今廻り逢うは、魔王と勇者

文字数 8,845文字

 一行がジェノヴァを発ったその一日後、ハイが乗船している魔族の船は近辺の海岸付近へ到着していた。魔族らは疲労困憊であり、予定より早過ぎる到着に喜びを憶えて良いのか葛藤している。そこで降りたい魔族のみが、小型の竜で岸へと運ばれる。
 無論、飛行能力を所持している魔族は自身で降りていくのだが、当然魔王ハイは飛ぶことができない為、竜で陸地へと運ばれた。親しくなった魔族達に笑顔で、もしくは別れを惜しむ涙で見送られ、照れくさそうに手を振る。
 鞠の少年は泣き喚き大変だった、ハイとて胸が熱くなる別れで感極まり涙を零しそうだった。「魔界イヴァンに戻った時は、城に訪ねてくるがよい」とハイが必死に説得し、どうにか泣き止ませた。胸がほっこりとした。こんな気分になるのは、何十年ぶりだったろうか。思い出せない。
 ハイは人間なので特に変装をしていないが、魔族らはフードを深く被り、魔族だと悟られないように各々目的を果たす為歩き出す。ふと、ハイは気になったので同行している魔族達に訊いてみた。

「人間の街に何か用が?」

 とても、襲いに行く雰囲気ではない。それ以外に用があるのならば、一体何なのか。

「人間とは実に面白く、特にあの街には興味深い物が多々あるのですよ」
「ほぅ? 例えば」
「私は食べ歩きが大好きなので、滞在中は全ての新商品を平らげるつもりです」
「わたしは新しく出来た“女中喫茶”なるものに興味がありまして。可愛らしい女の子達が可愛らしい服に身を包んで、世話を焼いてくれるのだそうです。うへへ」
「……そ、そうか、よかったな」

 やはり人間虐殺でも、偵察でもなく、娯楽の為に訪れているようだ。魔族にはない変わった文化が人間界にはあり、純粋に興味があるのだろう。皆が心を躍らせているのが、ハイにも解った。
 都市までの道程は意外に遠く、ハイ一人であったならば迷子になっていただろう。
 ようやく到着した時は、足腰に疲労を感じていた。やはり、甲板を歩き廻るのと、地に足をつけて森を歩き廻るのとでは感覚が違う。数人の魔族と共に、堂々と門から入った。
 手続きはあるものの、不審な素振りや荷物さえ持っていなければ客は大歓迎のようだ。直様散らばって行ったので、ハイは軽く手を振ると一人で歩き出す。惑星クレオにある人間の街へ来たのは当然初めてだ、賑やかで煌びやかな街の雰囲気に酔いつつ、物珍しくて歩き回る。疲労も吹き飛んだ。
 だが歩き回るだけで探し出せるわけもなく『黒髪で小さな背丈の、一目見たら忘れられないほどに可愛らしい少女を知らないか』と聞き込みを開始した。ただ、それだけで分かるわけがない。
 うなだれながらも腹が減り、気温も高いので気になった露店で冷やしパインを購入したハイは、運が良かった。偶然にも、そこの店主がアサギを覚えていた。

「あー、あの子かな? とびきりの美少女だろ? その子なら昨日ジョアンへ向けて旅立ってる筈だよ。あんたと同じパインを買ってくれて、美味しそうに食べてたんだ。出発前に見かけたから、声をかけたらそう言ってた。多分間違いない」

 容姿をもう少々詳しく聞いたが、髪型もアサギで間違いなかった。
 ハイは、危うく遠き昔に忘れていた精霊神エアリーに感謝しそうになるほど、歓喜した。
 ハイは、人間不信に陥り、汚く醜いものだと嫌悪して来た。赤子は純粋で潔白であれども、成長するにつれ罪を抱えこみ、歪んだ心持てない、生きていくに値しない種族だと思っていた。無論自分とて人間だ、全ての人間を抹消したら自身も死ぬつもりだった。穢れた子、偽りの聖職、堕落と怠惰のその中で生きてきた。
 けれどもこの街で人間に話しかけると、皆笑顔で快く親身になって答えてくれた。わからないにしても「探し出せるといいな」など、励ましの言葉をくれる。その言葉が、何よりハイの心に温かさを届けた。忘れかけていた“人の温もり”が心に揺さ振りをかける。じんわりと胸の奥が暖かくなって、思わず笑みが零れてしまう。嬉しい、と思った。見知らぬ自分にも丁寧に返事をくれて、笑顔で手を振って別れてくれる人間に「よかった」と思った。
 船に居た魔族達となんら変わらない、人間も魔族も関係ない。初めて、種族という隔たりなど無意味だと気付いた。
 人から教えて貰う度、感謝の意を込め、ミラボーから貰っていた宝石を渡した。宝石の価値がどれほどまでなのか、ハイには解らなかったのだが、手持ちがそれしかなかった為、贈った。
 丁寧に地図でジョアンの位置を教えてもらい、大体把握出来ると馬で追いかけたほうが速いと言われ、馬を購入する。乗馬は初めてだ、けれども動物好きのハイの心を汲み取ったのか、馬は自ら走り出す。

