第325話 帰郷(13)

文字数 957文字

 この日は晴天で、
手習いにやってくる子供は居なかった。

 「子らの中に有望な者が居るのですか」

 仙千代が想像したのは
羽柴秀吉の小姓、福島市松と加藤夜叉若だった。
 市松は秀吉の叔母の息子で父親は桶屋、
夜叉若も秀吉の縁戚の子で家業は鍛治屋だった。
 秀吉が武家の出でないことから、
家臣集めに苦労があることは仙千代も耳にしていた。
 市松、夜叉若は若年とはいえ、
譜代の臣下の居ない秀吉にとり重要な位置を占めていて、
若い二人も秀吉の期待に応え、
やはり小姓の石田佐吉と三人揃い、
才智が評判だった。

 「百姓の子に声は掛けておらぬ。
羽柴殿のように、武門の家柄でなくとも、
本人にやる気があれば名乗り出てこよう。
ここに来ている者達は年端がゆかぬせいもあって、
今はまだ家の囲いの中に留まっておる。
囲いを飛び出てみようという者が出てきたならば、
仙に引き合わせることもやぶさかではない。
だが、まだ先の話だ」

 昨夜、家来集めについては父に任せ、
大船に乗ったつもりでいれば良いと思い、
仙千代はほろ酔い加減で眠った。

 「父上、陽の高いうちにこちらを出立し、
夕刻前には、
岐阜へ戻っていなければならぬのです。
父上、誰ぞ、家臣となる有為の御仁や、
見込みのある童に、
御心当たりがあったのではないのですか」

 「あるといえば、ある」

 「あるのですね!」

 「あったかな」

 父は首を傾げた。

 「父上!何を呑気な」

 「左様に急くでない」

 「急きも致します、
今日は貴重な一日なのです」

 一泊でさえ、信長の機嫌を悪くしたのだから、
私事での外出機会が、
今後もそうそうあるとは思われなかった。
 信長は仙千代の家人探しを、
織田家の若手から好きに選んで良いと言ってくれたが、
一家の礎は己で築かねばならぬと仙千代は考えていた。
何もかも信長に寄り掛かっていたら、
仙千代の周りは信長の直臣だらけになってしまう。
直臣は家中で位が高いとされていて、
そのような家臣を抱えることは名誉であると同時、
余りに数が多ければ、
仙千代自身の臣下とつり合いが取れなくなって、
混乱を引き起こす恐れがないとも言い切れない。
信長は仙千代を援けるつもりでいるのだろうが、
甘えてばかりはいられなかった。

 とはいえ、父上にお任せしようという意識、
それさえも甘えだったのか……

 仙千代は吞気に映る父を困惑気に見た。

 



 

 
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