火竜ヴァジルの唄

文字数 4,107文字

 初めてやって来た人間に興味津々の幻獣達は、ご機嫌な王の隣にいるアサギを凝視していた。
 多くの視線が絡みき、アサギは身を捩って困惑する。しかし、笑顔は浮かべたままでいた。人間との間にある確執を、これ以上根深くしてはならない。
 ヴァジルが普段通りの仏頂面で手を叩き軽く咳をすると、幻獣達は我に返り視線を外し始める。
 アサギは強張っていた表情を緩め、ヴァジルに感謝し頭を下げた。
 アサギの礼には気づいたが、ヴァジルは当惑する。幻獣達が失礼な態度をとったので制したまでで、感謝されても困る。

「ようこそ、アサギ! 何して遊ぶぐ? 紹介したい者が大勢いるぐー」

 余程嬉しかったのだろう、屈託のない笑顔を見せたリュウは、その場に居る全員の名を呼び、アサギの前に来させて紹介していく。幾ら記憶力の高いアサギといえども、三十人近く集まっていた者達の名と顔を瞬時に覚えることは不可能だ。
 期待に応える為把握しようと懸命に聴いているアサギを哀れに思い頭を抱えたヴァジルは、リュウの首根っこを掴む。

「客人が困っておいでです。さぁ、こちらへ。お飲み物でも」
 
 アサギを誘導し、幻獣達には散るよう視線を流す。

「お邪魔しますっ」

 アサギは、客間らしい一室に通された。赤い絨毯が映える、色彩豊かな部屋に溜息を吐く。
 暫くして出てきたのは、柑橘系の香りが漂う茶。レモングラスに似ているなと思いつつ、アサギは一気に飲み干す。爽やかな香りと味に、緊張を解して溜息を吐く。
 地球は蒸し暑い夏だが、ここは心地良い春のような気温で過ごしやすい。頬を薄桃色に染め温かなそれを飲み終えると、ヴァジルが近くへ来て頭を下げた。

「前回はまともに礼も出来ず、失礼致しました。此度は、真に有り難う御座いました。貴女様がいなければ、このように王を迎え入れる事も出来ず、王家の高貴な血が途絶えるところでした。御厚情に深く感佩(かんぱい)いたしております」

 畏まられると、過度に緊張してしまう。勢いよく手を振ったアサギは、驚き果てる。

「いえ、そんな。お役に立てたのなら、嬉しいです」
「ご謙遜を。しかし、勇者とは素晴らしいものですね。魔王に身を堕とした者を救い、闘争に終止符を打ち……。王が大層褒めておりますよ、アサギ様は剣も魔法も優秀であられると。魔力が秀でていることは私共を召喚した時点で気付いておりましたが、まさか剣もとは……感服いたします」

 腰を折って深く頭を下げられ、アサギは恐縮し蒼褪める。

「い、いえ、あの。……そ、そこまで誉められるものでは。みんなが一緒にいてくれたから、どうにかなっただけで。そして、魔王様達だってみんな悪い人ではなかったから。ただ、それだけです」
「敬譲の精神ですか。この惑星一同、感謝しております。今後もこうして尋ねて頂けると有り難いですね。王の機嫌が良くなりますし、皆も話を聴きたい様子。逆に、御恩は返さねばなりませんので、お困りの際は何なりと私達に頼ってください。貴女様に召喚されるのを、楽しみにしております」
「あ、ありがとうございます。……何かあったら、その時は」

 アサギは先程飲んだ茶の味を忘れる程に、緊張している。
 黙って話を聴いていたリュウが、静かに口を挟んだ。軽く、眉間に皺を寄せている。

「何もないわけがないぐ、アサギ。この間、神とやらが話をしていた“破壊の姫君”ってなんだぐ?」
「破壊の姫君?」

 リュウがしかめっ面をして言うので、ヴァジルもすぐさま反応し、眉を軽く釣り上げて瞳を細めた。
 落ち着いてから話がしたかったのだが、こうなっては仕方がない。アサギは遠慮がちに口を開く。

「破壊の姫君、という危険な人を崇めている集団が惑星クレオに。その集団に入ると? 目をつけられると? 精神を操られてしまって? 意志とは関係なく行動して? しまうみたいです。破壊の姫君はとても美しいらしいのですが、一瞬で惑星を消し去ることも可能という、ラスボス……ええと、魔王様達より厄介な人みたいです」

 しどろもどろ、疑問符だらけで告げられたヴァジルは呆れた顔をしたが、調査中なので言い様子がない。

「新たな魔王、ということでしょうか。……王、まさか最近頻繁に書庫に出入りしていたのは、それを調べる為ですか? 言ってくだされば協力致しましたが」

 鋭い指摘に、リュウが渋々頷く。

「ぐー……その“破壊の姫君”とやらが、惑星クレオにのみ存在するのならば書庫には何も記されていないだろうけれど」
「おや、王にしては珍しく気の利くことで。惑星消滅を望む者ならば、こちらにも危害が及ぶ可能性がありますね。クレオのみの伝承とは、考え難くなります。皆で記述を調べますので、アサギ様、少々お時間いただきます」
「ありがとうございます! 心強いです」
「……ぐもー」

 腑に落ちない、とリュウが身体を小刻みに揺すっている。爪を噛みながら天井を見つめていたので、ヴァジルが溜息を深く吐いた。

「何か掴んだのですか、王。情報は共有しましょう」

 ヴァジルが睨みを利かせると、リュウは腕を組みながら首を傾げた。何度か首を左右に傾け、ようやく口を開く。

「破壊の姫君、という記述は見つからなかったぐ。出てきたのは皆が知っている唄にまつわる伝承だぐ、それだけだから言わなくてもいいかと思ったんだぐー」
「唄、ですか?」

