外伝4『月影の晩に』18:定まらぬ心

文字数 8,330文字

 眉を痛々しく顰めたアイラは、カーテンを少しずらし外を見ていた。どうにも眠りに入ることが出来なくて、寝息を立てているマローと夜空を交互に見つつ溜息を吐く。火照っていた頬に手の平を当て、見えない月を探す。雲に隠れて顔を出さない月に、どうにも不安になる。
 先程トレベレスに触れられてから、身体の調子がおかしい。触れられた箇所が、どうしようもなく熱い。トライやミノリとは違う感覚だ、彼にしか反応しなかった。火照る身体とともに、昂ぶる感情が湧き上がってしまう。強引な眼差しと態度、そして力強い腕は、二人にはなかったものだ。
 彼からは、独特な香りがした。それは、他国の王族が嗜む香水だったのかもしれないが、それに加えてトレベレスの雄の匂いが、アイラを刺激した。思い出すだけで眩暈がして、恍惚の溜息が零れる。
 マローがトレベレスの事を気に入っていたので、遠巻きに見ていた。しかし、四人の王子らと初めて対面した時に気になったのは、アイラもトレベレスだった。太陽のように光り輝く、強烈な印象を放っていた。何故か瞳を逸らせず、息が止まりそうになったことを憶えている。

「でも、トレベレス様もマローも、互いに仲良しだし。特にこれと言って、私は」

 キュ、っと唇を結んだアイラは首を横に振り、ベッドの中へと潜り込んだ。マローの手を握り、髪を撫でてから瞳を閉じる。眠れないとは解っていたが、寝なければ休息が出来ない。
 “魔力”を所持するこの双子の姉妹は、本来ならば城内の異変に気付けただろう。
 しかし、人は些細なきっかけで冷静さを失う。多感期である二人の姫君を惑わしたものは、恋。恋は、年齢に関わらず人の心を軽くも重くもしてしまう。ベルガーの、そしてトレベレスの周到な作戦は、思いもよらぬ形で成功した。最も冷静かつ現状を見極める事が出来たであろう姉アイラの心を、上手い具合に乱してしまった。
 月の見えぬ晩、最大の護衛と言っても過言ではないトライ王子は、不在。
 暗闇が辺りを覆い尽くす。風が止み、不気味なほど静かな夜がやってくる。

「アイラ様は風の国へ嫁がれるのだろうか」

 部屋の外で、アイラつきの騎士が小声で漏らした。誰かに問いたくとも問えなかった疑問を、夜更けの疲れで口走ってしまった。咳払いがあちらこちらで聴こえる中、隣同士で立っていたミノリとトモハラは軽く目配せをする。

「ミノリも気になるだろう?」
「トモハラだって、どーすんだよ。マロー様もそのうち」

 互いに口を噤むと、床に瞳を落として唇を噛締める。

「王子だったら、よかったのに」

 ぼそり、とトモハルが口走る。頷きはしなかったが、ミノリも同意だ。しかし、平民が国王にのし上がる事など、砂漠に落ちた一粒の真珠を探すよりも難しい。

「トモハラは、考えた事ないか?」
「何が」
「姫様を連れて逃亡したい、とか」

 軽く頬を染めてしどろもどろ呟いたミノリに、トモハラは溜息を吐く。

「俺の場合、その」

 非常に言い難そうに顔を歪めて肩をがっくりと落とし、頭を掻きながらトモハラは小さく呟いた。

「とても、好きだよ。でも、相手にされてないからさ。ミノリはアイラ様と親しいだろうけど俺の場合は違うんだ。万が一、好きだと告げて、く、口付けでもしてみようものなら」

 口付け。
 その単語に赤面したミノリを気にせず、言葉を濁しながらトモハラは続ける。続けるというよりも、決壊したダムから溢れ出る水の如く勢いに任せて言葉を吐き捨てる。

「好きで好きで堪らなく好きで、ワインに酔った勢いでどうにかこうにか好きだと告げて。都合良くベッドに腰掛けていたものだから、そのまま勢いで可愛すぎるあの子を押し倒して無理やり唇を奪ったのはいいんだけれど。口付けが下手だと罵倒され、外見が好みじゃないと嘲笑われて、気持ちが悪いと真正面から言われ……そうで怖い」
「や、やけに現実味があるな」
「だろ、俺の妄想怖い」

