帰還は心を洗い流す

文字数 4,101文字

 時は、勇者アサギが魔王ハイに攫われ、賢者アーサーが故郷の惑星へ移動した直後へと遡る。
 惑星チュザーレ、ボルジア城。学者や神官が集結し会議中であった城の一角にて、驚きの声が上がった。

「アーサー!? どうであったのだ!?」
「おぉ、よくぞご無事で!」
「勇者殿は!? お会いできたのでしょうな!?」

 一瞬呆けたような一同だったが、小さく溜息を零したアーサーが軽く深々と頭を垂れた為騒然となった。転送陣がその室内にあったのだから仕方がない。本来ならば転送する為だけの部屋であったが、負傷者達を受け入れる部屋として会議室を解放した為、城内の部屋は現在不足している状態だ。その為、転送陣の有る室内で会議せざるを得なかった。
 惑星間の転移魔法は、身体に当然大きな負担がかかる。アーサーは報告書がまとめて置かれていた近くの棚によろめきながら力なくもたれかかった。転移魔法は成功した、その実感から、荒い呼吸ながらも薄く口元に笑みを浮かべた。自信はあったが、歓ばざるを得ない。額に吹き出る汗を拭うことなく、震えている足元を見つめる。汗が垂れ、地面に一つ染みを作った。

「お久しぶりです、ただいま帰還致しました」

 どうにかその言葉だけ告げられた。安堵感から、疲労感が身体中を支配する。しかし、このような状態であろうとも、お構いなしに皆は口々に質問してくる。何があったのか知りたい気持ちは分かるが、この状態では愛想笑いを浮かべる事しか出来ない。
 強度な精神、及び魔力を要する転移魔法。今回行ったのは“惑星間の移動”だ。簡単に出来るわけがない、途方もない負担が本人に圧し掛かるが、経験者でなければ分からないのだろう。
 惑星クレオから、惑星チュザーレへの転移。“賢者”の称号を得たアーサーだからこそ、無論並外れた精神力の持ち主で、だからこそ簡単に一行の前から姿を消し、こうして自分の惑星へと戻ることが出来た。
 しかし、賢者であろうが人間である。吐き気に、眩暈、頭痛は可愛らしいものだ、下手をすれば発狂する可能性も否めない。
 アーサーは口元を押さえ、顔面蒼白で蹲った。胃の中のものが、逆流してきた。
 ここまできて、ようやく皆は異変に気づき、アーサーの救護に入った。
 設備の整った場所からならば比較的転移は簡単だ、他にも祈りを捧げ、補助にまわる魔術師達がいるならば負荷を軽減できる。だが、今回は簡易な魔方陣からのたった一人での転移であり、協力者がいなかった。
 ライアン達一行には身勝手な行動に見えただろうが、アーサーにとっては生死をかけた賭けでもあった。未熟な者が行えば、時空の歪に入ったまま出てこられない。自分の行き先を念じ、それだけを全身で感じながら魔力を放出し決死の覚悟で挑むからこそ成功し得る。失敗したらば自分の命は愚か、惑星の命運にも関わっていただろう。
 アーサーは、運ばれて来た担架に寝かされたところで意識を手放した。
 それから、どれほどの時間を要しただろうか。
 手足の痺れはあるものの、どうにか重たい瞼を開いたアーサーは、眼球を動かす。眩い光は、自分を不安げな顔で覗き込んでいる顔見知り達によって遮られた。皆を安心させようと懸命に口角を上げようとしたが、顔面の至る所が痙攣を起こしていて笑えない。

「暫し休息を」

 死人の様な顔色のアーサーを問い詰められる者などおらず、皆は一旦退室した。意識が戻ったのならば一安心である。
 数人の医師に見守られ、アーサーは再び瞳を閉じた。

 アーサーが帰還した事は、臥せっている間に城中に知れ渡っていた。
 丸一日眠り続け、再び目を覚ました時にようやく上半身を起こした。眩暈と頭痛に顔を歪めたが、用意されていた薬湯を飲み、呼吸を整えると少しだけ気が楽になった。だが、休息している場合ではない。
 責任感から寝台から起き上がり、早々に国王への謁見を申し込む。一刻も早く、この目で見たことを伝えねばならない。

 惑星チュザーレ、ボルジア城。チュザーレの北半球に位置しており、暑い国で、一年中夏ではないかと思わせるような気温であるがそうではない。郊外へと足を進めると、心地良い季節感に包まれている。
 一年は“雨季”“暑季”“寒季”のほぼ三つに分かれており、地球の日本でいう過ごし易い春及び秋が抜けていた。しかしながら、移り行く時の流れの中で花々は可憐で瑞々しく、その季節折々の風や光に応える色合いを出す。実る豊かな果実は伸びやかに育ち、人々は全ての森羅万象に感謝した。
 太陽に、雨に、風に、自然に絶大な恩恵を捧げる。とりわけ自分たちを支えてくれている大地には、豊穣の祈りを毎年捧げて過ごしてきた。
 それらを司る女神こそ、惑星チュザーレの皆が信仰しているエアリーである。
 ところが、ミラボーなる魔王が出現してからというもの、人々は信仰を疎かにしてしまった。心に余裕がなかったこともあるが、祈ったところで救いの手など差し伸べられず、絶望してしまったのだ。無論、代々伝わってきている通りに祈りを捧げるものも少なくはないのだが、確実に途絶えつつある。
 幾つかの街や村は、魔物の襲撃に対抗する術を持たず、滅亡へと追い込まれた。
 今や大都市に人々は集結し、騎士を始めとした腕に少しでも自信のある者達が懸命に防衛している現状だ。街から一歩出るにも一苦労であり、遠く離れた漁業や森に行こうものなら命がけである。

