外伝4『月影の晩に』14:疼く心

文字数 3,428文字

 夜風が、身体に沁みる。
 自室へ戻る前に、夜風に当たるべく庭園を訪れていた。空を見上げれば、つまらぬ漆黒。

「やれやれ、風情のない夜だ」

 唇を尖らせ酒を煽るべく室内へと戻ろうとすると、歌声が聞こえてきたので足を止める。
 途端、子供の様な笑顔を浮かべた。
 上から降ってくる、綺麗な歌声の持ち主など解り切っている。雲が流れ去り、月と星々が顔を覗かせると、窓からしなりと伸びている腕が見えた。

「アイラ姫」

 トレベレスは、くつろいだ声でその名を呼んだ。
 樹にもたれかかり、邪魔をせぬようその歌に聞き入る。頬を撫でる風が心地良く、耳に届く歌声は柔らかで暖かく、情がある。

 ……この声だ。この声をオレは知っている、いつまでも聴いていたい。出来れば間近で、オレの為に歌って欲しい。

 瞳を閉じると、目の前でアイラが歌っているような錯覚に陥った。身体が震えるほど、喜びがこみ上げてくる。
 この甘い時間に酔いしれていると、不意に歌が止む。怪訝に上を見上げると、悲鳴と焦燥感に駆られた声が降ってきた。何事かと、樹から離れる。
 騒がしい足音が、徐々に近づいてくる。

「あ……こ、こんばんは」

 息を切らせ、アイラが走ってきた。まるで自分を捜して来たような雰囲気に、トレベレスは固唾を大きく飲み込む。
 アイラは恐縮して深々と腰を折ると、射抜くように見つめていたトレベレスを気にも留めずに腰を下ろし、地面に這い蹲るようにして何かを捜し始めた。
 不可解な行動に出たアイラに、トレベレスは苛立った。頭を掻きながら、ぶっきらぼうな声を出す。

「何か?」
「あ、いえ、その。指輪を、落としてしまったのです」
「指輪?」

 懸命に地面に瞳を凝らしながら、アイラは狼狽して説明をした。窓から出していた腕を振った際、指輪がするりと抜けて、落下してしまったという。

 ……御付きの者に頼めば良い事だろうに、何故この姫は自分で捜すのだろう。

 物珍しくアイラを見ていたトレベレスだが、突っ立っているだけでは流石に気が引けたので、致し方なく手伝う事にした。

「オレも共に捜そう」
「申し訳ございません、ありがとうございます!」

 アイラが向けた笑顔に赤面したトレベレスは、視線を逸らした。

「髪を振り乱してまで捜す程に、大切な指輪なのか?」
「はい。トライ様から頂いた、珍しい指輪なのです。本物のお花を枯れないように加工して作られているという、我が国にはない技術の物で。とても美しいのです」

 慌ただしく手を動かすアイラは、草の根を分けながらそう告げた。
 途端、トレベレスの顔が大きく歪む。送り主がトライならば、捜すのを止めてしまいたい。手伝うと言った事を、激しく後悔した。その為、適当に瞳を動かすだけだったが、皮肉にも発見してしまった。
 アイラは、未だに捜している。見つかるわけなどないのに、瞳を潤ませて死に物狂いで捜している。
 深い溜息を吐き、右手で拾い上げる。手の中にある指輪を、握り潰してしまいたい衝動に駆られる。一瞬力を籠めたものの、正気に戻り慌てて止めた。

「見つかったか?」
「いいえ。でも確かに、この辺りに落ちたのです……」

 涙で、アイラの声が震えていた。
 わざとらしく訊いてみたのはいいが、手の中の指輪が重くなったような気がした。トレベレスは咳を一つし、指輪を返そうとした。しかし、ジリジリと胸が焼ける様に痛み、再び手を握り締めて指輪を隠す。

「捜さずとも、オレが新しい物を与えてやろう。色を教えてくれ、恐らく我が国にも存在する技術だろうから、難なく用意出来る」
「そういう問題ではございません。私は、トライ様から頂いたあの指輪が欲しいのです。別の指輪を用意していただきたいわけではないのです」

 微かに頬を紅潮させ告げたトレベレスに、困惑と多少の怒気を含んだ声でアイラはそう返答した。
 トレベレスは、羞恥心から怒りがこみ上げた。

 ……オレでは不服ということかっ!