 リュウが神妙な顔つきで見てきたので、ヴァジルは控えていた幻獣に指示を出す。銀の竪琴が届けられると、丁重に受け取り赤い絨毯に胡坐をかく。そして、数回調律するように音を出す。
 ほぅ、っと感嘆の溜息を漏らしたアサギは、床に正座をする。
 隣にやって来たリュウは足を伸ばして寛ぎ、アサギに囁いた。

「ヴァジルは美声だぐよ、そして、一番の唄い手だぐ」
「わぁ、楽しみです!」

 二人に見守られ、ヴァジルが声を発する。透き通った硝子の様な声は、繊細で鋭利。何人たりとも近寄れない雰囲気を放っている。

「命を与えし 命の海に 浮かぶ光は 迷い子
 溢れる命を その腕に抱き 愛する子らを 見守り続ける
 悠久の時 ゆらりゆらりと揺れる光 
 麗しき母なる海 命が芽吹く神秘の海
 その光が 永久にあらんことを
 その光が そこでたゆたうことを
 その光が その光が その光は
 光は舞踊り 声高らかに唄い 大地を駆け巡る
 その光は 永久に傍に居ることを
 忘れてはならぬ 忘れてはならぬ
 花咲き乱れる大地の楽園 命の海にそれはなく
 光は 忘却の彼方
 愛しい我子ら 光を忘れず 愛し続けよ」

 伸びる声は、耳に心地良い。夜更けの森で歌う、孤高の鳥のよう。
 聞き惚れ拍手喝采したアサギは、純粋に感動し笑顔をヴァジルに向ける。
 リュウも久しぶりに聴いた美声に満足して手を叩き、大きく頷いた。

「いつ聞いても美しいぐーな」
「お褒め戴き、恐悦至極」
「その唄、妙だぐ。気になるぐ、今更だぐーが」

 アサギが首を傾げると、ヴァジルが瞳を細める。

「妙とは?」
「光って、なんだぐ?」

 ヴァジルは、また突拍子もないことを言い出したと口を濁らせた。

「……神、もしくは王家の揶揄のような存在だと思っておりましたが」
「私もそう思っていたんだぐ。でも。命の海に光があるのに、その光、後半大地にいるんだぐ」

 催促されたような視線を受け、ヴァジルは再び唄いだす。ある箇所で、リュウが片手を上げ制した。

「そこだぐ。『光は舞踊り 声高らかに唄い 大地を駆け巡る』ここから、光は大地にいる。それで、……命の海って。アサギ達に出会って気づいたぐーけど、宇宙のこ」

 キィィィ、カトン。

 突然、妙な音が聴こえた。
 顔を上げたアサギと、反射的に身構えアサギの前に腕を広げたリュウ。
 ヴァジルも徐に立ち上がり、周囲を窺う。不審な顔をしながら、軽く乱れた呼吸を整えた。知らず額に汗が吹き出ていたので、袖で拭う。じんわりと身体中に浮かびあがる汗が、気持ち悪い。

「……音が聴こえた」

 神妙な顔をして、リュウが抑揚なく呟く。不思議そうに見つめていたアサギの髪を撫で、薄っすらと微笑んだ。
 音は、もう聞こえない。
 ヴァジルに視線を送り無言で頷くと、アサギに茶と木の実を炒ったものを強引に勧めた。
 一礼して退室したヴァジルは、外で待機していたヘリオトロープに声をかける。

「今。何か、音が聴こえたか?」
「音? ヴァジルの唄? 竪琴?」
「…………」

 客室と廊下は、扉で隔てれているわけではない。刺繍見事な垂れ布で仕切られているだけだった。先程響いた妙な音が外で待機していたヘリオトロープに聞こえていても、おかしくはない。
 それくらいの音量だった、聞き間違いではない。
 ヴァジルは口を歪めると、肩を竦めたヘリオトロープに怪訝な面持ちを向ける。

「王よ、厄介な点に気がつかれましたな。 勇者……いや、アサギ様が運び込むのは災禍、いや動乱でしょうか」

 鞠躬如(キッキュウジョ)として二人のいる部屋に頭を下げる。そしてヘリオトロープを連れ立って、書庫へと向かった。
 二人の足音が、小気味よく周囲に響き渡る。それは歌声の様に一定の韻律を刻んでいた。

 退室したヴァジルを待ち会話していたアサギとリュウは、不意に聞こえてきた声に天井を見上げた。先程の奇怪な音ではない、クレロの声だ。

『アサギよ、魔王ハイのもとへはどうする?』
「行きたいです! リュウ様も一緒に行きましょう」
「おー! それは楽しそうだぐ」

 二人は破顔し顔を見合わせ、そのまま手を取る。
 しかし、アサギに気付かれない様にリュウは舌打ちした。あまりにも時を見計らったようなクレロに、始終見張られているのだろうかと疑う。

「神、喰えないぐ」

 リュウはアサギの手を強く握りながら、挑むような視線を目の前にいたクレロに向けた。同意した途端、ヴァジルに外出を伝える間もなく天界へと連れてこられてしまったようだ。自分が置かれた状況に狼狽せず、睨み付ける。 
 刺すような視線を向けられても、そ知らぬ顔をしてクレロは誘った。魔王ハイの居る、惑星ハンニバルへと。


***
挿絵のハイは、上野伊織様より頂きました(*´▽`*)
著作権は伊織様にあります。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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