嫉妬の炎は糧を増やす
文字数 2,409文字
「あの、トビィお兄様。トランシスに剣を教えて頂きたいのです」
すぐさま断ろうとしたトビィだが、飲み込んで堪える。剣の稽古という名目があれば、多少の無茶をしても咎められないと判断した。言い訳は何とでもできる、瀕死の状態に追い込むことも可能だろう。
「あちらが希望するなら、オレは一向に構わない。力量を把握しておけば、アサギを任せてよいか判断出来るし」
思案しアサギに極上の笑みを浮かべたトビィは、挑発的にトランシスに一瞬視線を投げ告げた。
そう言われては、トランシスも受けるしかない。唇を軽く噛みしめ掌の火炎を消し去ると、仁王立ちになり大きく頷く。
「どうぞよろしく、トビィさん」
「いえいえ、こちらこそ」
睨みを利かせ、互いに抑揚のない声を出す。
言葉と感情は正反対だ。周囲に漂う冷たい空気にクレシダとデズデモーナは震え上がるが、アサギは一人嬉しそうにはしゃいでいる。勘が鋭い筈なのに、どうしてこの険悪な雰囲気には疎いのか。
「よかった、心強いです! 二人共同じくらいの歳ですし、きっと気が合うのです。親友になれるとよいですね」
「それはないな」
「それはないね」
流石にその単語には二人揃って即座に反発した。同時に蒼褪め、互いに額を押さえ俯く。
「でも、先程から行動が似てますよね。髪と瞳の色も不思議な事に同じですし、なんとなく雰囲気も似ている気がします」
「冗談は止めてくれ、アサギ」
「冗談だろ、アサギ」
間入れず、やはり反論する。
そのタイミングの良さに思わずアサギは吹き出して、軽やかに笑い出した。
「やっぱり! ふふふ、そっくりですね」
唇を尖らせ、右の人差指一本をこめかみに当てると二人は顔を渋らせる。文句は山ほどあったのだが、ころころと鈴を転がす様に笑うアサギに、脱力するしかない。笑顔を見ていたら、心なしか諍いがどうでもよくなってきた。
デズデモーナも大きく肩で息をし、安堵の溜息を漏らす。
しかし、クレシダだけは腑に落ちず唇を軽く動かした。そこから音が発せられることはなかったので、誰も何を呟いたのか知らなかった。
彼はこう言った。
「ですが、確かに似ております。纏う空気は違えども、あそこまで仕草が似ているとは」
冷静に判断した結果だ。トビィとトランシス、二人が同じ日に産まれたらしいことはもう少し先で発覚する。
「それにしても、はやりアサギ様は災厄……」
アサギの頭上で火花を散らす二人を、竜たちは複雑な思いで見つめている。トビィが意地の悪そうな笑みを浮かべたので、自分達にも降りかかってくるであろう災いに身構えた。
「それで、結局今日は何処へ行く予定なんだ? 同行しよう」
「ぇ、いや」
「トビィお兄様が一緒だと助かります! クレシダとデズデモーナに乗せて頂けると、上空から惑星クレオを紹介出来ますね」
言うトビィにトランシスは全力で拒否しようとしたのだが、アサギが嬉しそうに同意したので口を噤むしかなかった。
二人きりの筈が、とんだ逢瀬になってしまった。
アサギの同意を得たので満足そうにトビィは薄く笑うと、悔しそうに舌打ちしたトランシスに向き直る。
「ならば行こう」
すぐさまアサギの肩を抱くと、そのまま普段通りに歩き出す。
唖然としたトランシスの唇が、怒りで震えた。固く拳を握り締め小走りで二人に追いつくと、トビィから奪うようにアサギを抱きしめそのまま担ぎ上げる。
「きゃあっ」
小さく悲鳴を上げて頬を染めたアサギだが、気にせずにトランシスはトビィに屈託のない笑みを浮かべた。
「そうですね、いきましょうか」
身じろぎするアサギに「動くと下着見えるから、大人しくしてなよ」と笑うと、挑戦的に鼻で笑い、トビィを睨み付ける。
額に青筋を浮かばせて小刻みに震えているトビィに、クレシダとデズデモーナは再び胃が痛む程緊張感を走らせた。
「ここにいては心が削られる」
口走ったデズデモーナに、クレシダも小さく同意する。この二人の諍いに今後も巻き込まれてしまうであろう自分達を、呪った。
五人は緊迫した空気の中を歩き、天界城から出る。クレシダとデズデモーナが竜の姿に戻らなければならないので、その巨体を確保できる場所まで移動する。
「デズ、アイツだけ乗せて振り落せ」
「……これはまた難しいご注文ですね。そうしますと、私はアサギ様に非難されるのでは」
「どうにか言い訳しろ。『背に乗せてみたが、合わなかったので否応なしに』とか」
「そ、そんな無茶苦茶な!」
再びデズデモーナの胃が痛みを訴える、産まれて初めて黒竜は多大な心痛を実感した。トビィの目は大真面目だ、冗談を言っているわけではない。本気で『落下させ殺してしまえ』と言っている。
気の毒そうにクレシダがそのやりとりに聞き耳たてるが、自分に被害が被らないようそ知らぬふりをした。
救援要請の視線をクレシダに送ったデズデモーナだが、背を向けている同僚に絶望と激しい怒りを覚える。
「デズデモーナ、よろしくお願いしますね」
助けを出したのはアサギである。
声が聞こえた瞬間に頬を染め「勿論です!」と声を張り上げたデズデモーナは、これ幸いとトビィの傍を離れた。
「私とトランシスさん、二人乗せても大丈夫ですか?」
「心配ご無用!」
後方でトビィの舌打ちが聞えたが、それでも心は晴れやかだ。アサギが乗っていては、振り落すことは出来ない。感謝の念を送りながら跪き、笑みを浮かべる。
だが、気づかなかった。新たな問題が発生してしまった事に。
トランシスが、冷ややかな視線を浴びせデズデモーナを睨み付けている。
「……コイツで三人目?
瞳を細め、その奥にギラついた光を宿す。デズデモーナとアサギを瞳に映しながら、トランシスは歯が折れる程に歯軋りをした。
ギリリ、ギリリ、ギリリ。
キィィィ、カトン。