右往左往
文字数 3,202文字
熟睡していたことに気づき、低く呻きながら上半身を起こす。アサギは隣で、冬眠中の小動物のようにぐっすりと眠っていた。
「おはよう」
優しく頬に口付けると、アサギはくすぐったそうに微笑む。
「やれやれ」
これで恋人同士ではないというのだから、現実は厳しい。起こさぬように静かに起き、湯を沸かして珈琲を淹れる。
その香ばしい香りで、アサギの目が醒めた。
「おはようございます……ふぁぁああ」
大きな欠伸をして瞳を擦り、アサギはふらつきながら起き上がる。
「ほら、濃い珈琲だ。すっきりするぞ」
二人で啜りつつ澄んだ空気の中で空を見つめていると、トモハルとケンイチが近寄ってきた。
「おはようー。俺たちにも頂戴」
「自分で淹れろ」
「ひどい!」
しかし、面倒そうにしながらもトビィはきちんと淹れてくれた。優しいので驚き、しげしげと見つめてしまう。出会った時の印象は最悪だが、接してみると意外に面倒見がよい。
顔を洗いに行ったアサギを見送ると、トモハルは赤面しつつ訊ねる。
「ね、ねぇ。一緒に寝たの?」
「愚問だな」
「えーっと、二人はどういう関係?」
「さぁな、自分で考えろ」
さらりと言ってのけるトビィに、トモハルとケンイチは口を噤む。
「付き合ってるの?」
「どうだろうな? お前達にはそう見えるのか?」
「……見えるし、なんか違う気もするし」
当惑した様子の二人に、トビィは意味深な笑みを浮かべて口を噤んだ。戻ってきたアサギを手招きし、見せつけるように頬を撫でる。
「ぅぐ」
トモハルは赤面し、顔を背けた。アサギの傷が癒えるのであれば、二人が恋人になる事は大賛成だ。しかし、トビィと違って彼女にその気は一切ないように見える。
「アサギ―! 今日も相変わらず可愛いねぇぇぇぇぇ!」
「ひゃああああああああああああ!?」
いきなり背後から飛びつかれ、アサギは甲高い悲鳴を上げた。
「んんんんんー! イイ匂いがするーっ。くんかくんか」
「おはよう、アリナぁぁぁぁっ!?」
ふくよかな胸を背中に押し付けながら密着し、髪や首筋の匂いを嗅いでいる。驚いて硬直するアサギの胸をさり気無く触っていたことに気づいたトビィは、顔色を変えた。大股で近づくと、二人を引き離す。
忌々しそうに妬める瞳を向けられ、アリナは勝ち誇ったように笑った。
「おはよう、トビィ。素敵な朝だね」
「お前が来るまではな」
「つれないなぁ」
二人のやり取りを間近で見ていたアサギは、我に返ったように二人を見比べて口元を押さえた。
「もしかして、トビィお兄様とアリナって付き合ってますか?」
「冗談じゃない」
「ボク、男に興味はないんだけど」
即答で二人が否定すると、アサギは「お似合いなのに」と首を傾げた。
トモハルとケンイチは顔を見合わせ、引き攣った笑みを浮かべる。以前から薄々感じていたが、アサギは自分の魅力に全く気付いてない。鈍感というよりも、無関心。それゆえ、危なっかしく思える。
このまま和気藹々としていたいが、そうもいかない。アリナは途端に真顔になった。
「暫くは窮屈な生活になるかもだけど、住居の提供を急ぐよ」
アリナは父に話をつけ、彼らを受け入れる準備をすぐさま整えた。普段の大雑把な彼女からは予測出来ないが、抜かりのない人物だ。
この村の人々は、一旦都市ディアスの宿泊施設で受け入れるという。無論、金銭の心配は不要。職の斡旋もすると告げられ、村人らは涙を流して喜んだ。家畜はおらず、貴重品も多くはないので、簡単に荷物をまとめた彼らは移住していく。本来ならば陸路で行くが、今回は神が介入している為、天界城を通過することを許可された。そうすれば、瞬く間に到着できる。
しかし、一晩経過し、慣れ親しんだ土地を離れる事に抵抗を覚えた者もいた。行方知れずの村人もいるので心配である。恐らくは死んでいるのだろうが、死体を見ていないので受け入れる事が出来ない。
