第421話 仙鳥の宴(7)秀吉贔屓③

文字数 1,224文字

 信長も仙千代も、
前田利家の負傷の状態について、
竹丸の報告で知ったのだったが、
そこに居合わせなかった秀吉であるのに、

 「上様、又左の容体を心配なさり、
足をお運びか」

 と利家の状態を正しく知っている口振りで、
訊くでもなく仙千代に言った。

 「はい」

 利家の状態について、
秀吉は秀吉で配下に様子を窺わせていたのだと、
察せられた。

 「儂が熱を出しても、
見舞ってくださるかの、上様は」

 日頃、闊達に話す秀吉に抑揚がなかった。
大海に落とされた墨の一滴の如く、
極めて微かな嫉妬が滲んでいる。

 「論を待たず、
もちろんでございます」

 と去年ぐらいまでの自分なら、
答えていただろうと思いつつ、

 仙千代は、

 「さあ、どうでしょう」

 と言い、秀吉に目を合わせた。

 秀吉が噴き出した。

 「仙殿は憎たらしい」

 「上様が最も小憎たらしく思われているのは、
羽柴様ですよ、いつも」

 秀吉は参ったという態で笑いに輪をかけた。
 ただ、口にした台詞は、
強ち(あながち)世辞ではなく、
何を命じても、
無理難題こそ恋々と挑んでみせる秀吉を、
信長が殊更可愛がり、
目を掛けていることは真実だった。

 「又左は剛の者、
脚の一本や二本失くしたからと、
どうということはない、それ程の男。
儂は心配しておらん」

 好敵手にして、
貧しい時代を助け合って暮らした友、
互いに主君の信が厚い秀吉と利家で、
秀吉は最後は利家に友としての顏を見せた。

 「羽柴様、前田様の交わりは、
水と魚の如くして、
羽柴様が左様に仰るのなら、
心配は無用だと、感じ入ります」

 「(つま)同士が仲が良うての。
儂に万一あれば又左が、
又左に何某かあれば儂が、
一族郎党、
世話をすると決めておるのだ、女どもが。
又左の室も我が室も、
髭が生えておるでな、心の臓に」

 今度は仙千代が笑ってしまった。

 天下の織田の部隊を率いる羽柴様も、
前田様も、御正室には頭が上がらぬか……

 未だ身をかためていない仙千代は、
不謹慎だと思いつつ、
興味深くも可笑しく聴いてしまった。
 
 ただ、信長も、
奥方歴々にたいそう優しく、
強面(こわもて)の片鱗さえ、覗かせはしない。
 ごく稀に、
鷺山殿とだけは言い合いになることがあるが、
それだけ鷺山殿は信長にとり、
特別な存在なのだと仙千代は理解していた。

 「時に仙殿」

 「はい」

 堅実一本の性格で算術の才に長けているのを気に入り、
秀吉が重用している小姓、
石田佐吉が付かず離れず、侍っている。

 秀吉が一歩近づいた。

 「上様が新たに城を築かれるとのこと、
お聞き及びか」

 戦後処理も終わらぬうちから、
主君の動向の情報集めかと、
仙千代は秀吉の目端の利くことに、
呆れつつも感心するしかなかった。

 戦は勝った、
羽柴軍は手堅い働きを見せ、大きな損害は無い。
 宴では信長から直々に声を掛けられ、
座を盛り上げて主を楽しませ、
盟友 前田利家の容態も把握して、
では次はと、
秀吉の頭はもうその先へ行っていた。

 「仙殿ならば、
知っておられるかと思うての」

 夜陰に秀吉の笑顔が浮かんだ。

 


 

 

 


 


 



 

 

 

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