 トモハラは心痛な面持ちで、額に浮いた汗を拭いつつ続ける。

「これだけは間違えないようにしないと。絶対にやっては駄目だ」
「大丈夫だろ、俺達は余程の事がない限り姫様達の部屋に入る事などないし……」

 言ってから、ミノリは否定した。先日、姫に呼ばれて入室していた。案外、マローに呼ばれたトモハラも入室する可能性があるかも、と我に返る。

「まぁでも、俺達のアイラ様と違って我儘だからなぁ」
「違うよ。我儘なわけじゃないんだ、単に酷く寂しがり屋なんだよ」

 改まった声でそう告げたトモハラを、ミノリは不思議そうに眺めた。彼女の事を全て解っているような口ぶりに感心して、何処となく嬉しくなったが、近づく足音に一気に背筋が凍る。
 殺気だった騎士達がそちらを見れば、先程の女官達だった。阿吽の呼吸で、皆は部屋の前に立ち塞がる。

「お退きなさい、アイラ姫を呼びに参りました」
「ま、まだ諦めてなかったのか!」

 アイラつきの騎士達が身構えるのだが、物怖じせずに女官はドアへと手をかけた。手を出せないことは、知っている。剣を向けられようとも怖くはない。

「いい加減になさい、騎士達。国を想うならば、愚かさを早く認めるべきですよ」
「噂は知っているでしょう? アイラ姫は危険なのです。手始めに、こうして手近な男達を虜にしましたね。そうして子種を貰い、その者と周囲を巻き込み破滅させるべく虎視眈々と狙っているのです。貴方方の盲信振りが良い例ではありませんか、何故気付けないのです」
「男だからですよ、ウェルダン。女を護らねばという感情を、履き違えているのです」
「成程、つまり誑かされている事に気付く事などない、ということねエレナ。己で決め付け、それが正義であると思い込んでいるから」
「えぇ、そういう楽観的な生物なのです、男というものは。基本的に欲望に忠実ですもの」

 淡々と語るウェルダンとエレナと名乗った女官は、騎士らに侮蔑の視線を投げかけた。
 屈辱的な会話に、騎士らは悔しさで身体を震わせる。しかし。他人に指摘され、思い起こせば。確かに、アイラ姫の行動が罠のようにも思えてきた。華奢な娘では何も出来ぬ、虐げられ守ってやらねばと動いているが、実際はどうなのか。女官達が言う通り甘い蜜で誘惑し、男達を捕らえて離さず、地に引きずり込む悪魔の様な娘なのか。
 一瞬、騎士達に揺らぎが見えた。

「女の嫉妬とは、とても醜悪ですね。実に参考になります。俺には、アイラ姫がそんな算段をしているように見えません。貴女方の陰湿な嫌がらせに毅然と対応している素晴らしい方です、尊敬しています」

 不穏な空気を一刀両断したのは、他でもないトモハラだった。真っ向から、正直に物怖じせず告げる。啖呵を切るように告げる。アイラ付きの騎士達は、弱気になっていた自分達を恥じた。

 ベルガーは選りすぐりの家臣を数名連れて、ラスカサスの使者が滞在している部屋へと出向いていた。

「気の毒だが、消えてもらわねばな。実に間が悪い事で」

 この場所には、ベルガー及び、トレベレスの国の者達も数名滞在している。合流し、一気に城へと攻め込む為に準備を密かに整えていた。無論、ラファ―ガ国の警備兵が至る所に配置されているが、人数と場所さえ把握してしまえば問題はない。迎賓館の警備兵らは、すでに事切れている。

「ラスカサス国への返答は?」
「はっ。明朝、書簡が渡される予定です」
「ならば良い、時間稼ぎにもなる。何人たりとも逃すな、全員殺せ」
「はっ!」

 ベルガーの一声で、一斉にラスカサス国の者へと刃が向けられた。深夜、皆が寝静まる頃の出来事で起きていたものは数名だった。長旅での疲れから振る舞われた酒に、すぐに酔いがまわってしまった。赤子の手を捻るように、彼らは無残にも惨殺されていく。
 まだ息がある者もいようと、入念に迎賓館に火を放ったベルガーはついに城へと向かった。半数はすでに街へと出向かせており、四方に火を放つ為待機中である。