「もうすぐ、もうすぐあの子に会えるのだな」

 幸せそうに、軽く頬を染めて呟く。応えるように馬がヒヒーン! と高らかに嘶く。軽快に道を走る馬の背を撫でながら、打ち震える思いを抱き瞳を閉じる。
 ところで後日、ハイから宝石を受け取った人間の一人が、冗談で宝石屋にそれを持っていった。
 誰も本物だとは認識していなかった、尋ねられたから返答したまでのこと、まさか宝石が貰えるなんて思わないだろう。けれども当然それは本物である、呆然と男は大金を受け取って店を後にした。
 貧困に喘いでいた人間は宝石を売りに出したが、多くの人々は余程の事がない限り家宝として扱おうと丁重に仕舞った。その宝石は代々受け継がれていくのだが、それはまた別の話だ。

 その頃一行は、順調に旅を続けていた。
 誰も魔王が追ってきているとは予測出来ない、出来るわけがない。
 休憩中に剣の腕を磨き、移動中は魔導書を読み続け、魔物と一度遭遇したがようやく勇者全員が戦闘に参加した。回数をこなせばそれだけ様にもなってくるもので、アサギはもとより、トモハルの成長が目まぐるしい。やはりそれは伝説の剣のお陰であると思われるが、本人が気分上々なのであえて口に出さず。
 その日、昼食の為場所を降りて休憩中であった一行。
 不意にアリナがジェノヴァの方角に身体を向けて怪訝に眉を顰めると、近くにいたクラフトを手招きして呼びつける。

「なんかさ、馬の音聞こえない?」
「あー……あ。聞こえますね~」

 耳を澄ませ、瞳を閉じると確かに馬が駆けている音が近づいてきている。ようやく姿が小さく見え始め、瞳を細めて黙視すれば乗っているのは長髪の男だ。

「なんか暑そうな服装の男だなぁ。旅の人かな」
「にしては、旅の準備がなされてないようですが」

 踝まであると思われる、長い異国の服に身を包み、顔色悪くそれでも馬にしがみ付いている男。
 アリナは大きく手を振って「おーい!」と叫んでみた。意識を失っているかと思われたが、男はよろめきながら起き上がると弱弱しく手を上げる。アリナの目の前で馬が停止し、隣のクラフトが叫び声を上げるのだが、乗っていた男はそれどころではない。

「ちょっと、アナタ! 危ないじゃないですか、うちのお嬢に怪我でもさせたらどう落とし前をつけてくれるんですっ」

 微動だしなかったアリナには拍手ものだが、クラフトが凄い剣幕で怒鳴り始める。睨みつけるが、顔を上げた男は柔らかな瞳に、丁寧そうな物腰、悪気はなかったように思えてきて慌てて口を噤んだ。

「すまなか、った。人を、探して……その、飲まず食わずの不眠続きで……。申し訳ない」

 それで顔色が悪いのか、とアリナとクラフトは慌てて馬から男を引きずり下ろす。クラフトが馬車から水と干し肉にビスケットを持ってきて、差し出した。
 小さく礼を言い、震える手で受け取ると男は一気に口に運び続ける。

「そんなに慌てずとも、食料は消えませんよ。今、昼食の準備をしていますから、ご一緒にどうぞ」

 クラフトが、咽た男の背を撫でながらそう優しく告げた。体調不良の人間には、過剰に優しく接してしまう。
 アリナは呆れ返って溜息を吐くと、地面に座り込んだ男の正面に胡坐をかいて座り込む。正直、心配で放っておけない人種だった。迷子の犬のように見えてしまったのだ。

「で、何? 人を探してそんな装備で馬に乗って駆けて来た訳? どんだけ無謀なのさ、あんた。とりあえず、会ったのも何かの縁だし。話してみてよ、聴く事くらいなら出来るからさ」

 クラフトも隣にしゃがみ込んで、同意する。

「その人の名前は?」

 口を必死に動かし、食事をする男の全身を見つめながら、アリナはそう問う。汚れてはいるものの、衣服は高級品だろう。どこぞの貴族だろうか、世間知らずにも程があると思った。

