外伝4『月影の晩に』8:恵みの姫に、恋した騎士
文字数 1,570文字
不機嫌な姫に縋りつき、必死に彼女を煽てる女中らを傍目で見つめるトモハラは知らず溜息を吐いた。今日も変わらず姫は美しい、怒っている表情もやはり綺麗だ。目覚めるような臈たけた美しさだが、やはり一番好きな表情は無邪気に微笑む笑顔だと痛感する。
いつまでも目くじらを立てているマローに狼狽し、女官らは各国の王子から献上された高価な宝石らを彼女の前に差し出した。
見目麗しいそれらに僅かに気分を良くしたマローは、それらをとっかえひっかえ身に着け始める。
トモハラは、遠目でそんなマローを見ていた。嬉しそうに鏡を覗き込み、得意げに髪をかき上げる。全身鏡に姿を映し、くるくる優雅に回転しては皆からの拍手を集めて始終笑顔でいた。
戻る返事は決まっているのに、毎回マローは皆にこう訊くのだ。
「可愛い?」
小首を傾げ、大きな瞳でそう投げかければ、皆は口々に可愛い、可愛い、と大合唱する。そうすると、瞳が細まり恥ずかしそうに歯がゆそうに、口元に手を添えてふふふ、と笑う。
そう言われると分かっているのだが、やはり嬉しいらしい。
「可愛いです、宝石をつけているマロー姫ではなく、マロー姫自身の、その仕草が」
トモハラは、口元に笑みを浮かべ、熱に浮かされた瞳で一心不乱にマローを見つめる。
……あぁ、あの笑顔を。間近で見られたらどれだけ幸せだろう。
けれども、マローはそれにも飽きてしまった。選ばれなかった宝石らが寂しそうにテーブルに転がっているが、目もくれずにその部屋を後にする。
トモハラは、影のある宝石らを黙って見つめた。
どれだけ華やかなものでも、目に留まらなくては意味がない。飽きられてしまっては、捨てられる。姫の傍に居るには血の滲むような努力をせねばならないし、自分を磨く事を怠ってはいけない。常に緊張感を持ち張り詰めた意識でいなければ、捨てられる。
思い入った決心を、眉に集めた。
そうして、今は、ベルガー、トレベレスと共に庭を散歩をしている。
三人の後ろを黙って歩くトモハラは、周囲への配慮や警戒も他所にずっと考えていた。自分も、何かを差し出してみたい。そうしたら、姫は笑ってくれるだろうか。あの、遠目に見ていた愛くるしい笑顔で、自分に微笑みかけてくれるだろうかと。想像しただけで、手が震えて顔が緩んだ。あの視線を一瞬でも独り占め出来たら、幸せなのにと。
庭の一角で茶会を始めた三人を女中達が取り囲み、茶と焼き菓子を手際よく並べていく。
早速、とマローは手を伸ばした。甘いものを口に含むと、見ているこちらが嬉しくなるような笑顔を見せる。美味しい、と見ていて解る。幾つも手を伸ばし、最後まで美味しそうに食べる姿も愛くるしい。マローの仕草は何もかもが全て、至高の宝に見えた。
……俺は、マロー姫に何を差し出せるだろう。
トモハラは静かに胸の前で手を組むと、瞳を閉じる。
決意を、胸にする。
土の国、代々女王が君臨する多大な魔力を持つその国の。平民出身の若き、いや、幼き騎士は栄華の姫君を心に抱いた。
小さすぎる力では、他国の侵略から姫を護れないだろう。
祝福の姫は、愛らしい見た目で誰を彼も惹き付ける。宿った子は、父親の国を繁栄へと導くだろう。
黒の姫君は、自国の最大の防御壁。
そんな姫を護るべく、トモハラは決意をした。彼女の意の反する縁談ならば、徹底的に邪魔をしてやろうと。それくらいしか出来なかった、思いつかなかった。
マローは、露を光らせ今にも咲き崩れようとする花のような艶やかな笑みを浮かべている。
トモハラは、困惑気味に微笑んでいた。
『貴女に、守護を。笑顔絶やさぬ時を過ごせるよう、守護を』