「呆気ないものだな」
「正直なところ、こうも簡単ですと、些か不気味です」

 拍子抜けして肩を竦めたベルガーに、側近が心情を包み隠さず伝える。

「本番はこれからだ。無傷でなくとも構わん、妹姫を“子が産める状態”で捕らえろ」
「ですが、傷があると勃たないやもしれませんし、外見は重要かと思います」
「まぁ、そうだな。鞭痕ならば逆にそそられるが、火傷は頂けない」

 虚無的に歪んだ笑いを見せたベルガーは、以後口を噤んだ。
 トレベレスの部屋へ向かう途中、更に半数を姫の部屋へと向かわせた。

「逃げぬ様、見張っておけ」
「御意」

 ベルガーが部屋に到着すると、室内から不釣合いな女達の艶めいた声が聞こえてきた。怪訝な面持ちで足を踏み入れれば、剣を握り月も星もない夜空を見上げていたトレベレスが目に飛び込んで来る。周囲には、情婦達と酒池肉林を愉しむ男達が転がっている。大人数の男達に幾度も突かれたのだろう、女達の瞳は正気を失っている。

「醜いものを隠せ」

 まだ足りぬと女の口元にそそり立っていた男根を捻じ込んでいた男は、冷ややかに浴びせられた声に慌てふためく。蒼褪めて下半身を覆う男達の横をすり抜け、ベルガーはトレベレスに声をかけた。

「この惨状は一体?」
「女官が“御愉しみを”と、情婦を置いていった。そして、肝心のアイラ姫を呼びに行ったものの、戻ってこない」

 釈然としない顔つきで、トレベレスは告げる。ベルガーの訪問は想定外だった、アイラがいなくてよかったと正直安堵してもいた。この場に居合わせようものならば、この男に何をされていたか分からない。そこまで思案し、狼狽の色を瞳に浮かべる。アイラを気遣っている自分を、叱咤した。

「ほぅ? そのほうが好都合か。毒蜘蛛に殺されぬよう、十分に手を出されよ。しかし、すでに姫の寝所には半数を向かわせている。ラスカサスよりの使者は全滅、迎賓館はすでに炎に包まれた。街中も指示を出せば、予定通り火の海になるだろう」

 挙動不審にも思えたトレベレスだが、ベルガーは素知らぬフリをして続けた。

「城内はすでに死体の山、あとは姫君の生け捕りを残すのみ。騎士らの一部は、至る場所で死亡が確認されている。残るは騎士団長一人に、護衛長が1人ずつ。あとは配下の者達が数名、大したことはなかろう」

 状況が把握出来ない情婦達であったが、無慈悲にも背後から刺し殺された。物言いたげに口を半開きにし、ベルガーとトレベレスを見つめながら絶命する。
 情婦に興味を示さず、トレベレスを足から頭まで一瞥したベルガーは、愉快そうに笑った。

「混ざらなかったのか? そなたの為に呼ばれた情婦だろう?」
「気分が乗りませんでしたので」
「ほぅ? 妹姫がようやく手に入るのだから、その時までとっておくつもりで?」
「どうでしょうね」

 浮かない顔つきを隠すように、トレベレスはベルガーに背を向けた。
 マローが今宵、手に入る。互いの領土が隣接する土地には、マローを囲う屋敷、いや、幽閉の塔がすでに建設されている筈だ。ベルガーと協定を結んだ為、交互に平等に、性交を繰り返す。マローがどちらかの子を宿すまで、それは続けられる約束だ。産まれる子は、覇王。繁栄に導く、奇跡の子。

「子が産まれた後はマロー姫をどうする予定でしょう。先にベルガー殿の子が産まれたならば、次はオレの番ということで良いのでしょうか?」
「それで構わぬ、でなければ平等の意味がない。その後は自由にすれば良い、どのみち子さえ産まれれば私はあの妹姫に用はないのだから、トレベレス殿に任せよう」