「名前が分かれば苦労しない……。肩位の黒い髪で、こう……くるりん、と毛先が巻いてあるような。大きい瞳も真っ黒で、小柄。とても可愛らしい容姿の女の子だ。もう、それはそれは天使と見まごうばかりの」

 名前を知らないって、一体どういう理由で探しているのだこの男っ、と思い軽く項垂れたアリナ、だが。聞く度に鮮明に一人の人物が思い当たり、クラフトを顔を見合わせる。

「もしかして、それ。アサギのこと?」

 アサギがぴたり、と当てはまった。いや、他にも居るだろうがアリナの知る限りはアサギだ。
 疑惑の瞳でクラフトを見やるアリナの正面で、男は急に頬を赤らめると興奮気味に叫ぶ。持っていた干し肉を放り出し、嬉しそうに身を乗り出してきたので、二人は顔を強張らせて仰け反った。

「アサギ!? アサギというのか!? そなたらは彼女を知っているのか!? 今どこにいるんだ、もしかして、共にいるのか!? 会わせてくれ、是非会わせてくれ! あぁ、ようやくっ」

 馬に乗ってやって来た男とは、もちろん魔王ハイである。“惑星ハンニバルの魔王ハイ・ラゥ・シュリップ”だと知っていれば、アリナもクラフトもアサギを引き合わせたりしなかった。
 だが、まさか魔王が単独で馬にまたがり、しかも瀕死の状態でやってくるとは思うまい。何より顔を知らない、そして邪悪な気配を微塵も感じさせない男を、どう魔王を結びつけよう。

「違うかもしれないけど。アサギー!」

 気迫負けしてアリナがアサギを呼んだ。

「はーいっ」

 愛嬌がよく、元気な声がハイの耳に届く。想像以上に愛らしい声だった、音が外に聞こえるほどに力強く固唾を飲み込む。こちらへ走ってくる足音で、完全に脳内は破裂した。極度の緊張と興奮で、見事なまでに彫像のごとく硬直する。ただ、瞳と耳だけは正常であり、感覚を研ぎ澄ます。
 馬車の向こう側から、あの優しい瞳の温かな空気で包み込まれた少女が……姿を現すだろう。
 どうしようもなく高まる胸を押さえる事が出来ずに、ハイは手短にあったものを力強く握り締めると豪快に振り回した。それは、クラフトの腕だ。
 徐々に激しくなるその行為に、クラフトはガクガクと身体を揺らす。我慢して耐えていたのだが、これはあまりに酷すぎた。

「な、なんなんですか、あなたはっ」

 腕を振り払い、クラフトは軽く睨みつける。
 面目なさそうに頭をかきながら拗ねた子供のように俯くハイは、我に返って素直に謝罪する。

「すまない、いや、興奮してしまって。ようやく逢えると思うと感極まってだな」

 溜息一つ、クラフトは苦笑いでハイに向き直った。自分より年上の男だろうが、妙に行動が幼い。見た目とは裏腹に、まだ精神が成熟していないような、そんな気がした。

「ひょっとして、何処かでアサギちゃんを見かけて一目惚れした、とかでしょうか。あの子人目を引きますし可愛いですから。気持ちは解らないでもないですが、無謀ですよ。危害は加えないでくださいね?」
「危害など、とんでもない! ただ、私の存在を知ってもらって、会話をしたい」

 それだけでもかなり不審ではあるが。
 あながち間違ってはいないクラフトの言葉に、ハイは軽く瞳を開くとまじまじと見返した。そうして、穏やかな木漏れ日に似た柔らかな眼差しで微笑む。

 ……昨日から、人間と会話してばかりだ。

 と、我に返るハイ。小さな動物の命を踏みにじり、殺して笑っていた残酷で無慈悲な人間達。その愚劣な様に身体は嫌悪感に打ち震え、自分が人間である事に吐き気を覚え。
 あの日。冷たくなった小鳥の亡骸を埋葬した時の悔しさ、その時流した涙を忘れる事はなく。以来、見下した態度で人間と接してきたハイは、自分の存在意義とは人間を滅ぼす為であると思い込んだ。高等な神官の家に産まれた、強大な魔力を秘めた子は自分の使命をそう悟った。
 それこそが、世の助け。恵まれた力は人間を護る為でなく、滅ぼす為に。
 ハイは、クラフトに控え目に微笑みかけると、不思議そうに自分を見た視線に口を開く。

「お前、いい奴そうだな」
「いい奴ですか? んー、どうでしょうね。ただ、私は共に歩んでいる仲間達は好きですし、良い方々だと思っています。出会って日も浅いですが、皆個性的で。やはり人間出逢いが大切です、日々勉強させていただいてますよ。切磋琢磨、これ大事」

