を甘く見ることは、
万が一にもしてはならないことだった。

 八千の兵が立てこもる小木江(こきえ)城を難なく落とし、
本陣として入城した信長は、亡き弟、信興への感傷を、
完全勝利を収めるまではと胸の奥に深く畳み、
表にすまいと思っていたが、
元はといえば信長が築城を命じた城で、
其処彼処(そこかしこ)に信興との思い出があった。

 四年の間、一揆勢が占拠していた小木江城は、
改築された部分があるものの、
ほとんど当時のまま、現存していた。

 完成間もない城に信長が見分で訪れた時、
信興は宴を開き、信長一行を歓待した。
 それが、信興と過ごした最後となった。
一揆衆と服部党の攻撃を受けた信興に、
浅井、朝倉、比叡山と対峙していた信長は、
たった一人の兵すらも援軍として送ることができず、
信興は六日間、孤立無援で戦った後、自刃して果てた。
首級を敵に挙げられるは恥であるとして、
信興の命により、その首は間者が岐阜の城へ持ち帰り、
城下の寺で埋葬された。

 信長は天守へ上がった。夕闇が近付いていた。

 馬の嘶き(いななき)、陣を張る兵達の音声(おんじょう)が、
眼下に聴かれた。
 本陣として使うこの城で、
有象無象(うぞうむぞう)の死屍を放置しておくことはできず、
雑兵以外にも、
秀吉の縁で今や織田家に加勢している野武士集団の木曽川衆に命じ、
始末に当たらせている。

 小木江の地は周囲が河川と中洲と泥田で、
土地の特色を生かし、蓮根栽培が盛んだった。
この時期は辺り一帯、浄土の花、(ハス)が咲き、
戦さえ無いのなら、眺めはそれこそ、極楽だった。

 竹丸と仙千代は信長の気配を察し、静かに付き従っていた。
二人は抜刀することはなかったが当然、具足姿だった。

 ひとしきり、感慨に耽った信長が声を掛けた。

 「怪我は無いか?」

 両人は揃って、

 「ございません!」

 と答えた。

 「開戦の口火を切った若殿の隊は見事、
大勝利を収められた由、いよいよ長島へ上陸が叶うのですね」

 竹丸が言った。

 「うむ。まずは安堵した。現状万事、上手く運んでおる」

 「はい!」

 「いっそう、気を引き締めまする!」

 竹丸の父、長谷川丹波守(たんばのかみ)与次は信忠軍に付けてある。
信長本隊の武将は、丹羽長秀や前田利家ら、
信長の小姓出身者が顔触れで混じり、
全軍に対する意思疎通の要の役になっている。
信忠軍には連枝衆と譜第の臣下を分厚く配置し、
実践はこれが初となる信忠に、
万々万が一にも危険が及ばぬよう鉄壁の陣容とした。
そこに竹丸の父も入っている。




 
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