 トレベレスは、その物言いが些か気になった。しかし、問い質そうとして開いた口を紡ぐ。平然としているベルガーを盗み見ると、真意が分からぬ顔つきをしている。

 ……先にオレの子を孕んだ場合、この男は本当に大人しくしているのだろうか。いや、それ以前に、オレは騙されているのではないか? 信用してよいものか。

 ここまで来て、トレベレスに迷いの色が見えた。それもこれも、アイラと接してからだ。どうしても、彼女が脳裏に浮かんでしまう。

「さぁ、仕上げにかかりましょう」

 杞憂に過ぎないと言い聞かせ、トレベレスは逸る胸を隠し意を決した。

「私の選んだ精鋭部隊だ、もう終わっているだろうよ」

 マントを翻し立ち去るベルガーに、堪え切れずトレベレスは声をかけた。その声は、情けなく震えている。

「姉姫は……アイラ姫は、今回どうなるので?」

 告げてから、激しい悔恨に苛まれた。当然、ベルガーは猜疑心を宿した瞳でトレベレスを睨み付ける。

「知らぬ。死のうが構わないだろう、生き永らえたところで、滅亡した国を再興出来る筈もない。どのみち死ぬが道理」
「し、しかし、姉姫を殺せば災いが降りかかると。今後の為に、生きてもらわねばなりません」

 何故こうも必死になっているのか、トレベレスですら疑問を感じていた。しかし、どうしてもアイラを死なせてはならないと、第六感が叫んでいる。
 肩を竦め、ベルガーは顎を擦った。

「面倒な双子だ。姉だけ生き残れば、民の憎悪の対象となり処刑されるだろう。さすれば、姉を手にかけたのは同国の者となり、滅亡が早まるだけ。それが一番手っ取り早いが、その前に火事で焼け死なれても確かに困るな。火災の原因を作ったのは我らだが、直接手にかけたわけでもないし……どうなるのだろう」
「万が一に、備えるべきです。姉姫も連れて城から出るのが、得策かと」

 引き下がらないトレベレスに呆れたベルガーは、愛想が尽きたかのように多少怒気を含んだ声を漏らした。

「やけに姉姫を救う事に必死ですな、トレベレス殿。ついに呪いの姫に翻弄されたか」

 胸の内を透かされ、トレベレスの身体が引き攣った。「御冗談を」と乾いた笑い声を出したが、ベルガーに不審さを与えただけだった。

「いいえ、そのようなことはありません」
「そなたが気に入ったのならば傍に置けば良いだろう、しかし、トライ殿を嘲笑っていたことをなさろうとしていることにお気づきか?」
「ですからっ」

 トレベレスは額の汗を拭うと、ベルガーの前に躍り出て姫の部屋へと向かった。アイラを気にしている暇はない、どうなっても関係ないと言い聞かせる。
 しかし。
 トレベレスは、頭を振った。壁に拳を叩きつけ、唇を噛締めた。どうしても、アイラが脳裏から離れない。彼女を悲しませたくない思いで、胸がいっぱいになる。
 そんな様子を、ベルガーは批判的な瞳で見つめていた。

「……抜け道は把握されましたか? 城内の隠し通路を遮断せねば、逃げられる可能性も出てくる」
「ベルガー殿から頂いた隠し通路の地図でしたらば、記憶しております」
「ならば良い」

 脇を通り越したベルガーの背中を睨みつけながら、トレベレスは駆け寄ってきた側近に布を貰うと噴き出す汗を拭く。手が震えた。恐怖ではない、高揚感でもない。
 ただ、それは。

「アイラ姫は」

 ぼそり、と口にする。マロー姫を捕らえて囲い、奴隷女の様に毎晩、いや、日中夜問わず犯すことを知ったらば、アイラ姫は。自分をどう思うのだろうか、と。軽蔑の視線を向けるのか、それとも罵倒を浴びせて来るのか。

「トレベレス様……よもや、姉姫を想い描いておられますか?」

 耐えかねて、一人の側近が耳打ちをした。

「煩い」

 腹立たしさが、荒い声となって弾けた。

「失言でした。しかし、お聞き下さい。あれは危険です、お忘れ下さい。確かに見目麗しいです、呪いの娘だと知りながらも徐々に興味を示す者が増えてきました」

 反応し、瞬時に顔を上げたトレベレスは唇を噛み締める。

「もし、呪いの予言がなければ今回で一番の戦利品だったのでしょう。しかし、現状慰み者に出来ない以上、不要です」
「慰み者だと!?」

 トレベレスは間入れず側近の胸倉を掴んだ、しかし、周囲の冷ややかな視線を感じ、慌てて床に叩きつける。
 咽ながら、苦悶の表情を浮かべて側近は懸命に訴えた。

「お忘れ下さい、あの姫は危険にございます。城へ連れ帰らぬよう、それだけは!」
「言われなくとも、解っている!」

 だから、悩んでいた。 
 普通の姫なれば、戯れに攫ってしまえたのに。しかし、相手は呪いを持つ娘だ。抱きたくとも、抱けない。それは、拷問に近い。
 しかし、知らなかった。まさか、家臣達の間でアイラ姫が美しいと噂になっていただなどと。想像だけならば、誰でも出来る。アイラで淫らな妄想をし、性欲の捌け口にしていたとするならば、斬首してしまいたい。