 暫しの沈黙の後、ハイは寂しそうにぼそり、と呟いた。

「仲間か。お前が羨ましいよ」
「はぁ」

 風がハイの黒髪を舞い上がらせる、憂いを含んだ表情が露になった。

 ……この人は一体何者だろうか? 雰囲気だけならば権威的な人物に見えなくもないが。

 クラフトは、横顔を見つつ首を傾げた。話せば話す程、正体が分からない。

「アリナ、どうかした?」

 心地良い風にあたりながらハイは考え事をしていたが、その声と共に目の玉が零れ落ちるほどに瞳が大きく開かれる。馬車の陰から姿を現したアサギに、視線が釘付けになる。顎に添えられていた手が動くことなく、瞳は瞬きを忘れ、下手したら呼吸も忘れて。
 再び硬直、いや、石化した。

「あぁ、アサギちゃん。この人が捜していたようで。おそらく、熱狂的な支持者です」

 クラフトは、そんなハイの様子に気づくことなく左肩を叩いて顔を覗き込んだ。
 アサギは不思議そうに、確かに自分を見つめていると思われる目の前の男に近寄った。見上げて首を傾げる。全く動かない男だ、それは精巧な蝋人形のようだ。
 アリナもクラフトも、異変を感じハイを見た。が、微動だしない。気が触れる程に感動したのだろうかと、苦笑する。
 アサギの後方からはトビィが保護者のごとくついて来ているのだが、足を止め怪訝に睨みつける。俯いていた為、男の表情は明確に見えない。しかし、その身に纏っている非常に特長ある衣服には見覚えがあった。暑いのに、光沢のある異国の長袖長丈のワンピースに身を包んでいる。精密で煌びやかな刺繍は、間違えようもない。

「まさか」

 トビィは唖然と言葉を漏らした、再度目の前の男と記憶の男を比較する。右目が漆黒の前髪で隠れている独特の髪型、その装束、背格好……それだけで十分だった。些か雰囲気が知人と合わないが、剣の柄に手をかけつつ、用心深く男へと近づいていく。冷や汗が頬を伝う、もし、トビィの知り得る男と一致してしまうならば。

 ……最悪だ。

 唇を噛み締める、手に汗が滲む。らしくないとは思うが、相手は。トビィは、苦虫を潰した様な顔で舌打ちをした。

「あの、どちらさまですか?」

 若干たどたどしくハイに語りかけてみるアサギは、見つめ続けても何も言わないのだから正直どうしてよいやら分からず困惑している。

「へ。あ、あああ。わた、たしかーぁ」

 奇妙な裏返った声を出す目の前の男に、反射的にアサギは身体を強張らせて後退りする。
 そんな様子が眼に入ったのかいないのか、お構いなしに錆付いていたロボットのごとく、ギギギギ……と軋みながら両手を動かしたハイは。

「あ、逢いたかったぞーっ! 愛しの娘、まさに現世の宝! なんということだ、目が潰れてしまう程に神々しい! しかし、本望! 芳しい香りまでするー! ハァハァ……」

 いきなりそのまま、ガバァ、と両腕でアサギを抱き締めた。
 アサギの悲鳴が瞬時に口から漏れる、当然だ。
 その行動に驚愕したクラフトと、逆上するトビィ。
 アサギは驚いて逃げようとしたが、細腕ながらも意外に男の力は強く無理だった。怖くて苦しくて、懸命に腕の中でもがき続ける。見知らぬ年配の男に突然強い抱きつかれたら、恐怖でしかない。おまけに、匂いを嗅がれている。アサギは、即座に蒼褪めた。

「わわわわわ。わたしはっ~わたしはーわ・た・し・はっ」

 ハイは、妙なメロディーで自己紹介を始めるように歌い出した。奇妙な言葉を連呼し、血走った瞳で微かに涙を滲ませ、アサギが潰れてしまうほど渾身の力で抱き締めている。
 これ以上力を入れられたら、アサギは確実に窒息死していた。が、寸でのところでトビィが剣を引き抜くと躊躇せずに勢いよく斬りかかる。
 トビィは知っている、“魔王ハイ”の姿を。
 魔王が現れたから斬りかかった、とみせかけて大半は「オレの許可なしで何アサギに抱きついてんだ、ゴラァ」な感情の問題なのだが、それは気にしてはいけない。
 歓喜に打ち震え意識が飛んでいた奇怪な魔王、それでも、一応は魔王である。
 トビィが放つ全力の一撃をするり、と難なく紙一重で交わす、アサギを片手に抱いたまま後方へと下がった。

