破壊の姫君候補
文字数 3,875文字
「"宇宙”を知っていますか? 宇宙には多種多様な惑星があり、その中にこの惑星クレオであり、アサギ様がいる地球であったりします」
それはトビィも知っているので軽く頷く。
「宇宙では、
ナスタチュームは重たい腰を上げると手ごろな石を三つ拾い、テーブルに並べた。どれも小さく、指の第一関節程度しかない。それの一つを、軽く弾いて近くにあった石にぶつける。ぶつけられた石は、三つめの石を掠って遠のいた。
「惑星同士の衝突とは、このような感じだと思われます。我らが危険を感じた場合、この身を動かし避けることが出来ますが、惑星はそうもいかない。自分の意思で動くことは出来ず、甘んじて受け入れるしかない。そりゃそうでしょう、惑星に勝手気ままに動かれたら、私たちは恐らく生きていけないと思います」
言いたいことは、トビィにも解った。
『惑星には意思がある』
クレロの言葉が脳裏を過る。
意思があっても、動くことは出来ない。惑星とはなんとも妙なものだと、トビィは頭を抱える。木や草花にも意思があるとすれば、同じようなものだろうか。動く、という進化を遂げたものたちと比較すると不便なものである。
キィィィ、ガコン。
「話は逸れましたが、宇宙では時折、このような危機的状況が生み出されてきたようです。その際に、破壊の姫君が関与していると」
「伝承だな、破壊の姫君は偶像かもしれない」
「そうであるとも、違うとも。しかし、神も私と同意見ならば姫君は存在すると思います。今はまだ不確かな存在ですが、破滅を望む者からしたら、絶大で圧倒的な崇拝すべき女神です」
「尾ひれがつき見目麗しい、となった……とも考えられるが。いやまてよ、どうして“姫”なんだ? 女に限定されているのは、何故」
首を傾げたトビィに、ナスタチュームが深く頷いた。口にしてから気づき、舌打ちする。
「そこです。破壊する者、ではなく、姫君なのです。女性に限定されているのです。……何故でしょうね」
生を蔑み冒涜する者たちが生み出したならば、偉大な母を想い女性にしたのだろうか。けれども、クレロも最初から女性だと知っていた。
考えれば考える程深みに嵌る気がして、トビィは呻く。
「トビィ殿。ともかく、アサギ様のお傍に。必ず、貴方がお傍に。私達も全力で彼女を護るという名目で監視しますが、あの方は自分の力を把握していない。というよりも、事の重大さを解っていない」
「だろうな」
「なので、魔界を一時的にまとめてくださればと思いました。公然の秘密として、彼女の傍で護ることが出来ますから」
そういった思惑もあるのか、とトビィは納得する。
「なるほど。で、どうしてアサギが破壊の姫君なんだ、美しいからか。異界から来た者なら、ユキという勇者もいる」
「アサギ様は、他の勇者と何もかも圧倒的に違う。……言わずとも、トビィ殿なら解っている気がしますよ。不思議な、人とは違う力を彼女が持っている事を」
そう言われては、トビィは口を噤むしかない。それは知っている、言い出したらきりがない。深い溜息を吐くと、ナスタチュームに忠告するかのように再度口にする。
「アサギは、アサギだ。オレは、愛するアサギを護る、それだけだ。例え
澄んだ声で、トビィはそう断言する。それは誰にも邪魔出来ない、揺るぎない決意。本当にアサギが破壊の姫君であった場合でも、そちらに就くという宣戦布告でもある。
「……でしょうね」
ナスタチュームは徐に石を仕舞うと、また新しい茶を煎れ始めた。
話は長引きそうだ。
島を歩くアサギとリョウは、擦れ違う魔族たちに会釈をする。その島は魔界イヴァンとは違い、他とは切り離された独特な雰囲気を醸し出していた。
ここだけ、時間の流れが違うような。
自給自足の生活だが、生きられる分があればよいので多くの魔族達はのんびりとしていた。裕福など望んでいないようだ。
「あ……」
ラキは、遠くから四人を見つめていた。
アサギとサーラが一緒にいては、合流し辛い。あちらに見られないようにと、畑に身を潜めている。
そんな様子にオークスは気づいていたのだが、苦笑して見なかったフリをした。最愛の男が最愛の人と共に居ては、心が疲弊する。例えそれが、記憶のない転生後の娘だとしても。
「アサギ様は、もう世界を見てまわられたのですか?」
サーラが優しく語り掛けた。
