外伝4『月影の晩に』37:愛憎

文字数 10,054文字

 目の前の異質な光景に呆気にとられたが、脳より先に身体が動いた。懸命にアイラを庇っているトレベレスとベルガーに、簡易れず二人も合流する。

「無事か、アイラ!」
「トライ様!?」

 トレベレスを押し退けアイラの頬に触れたトライは、その頬の温もりに安堵の溜息を漏らし、引き寄せて抱き締めた。戸惑いがちに微笑したその華奢な背を、瞳を閉じてひたすら撫でる。「無事でよかった」と幾度も零し、抱擁を続ける。

「っ、貴様っ」

 青筋を立てたトレベレスが、剣の矛先をトライに向けた。自分の子を身籠っている愛する女を懐抱されては、このような状況下でありながらも嫉妬で狂いそうになる。しかし、歯を剥き出しにして吼えたものの、二人の王子の出現に何故か安堵もしていた。自分でもおかしなことだが、憎らしい一方で、彼らには絶大な信頼感を覚えていた。
 
 ……何故だっ、どうして、オレはっ。

 剣先が、戸惑いで震える。それは、肌でマローの威圧感を察知していた為かもしれない。
 それはベルガーとて同様で、二人の姿を見て肩の荷を若干下ろしていた。今はただ、味方が欲しかったのかもしれない。援護できる、いや共にこの状況を打破出来る人物が欲しかった。昔から“知っている”人物であり、“幾多の時間を”共にしてきた者を渇望していた。この二人こそ、自分が待ち望んでいた人物達だと直感した。
 そう思ってしまったことにトレベレスは舌打ちしたが、唇を噛締めるとトライとリュイを交互に軽く見つめる。まさか幼い頃から憎んでいたトライが、頼もしく感じられてしまうとは。
 キィィィ、カトン……。
 何かの音が、何処かで聴こえる。しかし、音など気にしてはいられない状況だった。
 まさかマロー姫にここまでの力があるなど、予期に反する事実である。塔を崩壊させるなど、尋常ではない。これが近隣より恐れられた“魔女”である土の国の女王の末裔の姿なのだろうか。
 トレベレスは唇を噛締め、宙に浮いているマローに哀れんだ瞳を投げかける。

「アイラ姫、ご無事で何よりです」
「リュイ様! 私は無傷なのですが、マローが」

 無事なアイラの姿に胸を撫で下ろし、リュイは知らず微笑んでいた。求婚話は有耶無耶になってしまいそうだが、彼女が無事ならばそれが何よりだ。

 ……元より、彼女を保護して危害を与えられないようにしたかったのもあるし。

 だが、愛しい妹の変貌にアイラが胸を痛めている事など、解りきっている。

「アイラ姫、下がれ」

 ベルガーが一歩前に進み出て、槍を構えた。

「アイラ、オレから離れるな」

 トライからアイラを引き離し、トレベレスは背に隠すようにして剣を構えた。
 眉を大袈裟に顰め反論しようとしたが、トライとリュイも剣を構え、マローへと向き直る。
 四人の男と、一人の女。
 秀麗にして冷徹、光の国のベルガー王子。
 冷静さを際立たせる美貌、水の国のトライ皇子。
 温和だが鋭利、風の国のリュイ王子。
 欲望に最も忠実、火の国のトレベレス皇子。
 そして、才色兼備で万能な、土の国のアイラ姫。
 護られ、慈しまれて男の中に佇む、一人の女。何から護るかと言えば、双子の妹からだ。目の前で夥しい魔力を放っている、もう一人の姫君からだ。

「また、おねーちゃんの味方? 繁栄の姫をほったらかしにして、破滅の姫を庇うなんて。みんな馬鹿ばっかり」


 げんなりとして、マローは片手を前に突き出す。状況が気に入らない。あの場所に居るのは昔から自分だった筈なのに、と大好きだった姉の姿が、酷く歪んで見える。
 耳元で誰かが囁いた、気に入らない者は始末してしまえ、と。