「何やってるんですか、トビィさん。駄目ですよ、私情で斬りかかっては! 確かにこの方、少々気が触れ……げふげふん、あ、いえ、変わった人ですけども」

 クラフトには、トビィが嫉妬で斬りかかったと見えた。
 何も間違ってはいないが、大義名分は別にもある。唾を吐き捨てたトビィは、嫉妬、という単語に些か苛立ちを覚えたが、今はそれどころではない。
 クラフトを無視し、ハイへ怒鳴る

「貴様っ、何故アサギの前に現れたっ! ハイ・ラゥ・シュリップ!」

 ハイ・ラゥ・シュリップ。
 クラフトがトビィの放った名前を再度繰り返し、打ちのめされてハイを見やる。泳ぐ瞳、愕然としたまま立ち尽くし、それでも頭の何処かで否定の声が聞こえる。数分前の出会い、僅かな接触、それでも。
 朗らかだが哀愁漂う、何処か高貴な雰囲気の男が……魔王とは。
 絶句したクラフトは立ち尽くしていた、混乱し整理が出来ず動けない。魔王のはずがない、と言い切る自分がいる。この男を魔王だと認めたくないのか、それとも自身が判断出来なかった愚かさを否定したいのか。

「ハイ!? この男がハイ!?」

 トビィの大声に、当然一行が続々と集まってくる。
 激昂しているムーンとサマルトの両名は、すでに武器を構え憎悪の瞳を向けていた。仲間を、両親を、家臣を、民を殺されている。ムーンは、半分泣きながら発狂したように絶叫し、杖を振りかざしている。普段の冷静な様子は微塵もない、怒涛の勢いで喚き散らしながら詠唱を開始している。
 ムーンもサマルトも、ハイの顔など知らない。知っているのは、名前のみ。惑星ハンニバルを絶望に陥れた張本人である魔王ハイと対峙し、二人は怒りで度を失った。
 魔王であると暴露され、四面楚歌。舌打ちしたハイはようやく自身を取り戻した、遅かったが間に合った。この状態で話し合いの場に持ち込めるだろうかと問われれば、否。説得など不可能である、よもや、自分が魔王だと知り得る人物がいるとは思わなかった。

 ……何者だ、あの若造。

 忌々しそうにハイはトビィを睨みつける、が、負けじと憤慨しているトビィもこちらを見据えている。二人の間に、火花が散る。
 ハイの瞳から、温和な光が消えた。長い黒髪が風になびき、その瞳は冷淡な光を灯し、かつての“魔王ハイ”が甦る。右腕にはもがくアサギを抱え、どう見ても姫を掻っ攫う悪者だ。


「アサギを離してもらおう」

 そのハイの威圧感を気迫で押し返し、内臓が焼け焦げる程の怒りに打ち震えてトビィが咆哮する。

「……アサギは。私が、貰い受ける」

 空気が凍りつくような低くとも獰猛なハイの声に、一部の者は怯んだ。無機質な瞳は、何処を見つめているのか。
 弾かれたトビィが斬りかかる、追ってムーンとサマルトが同時に魔法を発動する。跳躍して勢いに任せて剣を振り下ろすが、ハイの防御壁の前に弾かれ空中で回転しながらトビィは地面に舞い戻った。額に汗が浮かぶ、今の一瞬で想像以上に強いと判断出来てしまい、思わず右手が引き攣った。歯軋りする。
 トビィの頭上を二人の魔法が通り過ぎた、火炎と風の魔法は共鳴し合って熱風となった。しかし、ハイの左腕が振り下ろされると難なく魔法は掻き消される。
 その隙を狙ってトビィが再度斬りかかるも、強固な防御壁が難なく攻撃を防いでしまう。
 間合いを取って一呼吸し、懲りずに再度突進してくるトビィへと左手を突き出したハイは、ついにその力を一向に見せつけた。

「廻る宵闇、覆い隠すは冷たき霧。視界は永久に消え行く定め、光の入る隙もなく」

 無造作に繰り出した魔法により、辺りに霧が立ち込め、視界が遮られる。

「しまっ!」

 トビィの声も虚しく、迂闊に切りかかる事が出来ない状態に焦った。逸る気持ちが、精神集中の邪魔をする。

「アサギ、何処だ、アサギっ」

 アサギの声が、聞こえない。濃い霧は、自身の位置すら把握できず。

「アサギ、アサギ!」

 トビィの悲痛な声だけが、虚しく霧の中で響き渡る。

※挿絵は数年前に同人誌用の原稿として頂いたものです(*´▽`*)
トビィとハイとアサギ。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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