「あれは、オレのだ」

 無意識に口にした言葉は、トレベレスの思考をより複雑にした。苛立ちから再度壁を叩きつけ、足を速める。
 通り過ぎる部屋をくまなく開き、まだ息のある者には止めを刺した。そして金品は勿論のこと、気に入った女は戦利品として持ち帰る。城内にはいないが、子供らは奴隷として売り飛ばしたり扱う事も出来るので、街では可能な限り攫う予定だ。異常な興奮状態にあった為、その場で女を犯す者達も現れたが、ベルガーもトレベレスも咎めなかった。
 悲鳴を上げられぬ様口に猿轡をかませ、女達は犯された。それらを一瞥し、トレベレスはアイラ姫に妙な呪いがかけられていたことは不幸中の幸いだと、胸を撫で下ろす。でなければ、アイラも同じ様に強姦されていただろう。
 ふと先を見ると、ベルガーが立ち止まっていた。

「何事ですか? 急がねば」

 駆け寄れば一人の老医師が口を塞がれ、四肢を拘束され、片耳を切り落とされていた。息を飲み、ベルガーに視線を投げかける。

「双子姫が産まれた時、付き添っていた医師だそうだ」
「そうですか、それで……?」

 トレベレスの問いには答えず、冷ややかな声でベルガーは淡々と告げる。 

「再度訊こう。本当に呪いの姫はアイラで、繁栄の姫がマローだと? 偽りはないな?」

 死に物狂いで頷く医師に溜息を吐き、ベルガーはそのまま手にした槍で胸を一突きにした。
 飛散した血液は、トレベレスの足元の床にまで届いた。一歩後退し、ベルガーを怪訝に見やる。

「まだ、予言について疑いを?」

 呆れたように呟いたトレベレスは無視し、部下の差し出した布で自慢の槍を丁寧に拭う。

「念には、念を。そういう性分なもので」

 言い淀んだトレベレスの前方から、声が上がった。

「ベルガー様! 立ち会った助産婦も捕獲致しました!」
「では、尋問を」

 続いて二人の前に投げ出されたのは、高齢の助産婦だった。口元の猿轡を外すと、一気に悲鳴を上げた為、その喉元に槍を突きつける。

「喧しい。……医師の末路を見ていただろう? 正直に答えるがよい。本当に、姉姫が呪いで間違いないのだな?」
「はい、はいぃっ!」

 雷に打たれたような震えが全身に荒い脈拍を伝えた、助産婦は震えながら血走った瞳で頷く。

「何処かで入れ替えられた可能性は?」
「あああ、ありませんん! 黒の髪と緑の髪、黒が繁栄の姫君であります。じょ、女王様はそう告げられました」

 ベルガーは、暗然とした表情で溜息を吐いた。
 腕を組んでやりとりを見ていたトレベレスは、おもむろに近寄る。

「……貴殿こそ。姫君達の立場が逆であって欲しいようですが。そこまで執拗に問い詰めずとも良いのでは?」

 瞳の端にトレベレスを入れたベルガーは、そのまま無言で助産婦の喉下を槍で貫いた。

「あと一人、女王の参謀であったらしい女が見つからない」
「もう良いではないですか、誰に聞いても皆同じ事を吐きます」

 機械的な動作で血を拭うベルガーは、疑惑の目を向けるトレベレスを背に感じながら軽く溜息を吐く。

「逆であって欲しいのではない。近隣諸国に恐れられていた女王が、みすみす国の存亡に関わる重大な予言を広めるだろうか」
「ですが、広めたのは女王ではありません。人は噂好きです、それは避けられません」
「では、女王の側近達は余程無能なのだな。他国に知れ渡ると困る情報を漏らすなど、愚行の極み。それとも、側近の中にスパイでも居たのか」

 ベルガーは腑に落ちない様子で、一歩一歩確実に歩みを進めた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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