憂いに沈む彼らに、アリナは提案をした。定期的にこの村を巡回することを伝え、時間が合えば代表者を連れて行くと。
その申し出に、彼らは感服する。
「本当に、こんなに有り難い事はない。生きていてよかった」
号泣する村人に、アリナは胸を撫で下ろした。
「さて、これからアサギ達はどうするの? 一緒に来る?」
「うん!」
「よし、決まりだね。朝食の準備もしてある、引っ越し祝いだ、歓迎するよ」
豪快に笑うアリナに、皆もつられて笑った。
勇者らも移動し、馳走を堪能する。あっさりとした味付けの臓物煮込み料理を、黒いパンに乗せて食べた。大きな鍋で煮込まれ続けると、四方に美味そうな匂いが広がり人を呼び込む。通りすがりの者たちも参加し、実に楽しい食事会となった。
「ところで、アリナ達は大丈夫だったの?」
腹を満たしたアサギは、顔を曇らせて問う。
「洞窟の奥で奇っ怪な音を出す“何か”に遭遇し、逃亡したのも束の間、洞窟の出口で動く土に襲われてさぁ。火炎の魔法で辛うじて撃退したものの、要再調査」
全員無事らしいが、中断を余儀なくされたと知り眉間に皺が寄る。
「絶対邪教の仕業だよ」
ケンイチが勢いよく叫ぶと、横でダイキも頷いた。
先の旅で邪教に関わった勇者は、この二人。ケンイチは不気味な球の製造過程を目の当たりにし、ダイキは邪教の心臓部へ踏み込んでいる。
「今回、ほぼ同時に起こったんですよね……」
訝るアサギに、ケンイチが神妙に頷いた。
「どうしたって、罠だよね」
「陽動作戦にまんまと乗せられたとするならば、秘匿されたものは何か」
トビィは低く唸ると、「ここで油を売っている余裕はないな」と続けて肩を竦める。
勇者たちは、黙って頷いた。途端に、浮かれている場合ではなかったことを思い出し、やるせない表情をする。問題は、何も解決していない。
クレロの指示を仰がねばならない。
「ライアン達も天界城にいるはずだよ」
「アリナ、ありがとう! 行ってくるね」
「無理しないで、ボクもすぐ合流するから」
アリナに村人らを任せ、アサギ達は天界城へ急いだ。
「クレロは過去の映像を見る事が出来るんだろ? だとしたら、今回起きた騒動の本当の問題も、簡単に分かるよね?」
「
「そっかぁ、そう簡単なものじゃないんだね」
アサギとトモハルが渋い顔をして会話をしていると、トビィも加わる。
「簡単に見つけられるわけがない。あの神が視るんだぞ?」
「う、うーん……。みんなで手分けして視ることって出来ないのかな」
「それが出来ればな。闇雲に動くより効率がよいに決まっている」
茶を啜って待機していると、ライアン達がやって来た。
「みんな!」
歓呼し近寄ってきたライアンに、勇者たちは両手を上げて大きく振る。そうして、すぐに情報交換に入った。クレロからある程度聞いているものの、やはり直にやり取りしたほうが正確に把握出来る。
「クレロはここには来ない。過去を視る作業で手が塞がっていると」
ライアンの一言に、「だと思った」とトビィは溜息を吐く。
「指示は出ている。トビィくんとアサギ、それに天界人数名が村へ。オレたちは勇者たちを連れ先日の洞窟へ」
「……どういうことだ? 同じ場所を調査して何になる?」
「他に不穏な場所がないか確認をすることが目的と言われている。その間にクレロが手がかりを見つける算段だ」
「やれやれ。夜通し村にいて、異変はなかったというのに……」
「ただ、あの洞窟には正直得体が知れないモノがいる。何度戦ったところでこちらが不利な事に変わりはない」
「ならば、オレとアサギが出向くべきでは?」
トビィの視線を受け、アサギは神妙に頷いた。
「村の調査が終了次第、洞窟へ来てもらうことになっている。最終的には合流だ」
ライアンは考えあぐねるように、顔を曇らせた。