 そうではないが、軽くあしらわれたトレベレスは腹いせに指輪を胸元へとしまいこむ。

 ……誰が返してやるものか。

 腹立たしさが、身体中に満ちる。アイラがトライから受け取った指輪を肌身離さずつけているなど、想像するだけで怒りの感情がムラムラと胸をつく。

「アイラ姫様!」

 狼狽した様子のミノリら騎士がやって来た。
 思いの外遅い登場に、トレベレスは蔑んだ瞳を投げかける。期待した様な甘い時を過ごすことは出来なかったが、これで二人きりの時間は終わりだと思うと実に物悲しい。

「やれやれ、この国の騎士は姫に手を汚させるのか。嘆かわしい」

 嘲笑を含んだ声で、騎士らに睨みを利かせる。
 挑発だが、言い分は尤もだ。ミノリ達は何も言えずに、項垂れた。

「いえ、私の失態ですから、私が捜して当然です」

 庇ったわけではないが、アイラは毅然とした態度でそう切り返した。
 トレベレスは不服そうに舌打ちし、肩を竦める。すると、トライやマローの姿も目に入った。ピリリと頬が突っ張り、我慢出来ぬほどに不愉快な気分になった。アイラの腕を引っ張り立ち上がらせるとトライに挑むような目つきを向ける。

「お前が差し上げた指輪を捜して這い蹲ってらっしゃる。大きさが合わなかったらしいな、オレだったらもっとマシなものを用意出来るが?」
「アイラ、捜さなくて良い。朝になったら、オレが捜す。大事にしてくれて、ありがとう。その心遣いは確かに受け取った」

 無表情で近づいたトライは、アイラを掴んでいたトレベレスの手を跳ね除けた。割って入り柔らかく微笑むと、土で汚れていた頬をマントで拭う。

「申し訳ございません、なんとお詫びしてよいのか……。落としてしまったうえに、見つけられなくて」
「いや、アイラの指に合うものを贈らなかったオレの失態だ。指輪には足などない、朝になったら出てくるから、そう落ち込むな」
「はい……。本当に申し訳ございません」

 トライとアイラには、運命の一直線上に向い合って立っているような雰囲気があった。
 傷心しているアイラに罪悪感を感じたトレベレスは、返そうかとも思った。しかし、トライの出現によってそのような気は全く失せた。返すどころか、破壊衝動に駆られている。冷めた瞳で二人を見つめていると、明るい声がその空気を一刀両断した。

「トレベレス様がくださるような、眩く光る大きな宝石でしたら、暗闇でも……ほら、こうして判りますのにねっ」

 マローは指輪を外し、足元に落とした。確かにそれは月光によって煌めき、地面でも存在感を放っている。満足して頷き、トレベレスに近寄ると嫣然として微笑む。

「また、こういった素晴らしい宝石を戴きたいですわ」

 甘えた声を出し、マローはトレベレスに宝石を強請った。今しがた地面に落とした指輪は、土で汚れてしまったのでもう不要だ。多くの物に囲まれている為、物に愛着心などない。
 アイラは悲痛な溜息を漏らし、妹の行動を見ていた。
 トモハラが、ギリリと音を出して歯軋りしている。マローを追って来たのだが、トレベレスと親し気に寄り添っている姿を見て、腸が煮えくり返りそうだった。視界に入らない様にと察したミノリが前に出たものの、見えてしまうし声は否応にも聞こえてくる。痛いほどに拳を強く握り締め、黙って二人を見つめる。

「マロー姫は華やかな物がお似合いですからね」
「まぁっ、嬉しいですわっ」
「本当に、愛らしい姫君だ」

 トレベレスとマローが歩いてこちらに向かって来たので、ミノリは姿勢を正し敬礼をした。
 トモハラは敬礼しつつも、嫉妬と憎悪が混ざり合った鋭利な瞳でトレベレスを睨み続ける。王子に嫉妬をしても仕方がないことなど、解っている。問題は、トレベレスがマロー姫にどの程度好意を抱いているのかだった。二人は、互いを褒め称えながら優雅に通り過ぎていく。

「おい、落ち着けよ」
「俺は常に冷静だよ」

 ミノリは小声でトモハラに忠告を促した。平素は穏やかだが、マローのこととなると一気に頭に血が上ることは、ミノリが一番知っている。
 しかし、トモハラは火のような憤激に全身を戦慄かせてながらも真顔でそう告げる。

「俺は、マロー姫様の騎士だから。騎士とは、姫を護るものだ」
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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