第211話 有岡城 命名(1)

文字数 925文字

 幾本もの河川が、
自然の要害となっている難攻の城を攻め落としたことで、
村重は信長の興を買い、
大いに賛辞を受けた。

 「我が軍、また羽柴軍の援護も受けず、
あのように堅牢な城を瞬く間に落城させるとは、
まったく恐れ入る。
荒木殿を敵には努々(ゆめゆめ)、したくないもの。
見事な戦いぶりに感嘆至極。
目出度さ、限り無しである」

 その場で信長は村重に摂津の統治を任せ、
城郭の復興を許した。

 「城の名であるが、敗軍の将、
親興(ちかおき)に因んだ伊丹城では縁起がよろしくなかろう。
妙案があれば変えられれば良い」

 信長より一才年若い村重は、
優れた武将であると同時、美に通じた数寄者で、
冠位 信濃守(しなのかみ)を賜っていた。

「破壊され、無残になった伊丹の城も、
堅牢秀麗な名城となるのであろうな、
信濃殿の手にかかれば。
楽しみだ」

 「ははっ!
恐れ入るばかりでございます!」

 織田勢が参ぜずとも伊丹攻めが決着を見せたことにより、
信長の満足は大きく、
村重の為、
この日は酒宴でもてなしていた。

 仙千代、竹丸、
他にも信長の乳兄弟である池田恒興の嫡男で、
仙千代と同年齢の勝九郎といった小姓が酒を注ぎ、
給仕役をしていた。
 
 恒興の母、
つまり勝九郎の祖母は信長の乳母で、
信長の父 信秀は、
息子 信長の乳母が夫を亡くすと還俗させて側室とし、
娘を産ませたことから、
勝九郎は信長の連枝衆、
要するに縁戚としての扱いを受けていた。
 池田家に関しては、
幾重にも複雑な(えにし)を信長は結んでいて、
嫡男 信忠の乳母は、
恒興の縁者である滝川一益の親族である女御で、
父 信秀を真似るかのように、
嫡男の乳母たる女御を信長は側室とし、
姫を産ませている。

 竹丸とて、
叔父は若き日の信長の寵童であった長谷川橋介、
父は重臣で、
現在は信忠軍に配されている与次の嫡男なのだから、
いくら仙千代が万見の養父(ちち)を自慢に思っても、
家中での後ろ盾が皆無に近いことは否めなかった。
 同じ小姓といっても、
勝九郎や竹丸は織田家譜代の名門の家柄で、
一族は独自に家臣団さえ擁している。
 
 信長の覇権が拡大し、増長をみせる一方の昨今、
血筋が無名であるが故に、
謎めいた存在として自分が映ることを受け容れ、
むしろそれは、
自分を利する個性であると捉えなければならないと、
仙千代は考え始めていた。




 
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