「アイラ、アイラ、アイラ、アイラ。……おねーちゃんばっかり! 本来ならそこにいるのはあたしな筈でしょぉ!?」

 マローの絶叫が響き渡る。憎々しげに見つめているのは自分を裏切った男達へか、それとも嫉妬の念での姉へか。

「来るぞ!」

 ベルガーの切羽詰まった咆哮に、皆は緊張を走らせる。
 間なく、衝撃波。凍て付く冬の女王の吐息のような、静かでかつ確実に息の根を止めるような空気の波動だった。気を許せば凍える冬の吐息が体内へと侵入し、肺を凍らせるだろう。
 きゃははは! 愉快そうに笑うマロー姫の声を聴きながら武器を構え、懸命に自分達の魔力を注ぎ込む。実際、このような戦い方など知らない。現実、こんな攻撃法が出来る人物など知らなかった。初めて異質な能力を目の当たりにした。
 だが、少なくとも四人は戦い方を知っていた。否、“憶えていた”。身体が動く、自分達ならば回避が可能だと、防御が可能だと“解っていた”。

「これは一体どういうことだ!」

 肌に突き刺さる勢いの冷たい空気に、湧き出る冷汗といつになく冷静さを失いつつあるトライは、隣のトレベレスに怒鳴る。

「マロー姫が暴走した! とても繁栄の子を宿している女とは思えない、あの禍々しさは何なんだ」

 アイラを懸命に隠しながら返答するトレベレスの『子』というの単語に、トライが目を見開く。

「誰の子だ!」
「オレの子……らしい!」

 認めたくはないが、自分の子だ。自身を嘲り笑うように皮肉めいてトレベレスは微笑する、己の愚行を今更悔いても遅いことは知っていた。
 マロー姫の魔力の種類は、明らかに破壊。全てを殲滅する勢いのおぞましい空気の波動が、嫌でも感じられる。一瞬唖然とトレベレスを瞳を開いて見たトライだが、舌打ちしマローを見上げる。嫌な予感が的中した、この世のものとは思えない破壊の魔力を所持できるのは予言通りマローだったと。
 トライと、リュイだけがこの場で知っている。
 実際、トライとて予言は軽んじていた。幾ら子が、破滅の魔力を所持していたとしても“発動する切っ掛け”がなければ、なんら他の子と変わりがないのではないか、と。産まれて来た新しき命に、愛を注ぎ時には叱咤し、大事に育てさえすれば国を滅ぼす理由など子にはない筈だ。
 だが、攫われ、押し込められ、無理やり犯された母から生まれ出た子ならば。すでに命を宿しているのならば、母親からの憎悪を糧に暴走するのは……必然だろう。
 子が滅ぼすのではない、“母子”が全てを破滅に追いやるのだ。

「逆だ! 繁栄の子を産むのはアイラ。破滅の子を産むのがマロー。女王は一人の人物に事実を教えただけだ。今存在する子は、破滅の覇王だぞ!」
「フッ……やはりそういうことか。謀ったな大地の国の女王」

 トライの声に納得したとばかり笑うベルガーだが、その笑みは引き攣っていた。裏があると思っていたが最悪の事態を引き起こしてしまったと、今更後悔する。
 大地の女王の予言は、間違っていない。今目の前の光景を見てしまっては、信じるしかない。冷汗が背筋を伝う、露出した肌が切り裂かれ鮮血が溢れる。目の前のマローの恐怖を促す風貌に、流石のベルガーとて焦燥感に駆られている。激しい悔恨で頬が歪み、苦笑した。
 真実を知り唖然とトライを見たトレベレスは、次いでアイラを見つめる。

「ということは、アイラの腹の子が……繁栄の子」

 そう、漏らした。

「アイラが……そうか。……自分を信じるべきだった」

 一目見た時の、あの直感を信じれば。言葉に支配されなければ、惹かれたままに自分が行動していれば。手を煩わせることなく、アイラが手に入ったのだとトレベレスは気付いた。今となっては予言の姫に興味はないが、アイラは最初から全てを持ちえていたのだ。解っていた筈だった、気になっているのがどちらの姫なのかと。
 眉を顰めトライの言葉を聞いていたマローは、す、っと音もなく地面に降り立つ。腹を大事そうに左手で擦りながら、右手を横に薙ぎ払った。凄まじい轟音と立ち昇る煙、下界では地面がえぐられ、広範囲で木々が薙ぎ倒されている。
 あんなものを受けたら、一溜まりもない。