『熱気を含みし母なる大地に 来たれ恵みの雨よ
 天からの命の水よ 麗しの花達が歓喜の色と香りで迎えるから
 全てを運ぶ風と共に こちらへおいで 
 その恩恵を浴び 果実香しくたわわに実れ 
 命を繋ぐ物語は天からの雨で始まり 全ては大地で終わる』

 盛夏にはこのような唄が各地で歌われ、皆で舞を捧げていたのだが、今ではその祭り事すら消滅しつつある。歌う者といえばまだ魔物の恐怖を知らない、遊びたい子供達だ。子供らは代々受け継がれてきたその唄を、ひっそりと歌い続けた。
 そして、願うのだ“精霊神エアリー”様に。
 街の外に出て遊べないのならば、街の中で場所を探し、笑っていたい。毎日怯え、疲労の顔色を浮かべている大人達に子供達は嫌気がさしていた。子供らの天使のような歌声に、幾人かの大人達は耳を傾けた。だが、耳を貸していられないほどに状況は悪化している。
 この惑星の人々が太古より祈りを捧げてきた精霊神エアリーの崇拝者達は、嘆く。埃を被った綴織が、罅割れた銅像が、あちらこちらの家で、物悲しく置き去りになっている。

 緊張した空気の中で、アーサーは膝をついたまま国王に全てを報告した。
 勇者に確かに出会ったこと。
 勇者は六人存在しているということ。
 彼らは、揃って惑星クレオにいるということ。
 そして、最も絶大な能力を所持していると思われる惑星クレオの美しい勇者が魔王に拉致されたということ。
 何より、魔王ミラボーが現在惑星クレオに移動しているということ。
 手短にアーサーが語ると、その一言一言に皆は何とも言えぬ声を発し、呻いた。
 勇者が存在し、合流出来たことは非常に良い事だが、まさか魔王に拉致されてしまったとは。絶望的なのではないのか、と皆の表情に陰りが落ちる。
 謁見は数時間に及び、彼らの質問責めからどうにか解放されたアーサーの耳に、突如激しい雨の音が届いてきた。外を見れば鉛色の雲が空を埋め尽くしており、大地を叩きつけるかのように激しく雨が降り注いでいる。

「雨ですか。こういう時に限って……あいつらは襲ってきますしね」

 独り言を漏らす、愛用の杖を右手で握り締めると大きな歩幅で歩き出した。城の上層部へと階段を上りながら、首を鳴らす。
 屋上に出れば、魔導士に僧侶、弓兵などがすでに待機していた。

「大丈夫ですか、アーサー殿! 心強いですが、お身体はもうよろしいので?」
「問題ありません、心遣い感謝」
「はっ!」

 駆け寄ってきた皆一人一人に声をかけ、アーサーは進む。敵の襲来が近いことを予感し、唇を噛締めると煩すぎる雨音に眉を顰める。
 だが、次の瞬間唖然として立ち尽くした。その見慣れた美しい長髪に一瞬見惚れ、名を呼ぶまで間が空いた。

「ナスカ……? ナスカなのか!?」

 それは、叫び声に近かった。
 振り返った少女は、ゆっくりと笑みを浮かべながら雨に濡れた髪を弄りつつ微笑する。

「そんな狐につままれたような顔をしないで。私は死んだりしない、約束したでしょうアーサーと」

 雲一つない青空を連想させる雄大な水色の髪は緩やかなウェーブを描き、濃い青の瞳は深い水底を連想させる。
 ナスカ=スチュアート。
 神殿プロセインを守護する為に派遣された一人で、アーサーの幼馴染であり、同じく賢者の称号を得ている少女だ。アーサーが驚くのも無理はない、全滅したと聞かされていたからである。
 上手く言葉が出てこないアーサーに、柔らかな笑みを浮かべてナスカは立っていた。

「世評を気にするなんて、貴方らしくないわね? だけど、その話は後になりそうだわ」

 ナスカの微笑が急に強張る、瞳に戦意を宿す。
 アーサーは既に杖を掲げ、詠唱に入っていた。
 誰かの一声に反応するように、鋭く下卑た叫び声を上げながら頭上から魔物が襲い掛かってくる。美しい半裸の少女、しかし下半身は鳥。肉を抉り取る鋭い爪に、背にはドブ色の羽、空の部隊ハーピーである。
 惑星クレオにて、アリナやトビィが遭遇したセイレーンに似てはいるが、こちらは声が美しくない。人間の少女のなれの果てだとも、邪悪な魔法による合成生物だとも言われるが真相は不明だった。
 そして、それを指揮しているのはドラゴンに乗った魔導士らしい。
 戦闘開始である、二人の賢者は互いに得意の呪文を放った。 久し振りの再会で、こんな状況下でも不敵な笑みを浮かべて張り合うように二人の賢者は笑う。
 ボルジア城自慢の双璧に、周囲はすでに勝利を確信した。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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