外伝6『雪の光』12:寵姫
文字数 1,752文字
「ほらアロス、お前に似た宝石だろう?」
エメラルドにペリドット、翠色した宝石ばかりを集めたトシェリーは、首をかしげているアロスにそれらを見せた。そうして勝ち誇ったように笑い、髪を撫でる。
「しかし、どんなに美しい宝石も、アロスの前では霞む」
周囲の予想を裏切り、トシェリーがアロスを手放すことはなかった。側近らが口煩く「後宮に居る女達に示しがつきません」と苦言しても、ぬらりくらりとすり抜ける。
王が一人の女を後宮に入れず傍に置いておくなど、有り得ない。しかし、常に傍に置き、寝所も共にしている。このままでは、闇市出身の寵姫に国が転覆しかねないと側近らは焦った。
「一体、会話出来ない娘の何が良いのか」
確かに器量の良さは他の女達より秀でているが、それだけ。美声を披露する事も、知識をもって会話に華を咲かせることも出来ない。
ただ、一部の者はアロスの正体を知っていた。海を渡った異国であれど、“侯爵の娘”。教養は十分であり、礼儀作法は勿論、料理に刺繍に舞踏、文字の読み書きは一通りこなすことが出来る。歌えないものの、楽器を奏でることは出来た。
つまり、馬鹿ではない。
王を手玉にとり、傀儡として政治に介入しないか不安になっていた。杞憂かもしれないが、傾国の美姫となる可能性は無きにしも非ず。後宮に入れ、二人を引き離したい。
「しかし王よ、これでは後宮らに集められた女達が気の毒です。皆、必死に歌舞音曲を学んでおります。せめて観に行っては如何ですか」
食い下がらない側近に、トシェリーは肩を竦めた。アロスの髪を椿油を付着させた櫛でとぎながら、あっさりと告げる。
「あのな。そもそも後宮は先王が欲望のままに作りあげたもの。正直、オレは不要だと思っている」
「そうは言われましても、後宮があってこそ王が御生まれになりました。軽視しては……」
「母には感謝しているが、今の王はオレ」
トシェリーの母は、元は奴隷だった。農村出身で金の為に両親に売られたところ、器量の良さからすぐに市場で買われた。もともと真面目な性格で畑仕事にも精を出していたし、幼い兄弟を養う為刺繍もこなし、料理も出来た。一定の教養を覚えたところで、出来てまだ日の浅かった後宮に侍女として入り、当時の王の目に留まった。
その時まだ先王は現役であり、夜な夜な違う女と夜を共にしていた。多くは一夜で飽きられ放置されたが、何かしら“よかった”者らは幾度も王に呼ばれ、数人が懐妊した。
トシェリーの母は賢かったので、自分の役割を常に肝に銘じていた。
手を付けられ、気に入られ、王の子を身籠ったのであれば、やることは一つしかない。王女であれば問題はないが、王子であれば勝ち抜いて生きねばならない。王位争いは昔から頻繁に起こってきたが、法的に結婚という形はとらず后が不在な以上、争いは避けられなかった。
「オレは后を復活させようと思う」
「その娘を后に、ですか」
「あぁ」
「し、しかし、それはっ!」
狼狽する側近らを一瞥し、トシェリーは退屈そうに口を開く。
「後宮の女とアロス、何が違うというのだろう? 後宮廃止に反対であれば、アロスを後宮に入れる。しかし、寵姫は彼女一人。女達の行く末はどう足搔いても変わらんぞ?」
「そんな、教養乏しい者が時期王を産むなど……。国の行く末をご案じください」
「そこまで言うなれば、アロスに家庭教師を付けろ。まぁ、彼女はすぐに習得するだろうが」
鼻で嗤ったトシェリーに、側近たちは唇を噛み締めた。しかし、王は飽き性。時が経ては気も変わるだろうと信じ、一応はアロスの部屋を後宮に用意することとなった。
「全く、融通のきかん奴らめ」
トシェリーは側近らを退室させると、軽々とアロスを抱きかかえ寝台へ進む。二人共一糸まとわぬ姿になると、優しく座らせる。水の中で溺れているように、アロスはトシェリーにしがみ付いた。耳元で甘く囁かれ、時折混じる吐息に胸を跳ねあがらせ、虚ろに頷く。
……ずっと、このまま。
二人が吐き出す湿った空気で、今日も部屋は満たされる。
片時も離れずに傍に居れば、問題ない。
だが、離れてしまえば。