「もしかして、おねーちゃん。知ってたの? 自分が繁栄の姫だって、知ってたの? 」

 にっこりと、マローは無邪気に微笑んだ。
 その会心の笑顔が逆に不気味だった、一瞬にして鳥肌がたった王子達は身構える。あの日、城で優雅に舞っていた麗しの黒き髪の妹姫は、面影さえあれども質が違う。
 震える足で、アイラが一歩踏み出し口を開こうとすれば。

「あぁー、そっかー、知ってたんだー。だから、あんな不当な扱いでも何も言わなかったのかなー? 真女王は自分だと知ってたから。あたしのこと、哀れんで観てたのかなー? いいよねぇ、みんなに護られて。あたしなんか、数ヶ月前からこんなトコに押し込められてさ。ただ、子を産む為だけに生かされてたのに。どうやって子が出来るのかなんて、だぁれも教えてくれなかったから知らなかったけど。おねーちゃんにも子がいるんでしょう? どうして子を作るのに痛い思いしなきゃいけないのかな、馬鹿げてない? おねーちゃんもそう思うでしょ?」

 アイラは口を開きかけた、確かに処女を失った時は激痛が走ったが慣れてしまえばそれは甘美だ。時折痛みを伴おうとも、苦痛ではない、心地良いものに思える。トレベレスにマローも抱かれていたという事実を知り、若干、胸が痛んだ。共に過ごした肌の温もりをマローも知っているのだと知り、泣きたくなった、苦しくなった。
 しかし今の口ぶりではマローがトレベレスから受けていた扱いは、不当なものだったのだろう。自分の様に暖かく包まれ、快楽など与えてはくれていなかったのだろう。
 ちらりと、脅えつつトレベレスを見上げる。今も自分を庇い、抱き締めてくれている愛しい男を見上げる。アイラも、困惑した。けれども、感情は揺るがない。愛しい妹、そして男。二人への想いは変わらなかった。
 煮え切らない態度で狼狽しているアイラに舌打ちし、マローの両手が五人に向けられる。
 固唾を飲み込み四人の王子が武器を再度構えれば、愉快そうに狂気の瞳でマローは漆黒の業火を両腕から沸きあがらせた。それは、禍々しくも美しい光景だった。地獄からの使者がいるのであれば、それらの頂点に君臨しているような。威圧感と絶対の魔力と美貌を兼ね備えた、悪魔を髣髴とさせるような美少女だ。
 はためく裾から覗く魅惑的な太腿、開いた胸元から零れるような乳房。小柄で可憐ながらにして、絶対的な力を誇示している姫君。怯えた瞳は殺意を含み光り輝く瞳へと変貌する、宝石を目の前にしたいつかのマロー姫そのものだ。興味の対象を見つけた、自分を生き生きと過去の様に輝かす事ができる方法を見出した。
 “気に入らない者は、その手で破壊せよ”。
 マローは欲望に忠実だった、瞳を輝かせて玩具で遊ぶように魔力を放射する。空気の振動と共に、漆黒の炎が五人へと突き進んだ。歯を食いしばり耐えようとした中で、突如としての、逆風。
 風は炎を巻き込み部屋を暴れながらしばし暴走していたが、破壊された塔の一部から飛び出して上空へと昇った。
 唖然としたマローも、そして皆がそれを見つめれば。

「……待っていて、私が必ずそこから出してあげる。マロー、怯えなくてもいいのです。待ってて」

 荒い呼吸で、アイラがよろめきながら苦痛に顔を歪めつつ声を発していた。声は小さかったが、凛とした響き渡る声だった。四人の後ろから前に躍り出て、両手を掲げたままマローに微笑む。
 その視線の強さと柔らかな笑みに、マローは尻込みする。
 相殺。
 マローの魔力は、アイラが完全に相殺できるのだ。これが光と影の、繁栄と破滅の姫君なのだろう。
 わなわなと震え出すマローとの距離を、アイラが縮めていく。
 いとも簡単に掻き消された自分の攻撃に茫然自失となった、やはり姉の前では無力なのだろうか。最初から、全て敵わない相手なのだろうか。そうなると、自分の存在意義は何処にあるのだろう。何の為に産まれて来たのだろう。

 ……最初から望まれない子だったんて、認めない!

