六人揃いし勇者の意味を、今は未だ誰も知らず

文字数 2,670文字

 外から差し込む太陽の光には、初夏の匂いがした。
 低く溜息を吐き、老神官は困惑し、皺まみれの顔をさらに寄せる。

「はっきりと『魔王を殺せ』と言ったほうがよかったか。しかし、解決策はそれだけではないのも確かじゃろう? 方法は一つではない、しかし、それは異界からやって来たあの小さな勇者らが決めること。自らの意思で選択し、出した答えに向かうか向かわないかは、彼ら次第」
「お言葉ですが、私にはあの子供らが勇者には思えませんでした。石を所持していたからこそ、そう思うより他なかっただけのこと。全く、力の欠片すら見えませんでした。……一人を除いて」

 “一人”、その単語に、周囲は葦の葉の様にざわめいた。巫女に鋭い視線を投げかけた老神官だが、何も口にはしない。 
 止める者がいなかったので、巫女は淡々と表情を口調を変えることなく言葉を紡いだ。

「ですが、私にはその子の“力の欠片”が勇者のものであるのかどうか、判別が出来ませんでした」

 騒然となった。眉を顰め、その巫女を皆が指差した。老神官が片手を掲げ、その場の騒音を鎮める。徐々に皆、その手を見て口を噤んだが、咳き込みながら老神官は当惑しつつ口を開く。

「あの石は、クレロ神とエアリー神の意思。我ら人間には到底解り得ぬことじゃろうよ。あの子供達が内に秘めた想いをどう表していくかが楽しみじゃ。予言書通り、勇者は六人であったしのぉ。“四つ”の星を合わせての勇者が……“六人”」

 最後だけ声を微かに、そのまま小さく自嘲気味ともとれるような微妙な笑いを残して去っていく。
 再び広がる波紋の輪。止めるものなど誰もいなかった、今の言葉はあまりにもその場に居た者たちにとって衝撃的であった。
 そう、勇者は六人現われたのだ。ネロから二人、ハンニバルから一人、チュザーレから一人、そしてクレオから二人。

「そういえば……何故六人なの?」

 一人の巫女が全員の疑問を口にし、音として空気へと伝える。四人でも、八人でもなく、何故か六人。石が六個あるから、と言われればそうなのだが腑に落ちない。
 互いに顔を見合わせながら、不安げに小声で会話をする。
 勇者が現われたというのに、未来は明るいはずなのに。何故かしら…、突如空に浮かんだ不幸の星に照らされたように、ゆっくりじんわりと、心に暗雲が立ち込めていく。
 惑星クレオには、二つの勇者の神器が存在する事など皆は百も承知だ。ネロについて詳細は知らないが、ならば何故他の惑星は一人なのか。

「まさか、二人が死……」

 言いかけた一人の巫女が慌てて自身の口を塞ぎ、肩を竦めた。
 しかし、続けて縁起でもないことを別の巫女がきつめの口調で吐き捨てる様に言った。

「二人が寝返る可能性もあるわよね」

 先程老神官と臆することなく会話をしていた巫女である。
 他の巫女達は身体を振るわせて寄り添い、淡々と恐ろしいことを口にした二人の巫女を畏怖の念を込めて見つめる。
 しかしそれらを一瞥すると、興味なさそうにその異端の巫女は部屋から出て行った。何故皆がそんな視線を送ったのか、意味が解らないとでもいうように。
 勇者は、“六人”。各惑星から一人ずつ選定されるのではなく、何故か六人。
 巫女達は顔を見合わせたまま、思いを言葉に出来ず、水を打ったように静まり返ると、沈黙を守り続ける。勇者が来たというのに、この雰囲気は思わしくない。
 異界から運ばれてきたものは、未来への希望ではなかったのだろうか。何故、こうも心が揺さぶられるのか。

 一人歩き続ける異端の巫女は、壁に描かれていた勇者の絵画を見つめて、僅かに口元を吊り上げた。
 部屋に戻った老神官は、深い溜息を吐きながらベッドに腰掛けると胸の前で手を組み瞳を閉じて祈った。

 そんな神聖城クリストヴァルの様子など露知らず、勇者達一行は馬車を走らせている。変わり行く景色、大自然の色彩を堪能しつつ、アサギと友紀はうっとりとその光景に酔いしれていた。

「何か珍しいものでも?」

 不思議そうに声をかけてきたアーサーに、アサギはあどけない笑みをこぼした。

「私達の世界は、こういう場所が年々減ってきているんです。えーっと。自然がなくなってきていて……それは人間達が住みやすいように土地を開発しているからなのですが」

 この世界には電気が、ない。空気を汚す存在が、ない。
 街を建設する際には自然を壊すだろうが、なえるべくそのままの状態で住めるように検討するだろう。
 地球にとて未知の地域はあるが、間近にはない。勇者達が暮らしている地区は、そこまで都会ではないので足を伸ばせば直ぐそこに田舎の風景は広がっている。しかし、山にしろ川にしろ、歩道があったり鉄筋の橋があったり設備されているものだ。川底もコンクリートで埋められている場合もある、そもそも自然そのままの河の形ですら、ない。
 はしゃいでいる少女二人を眺めつつ、不意にアーサーは低く唸って腕を組んだ。

 ……そういえば、先程アサギ達がいた世界は、空気が異様に汚れていた。それこそ毒の臭気に囲まれているような。不思議な素材で出来た建物が聳え立ち、鉄格子のような網が張り巡らせていた場所だった。

 アサギ達の小学校は決して新しいとは言えない校舎だ、この地区では古い部類に入る。敷地内は金網で包囲されており、確かにアーサーから見れば不可解で、囚人を入れておくための牢獄のようだった。それが当たり前の世界にいるアサギ達には、連想しがたいイメージだったが。
 ふと、アーサーは勇者達の生い立ちが気になり始めた。互いの自己紹介は必要だろう、素性を知らない相手を信頼し、共に戦闘に挑む事は困難だと判断した。
 途中適当に食事を取り、馬を休ませるために小川を探し、束の間の休息を取りつつ一行はようやく自己紹介を始めることにした。
 アサギと友紀のはしゃぎ振りを見て気が引けていたらしく、こうして自己紹介を伸ばしていたのだった。

「そろそろ、お互いの事を話しましょうか? まずは、勇者ちゃん達よろしく」

 マダーニが拍手しながら勇者達を見つめる。他の者達も興味深々で、顔を赤らめて縮こまる勇者達を皆で一斉に見つめた。
 それでも一人、意を決し息を大きく吸い込んで、アサギは軽くお辞儀をする。どうやらアサギが最初に自己紹介を始めるようだ。

「えっと、アサギといいます。石の色が翠なので、惑星クレオの勇者みたいです。宜しくお願いします」
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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