「いえ、まだ。でも、色々行ってみたいです」
「そうですか。思い出しても辛いだけでしょうが、一度賢王が治めていた城跡も見に行くと良いですよ。トビィさんが場所を知っています」
「トビィお兄様が?」
「えぇ、そこで初めてトビィさんとお会いしましたので」
話は聞いていたので、オークスは知っている。
当時を思い出したサーラは、薄く笑った。
「それにしても不思議なことがあるものです。
悲しそうに漏らしたサーラの言葉は、オークスにしか解らない。アンリ姫に焦がれていたが、姫の心はまだ見ぬ別の男に囚われていたという。
想いは一方通行だった。
「夢で見るという、王子の髪と瞳の色。それが、まさにトビィさんと同じなんですよね。運命の出逢い、とでも言うのでしょうか。親しいですしね」
想いを断ち切ろうとしているのだろうか、オークスの目にサーラはそう映った。自分から進んでその話をするのは、釘を刺しているように思える。アンリ姫の生まれ変わりかもしれないが、彼女ではない、と。彼女を投影していはいけない、と。
ただ、煩悶から逃げようとしているようにも見える。姫はもう、何処にもいないと思ったほうが楽なのかもしれない。目の前のアサギがサーラに焦がれ、彼の手をとるとは考え難い。辛い恋は終わりにしたい、けれども、彼女の存在は心から喜ばしい。実に複雑な心境だ。
オークスは自嘲気味に笑っているサーラを素通りし、アサギに手を差し伸べる。これ以上辛そうな親友を見ていられなくて、話題を変えようとした。
「近くに果樹園があります。行きましょう」
話についていけず、暇そうにしていたリョウは瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。丁度空腹を感じ、喉も乾いている。隣りのアサギの肩を叩き、違和感を覚えた。
「アサギ? アサギ!」
鋭いリョウの声に俯いていたサーラが顔を上げ、オークスが一気に駆け寄った。
アサギの顔色が悪い、顔面蒼白で口元を押さえている。
オークスは、頭上を見た。陽は傾いているが、まだ暑い。熱中症かと思い、背に負うと近くの木陰へ急ぐ。水を操る魔族なので、小さな氷の欠片を大気中から作り出すと、アサギの首筋にあてがった。
サーラは、急いで飲み物を取りに行った。
「申し訳ありません、気分が悪いのに。無理をしてらっしゃったのですか」
「い、いえ、違います。突然眩暈が」
力なくアサギは笑みを浮かべ、おぼつかない口調で告げた。自分でも、どうしてこうなったのか解らなかった。耳鳴りが止まらず、目の前が真っ暗になった。
何か、
足を抱え内なる激痛と戦っていると、サーラが戻って来る。
手には色とりどりの果実が握られていたので、オークスは呆れて言葉を失った。どうにか元気づけようと気に入るものがあるように多々持ってきたようだが、一種でいいから早く持ってきて欲しかった。冷静さを欠くサーラは、意外に危うい。
大きな果実に穴をあけ、果汁をアサギに飲ませる。
「甘いけど、酸っぱい……」
一気に飲まずゆっくり体内に入れれば、心なしか心臓の鼓動が整った気がした。
頬には徐々に赤みが戻り、皆は安堵の溜息を吐く。
「全く、アサギは無茶をするよね」
「無茶した記憶はないけど……迷惑かけてごめんね」
「いや、いーんだけどさっ」
顔色が戻ったので、ほっとしたリョウは照れ隠しに軽く悪態づいた。本気で心配した為、瞳には涙が浮かんでいる。それを認めないように、汗を拭うように腕で擦る。
幼い二人のやり取りを見ながら、オークスとサーラも顔を見合わせて笑う。
「そろそろ戻りましょうか、体調が良い時にまたご案内しますよ。浜辺に美しい魚がいるのです」
「それは見たいです! 是非今度」
「えぇ、来ていただければサーラも喜びますし。ただ、魔界イヴァンの統治が先になりますので、暇があるかと言われると難しいやもしれません……」
肩を竦めるオークスに、アサギは思い出して眉を顰めた。そうだった、魔王アレクに代わって、自分がどうにか魔族をまとめねばならないらしい。急に気が重くなった。勢いで返事をしたが、たかが人間の小娘に大役をこなすことができるだろうか。
無理だ。
アサギは再び蒼褪め、残りの果汁を一気に胃の中へ流し込む。しかし、言ってしまったからにはやらねばならない。
真面目な性分ゆえ、気楽になど考えれらない。
「が、頑張ろ……」