 マローは大声で叫びながら次々と魔力を放出する、幾度も重なり空気の波動が皆を襲うが無傷だった。咄嗟に張り巡らせたアイラの防御壁が、それらを無に還していた。
 怒り狂ったマローだが、ふと、気付いた。
 マローには、護るものが自分と、腹の子しかない。もとより、腹の子も本来ならば不要だった。どうでもいい男の子など、目障りなだけだ。
 けれども、アイラには自分以外に大勢護る者が存在する。
 口元の端に、緩やかに笑みを浮かべたマローは、急に矛先を変えた。トレベレスを狙う、自分に靡いていたくせに、自分を無下に扱いあまつさえ姉を愛した男を標的にした。腹の子の父親、だが嬉しむことも、認めようとすらしない身勝手な男を最初に始末しなければと思った。
 アイラならば、トレベレスを助けるとマローは分かっていた。
 マローは空へと右手を掲げると、一気に振り下ろした。塔の天井を割り、落雷がトレベレスを襲う。
 弾かれたようにトレベレスへと飛び込んで、下から落雷を受け取るべく両手を掲げたアイラだが、落とすことは簡単でも受けるのは厳しい。両腕に激痛が電流のように走ったが、歯を食いしばってそれを堪えた。辛うじて被害を食い止めたものの、両腕は痺れて動かず、唇を噛み締める。
 アイラの表情で、どれほどの負荷がかかったのかを判断したマローは、皮肉めいた笑みを浮かべ、次は離れているベルガーへと同様の雷を叩き落す。
 アイラは、誰も犠牲にせず、皆を庇うだろう。それは体力の、魔力の消耗を意味する。姉の性格を一番知り得ているのは、他でもない妹である。徐々に削っていけば、相殺出来なくなるだろうと推測した。瞳を輝かせて面白いほど予想通りに動いている姉を、微笑みながら見ていた。

「ご無事ですか、ベルガー様」
「あ、あぁ……。すまない」

 こんな状況下でも微笑しベルガーに声をかけ、悟られない程度に顔を歪めると、両腕の痺れを留めるべくアイラは腕を擦る。
 そっとその手に反射的にベルガーが触れ、優しく重ねるように撫でた。
 驚いてアイラが見上げれば、顔を背けベルガーは聞き取れないようなくぐもった声で呟いていた。

「勘違いするな。……自分に非があると思っただけだ」

 だが、ベルガーの手は心地良く、やんわりと痛みを拭い去るようだった。アイラは微かに、くすぐったそうに笑う。
 妹を悲惨な目に合わせ、そして自分が放った槍に身体を突かれていても、アイラ姫は護ってくれた。「どこまでのお人よしなのだ」と、ベルガーは呆れて溜息をつく。
 だからこそ。

「マロー姫の属性が読み取れない。雷に黒炎に冷気……、よくもまぁ反する元素を使いこなすことが出来るな」
「多分、本質は雷なのです。暗き空、地上に降り注ぐ眩い光の矢。激しく速く、けれども麗しく。……それがマローの本質なのです。炎と冷はあの子の心の表れ。動揺し全てを憎むことしか出来ず、荒れ狂う心が炎となり。寂しくて怖くて、辛くて堪らない心が冷気として。止めないと……、マローは破壊の子を産む姫君などではありませんから。暗示をかけられてしまっただけなのです」

 立ち上がり、唇を湿らせてアイラはマローを見つめた。その瞳は、ひどく物悲しい。
 横顔を見ていたベルガーは黙って立ち上がると、何故か触れたくなり髪に口づける。

「え?」
「お前に、協力しよう。興味が湧いた」

 ふわり、と揺れた空気にアイラが振り向けば。
 今まで見たことのないような優しげな微笑でベルガーが、アイラを見下ろしている。深い深い、深緑の細く鋭い瞳は、アイラを映す。清流の川底を髣髴とさせる、ベルガーのその吸い込まれそうな瞳。
 真剣な眼差しに思わずアイラが戸惑い気味に頷けば、身体を強引に引き寄せられた。

「アイラは、オレのものなので。勝手に触らないで戴きたく」

 後方から血相変えて鬼のような形相で近寄ってきたトレベレスが、腕の中にアイラを隠した。腕の強さが多少痛い、相当嫉妬で力の加減が出来ていないのだろう。トライが額を押さえて軽い眩暈を感じていた、こんな時に“またか”と。
 腕の中にいるアイラを見つめ、不服そうにベルガーは笑いもせずに言い放つ。

「子が出来ただけだ、そなたのものとは決まっておらぬが」
「……くだらない争いは、今は避けろ」

 一発触発、再び。睨みを利かせるトレベレスとベルガーの間に、トライが割って入ると剣を構え直す。
 トライの言う通りだった、今、こうして色恋沙汰で争っている場合ではない。というのは、誰でも解っているのだが、それでもアイラが関わるとどうしても見て見ぬ振りなど出来なかった。
 おまけにそのベルガーの態度は、アイラに対して劣等感に羨望、そして狂うほどの嫉妬を感じているマローにとっては火に油である。
 トライとて、アイラを取り返したかったがマローに振り返ると叫んだ。

「マロー姫! アイラはお前を探して一人旅に出ていた、自分だけが生き残ったおかげで街の者達には石を投げられ罵倒され、不当な扱いを受けながらも、それでもお前を救う為に死に物狂いでここまで来たのだ。アイラがお前を裏切ることなど、ありはしない。落ち着け。王子らの非礼はオレが詫びる、辛かっただろう、理不尽だったろう。そうして憤怒するのも無理はない、だがアイラのお前への想いだけは信じてやれ」

 トライがマローの説得を開始した。
 けれどもマローは聞く耳持たず、とばかり再び宙に浮き一瞥している。
 冷静になりさえすれば、マローとて解ってくれるだろう。ベルガーとトレベレスに与えられた身体と心の傷は、すぐには癒えないだろう。しかし、アイラが傍に居さえすれば。永久凍土のような心ですら、太陽が降り注げば少しずつ溶けていく筈だ。その太陽は、想像以上に暖かい。

「うっさい」

 一通り聞いたが冷ややかな視線でトライを睨みつけると、マローは再び落雷を放つ。
 舌打ちし地面を転がりながらそれを避け、間合いを取りながら話し合いを続行すべくトライは態勢を整える。
 トレベレスに支えられながら、アイラは懸命に腕を伸ばした。トライに加勢しなければならない、マローに声を届けなければいけない。

「マロー、聴いて。私たちのどちらが繁栄か、破滅か。そんなことは関係ありません。全ては私たちの感情によって左右されてしまうの。マローはね、破壊の子などではないのですよ。今もラファーガの民は貴女の帰りを待っています。貴女しか、あの国を支えられる姫はいないのです。マローには、天性の可愛らしさがあるでしょう? 見ている人を思わず笑顔にしてしまえる、口元を綻ばせられる愛くるしさがあるのです。私の言葉を信じなくても良い、マロー、貴女自身の今までを振り返って。みんなに愛されていたのは、どちらだった? 私じゃなくて、マローでしょう? そして、マローは自分が好きな筈。私も、マローが大好き。大事な大事な、私のマロー。信じて、自分を。“マローは、素直な良い子。可愛い子。”そんな子が、全てを破壊できるわけがない。……おいで、マロー」

 アイラが、おごそかに腕を伸ばす。
 伸びてきた腕を見据え、一瞬、マローの身体が引き攣った。反射的に、腹を擦る。
 アイラの視線が、マローを捕らえる。ひたすらに、見つめ続ける。
 小刻みに震えながらマローはそっと地面に降り立った、額を押さえ始まった頭痛の痛みを和らげようと。
 つきん、つきん。
 マローは、腕を伸ばした。頭が、痛い。頭痛の時は城では皆が挙って薬草を届けてくれたが、一番効いたのはアイラの手だ。額にアイラが優しく手を乗せれば、それだけで痛みが和らいだ。その感触を、思い出した。

「ねぇ……さ……ま……、いたい、よぉ……」

 痛みは激しさを増す。マローが腕を伸ばせば伸ばすほど、何故か痛みが強くなる。今こそ、あのアイラの手が欲しかった。頭が痛い、身体が痛い、胸が痛い、全身が痛い。
 アイラの声が、脳内にこだましていた。
 そうだ、必死にアイラは護ってきたではないか。いつだって、傍に居てくれたではないか。こうして、助けに来てくれたではないか。可愛い可愛い、と何度も言ってくれた。姉だけは、自分の味方。解る、解っている。
 マローは、そっと周囲を見渡す。激痛で涙目になりながら霞む風景を観れば、何と凄惨な有様だろうか。これらは自分が引き起こしたことだった。塔だったらしいその建物は、半壊。地上とて大打撃を受けている、塔とて今にも崩壊しそうな勢いだ。
 ゾワリ、と背筋が凍りつく。
 自分に、こんな魔力が宿っているなんて知らなかった。子の影響なのかもしれないが、恐ろしくなった。
 
 ……怖い、助けて。

 目の前の姉を再度見つめる、そうだ、姉ならば助けてくれるだろう。きっと、助けてくれるだろう。何を躊躇う、早く姉の許へ行かなければ。腕を伸ばし、アイラも懸命にこちらへ歩いて来ている。ほら、迎えに来てくれる。いつだって自分を迎えに来てくれる、優しい大好きな、姉。自慢の、姉。マローは、溢れる涙を拭うことなく姉を求めた。
 身体に秘める、自身の破壊衝動は心が引き起こしたもの。精神安定剤は姉のアイラ、安らかに居られれば暴走しない。姉の傍にいたい、あぁ何故先程姉を攻撃したのだろう。
 マローは、自分が恐ろしくなった。 
 と、不意に何か物音が聞こえた。

「危ない、アイラ!」

 先程からマローが落雷を叩き落としていた為、天井は半壊していた。支えが弱まり、一部が崩れ落ちてきたのだ。
 トライの叫び声が響く、最も近くに居たリュイがアイラを引っ張り床へ倒れこめば、間一髪落下してきた天井を避ける。リュイのマントが瓦礫の下敷きになったが剣でそれを切り裂けば、辛うじて危機は免れた。皆、安堵の溜息を漏らす。
 マローは、恐怖から足が竦んだ。アイラとマローの間に、天井からの瓦礫が立ちはだかる様に落下してしまった。それは越えられない壁の様だった。おまけにその衝撃で塔全体が軋み始めている、床が少しの振動で抜けてしまいそうだった。
 アイラを抱き留め、怯えさせない様に微笑むリュイ。一呼吸置いて、決意したようにアイラに告げた。

「大事な友達なんだよね、一人で行動しないで欲しい」

 友達。意外な言葉にその場にいた全員が、息を飲む。
 情けなく微笑んだリュイは、アイラを観ていて、解ってしまった。アイラは、トレベレスに惚れている。求婚はしたが、他の男に惚れているアイラを娶る事など、リュイには出来なかった。だからせめてアイラの傍に居られるように、繋がりを持っていられるように。元気付ける為に、励ます為に、虐げられてきたアイラを包み込めるように。リュイは、唇を噛締め“好き”の言葉を使わずに“友達”と、表現した。
 案の定、不思議そうにアイラは首を傾げている。頬に、髪に触れたかったがそれでは友達の域を超えてしまいそうだった。ゆえに、リュイは頭を撫でる。

「友達。ラファーガ国と友好関係にありたい。いつでも互いの国を行き来し、良いところは学び成長し合おう。僕はアイラ姫と友達になりたいんだ」
「ともだち」

 友達などという単語を、アイラは初めて言われた。
 パアッと瞳を輝かせて嬉しそうに顔をほころばせると、肩の力を抜いてリュイに抱きつく。
 突然の出来事に小さく叫んだリュイは赤面し、「これは友達の抱擁だ、抱擁だ」と言い聞かせ、感動している様子のアイラを困ったように見つめる。
 
 ……こちらの気も知らないで、この姫は。

 呆れて肩を竦めたリュイは、苦笑した。嬉しいのは事実だ。
 ある意味悪魔だと、トライも肩を竦めている。

「さぁ、一刻も早く脱出しよう。早くマロー姫を救出するんだ、ここは危険極まりない」
「はい、リュイ様!」

 二人で立ち上がり、マローを見つめた。
 トライが近寄り、マローに近寄ろうとするアイラを右手で制す。
 行くな、とでも言いたそうなトライに思わず口を開きかけたアイラだが。

「大丈夫、必ずオレが共に居よう。全ての災いから護り抜く。だからここはオレに任せろ、今皆で動く事は危険だ。マロー姫をこちら側へ連れてくるからここで待て」
「……はい」

 落下した天井、罅割れつつある床。均等を保っているからこそ、辛うじてこの状態だが、いつ何時崩れるか解らない。
 アイラは大人しく、トライを信じてその場で待機することにした。離れたマローを祈る様な瞳で見つめながら。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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