外伝3『ABHORRENCE』2:ニンゲン?
文字数 2,660文字
初めて遭遇した『弓矢』というものに一羽の鳩は胴体を射抜かれ、抗う術もなく地面へと落下する。
大声で鳴く山鳩たちは騒然とし、羽音を立てて舞う。これ以上の犠牲を出さない為、一目散で森林へと引き返すことにした。射抜かれ地に落ちた仲間を一瞬見つめるも、鳩たちは全速力で舞い戻る。
森林へ戻り、『人間』の野蛮さを皆へ知らせる為に。
「やったぁ! 命中だよトカミエル、すっげーっ!」
地に落下した鳩を矢ごと拾い上げながら、少年たちは弓を持ったトカミエルを羨望の眼差しで見つめた。
威風堂々、整った顔立ちに均整のとれた身体、同姓からも尊敬の眼差しを向けられるトカミエルは鼻で嗤う。
「ふん、思ったよりトロい生き物だったから。大したことないよ」
自慢げに言ったトカミエルは、射抜いた鳩には見向きもしないで大人たちの列に加わった。
遠くから見ていた少女たちが黄色い声を上げ、トカミエルに寄り添う。目立つ容姿に加え弓矢の腕前も素晴らしく、凛々しくも無邪気に笑うあどけない表情が異性を虜にしている。
彼は、子供たちの中心人物だった。
「トカミエル、なんてことするんだよ! 可哀想じゃないか、食べもしないのに射るなんて!」
少年少女を侍らしているトカミエルの元へ、憤慨した二人の少年が駆け寄ってきた。
弓矢をトカミエルが構えた時点で止めるべきだった、と後悔の念で表情が曇っている黒髪の少年。悲痛そうに、射抜かれた鳩を見やる。
もう一人はトカミエルと同じ髪と瞳の持ち主で、何処となく雰囲気も似ていた。長髪を後ろで一つに束ね、幼さの残るトカミエルとは反対に大人びた印象だ。その切れ長の瞳に宿す冷たい光で微笑まれたならば、少女は心を軽く鷲掴みにされてしまうだろう。彼はトカミエルの双子の弟で、トリアといった。
「大丈夫だよ、リュン。鳥ってのはたくさん存在するから、一羽くらいどうってことない。こうして淘汰するべきものだよ」
髪をかきあげ苦笑いし、トカミエルはリュンの頭部を荒々しく撫でた。
その子供扱いする手を跳ね除け、怒りと悲しみを露わにしたリュンが叫ぶ。
「でもっ! 可哀想だよ、痛いんだよ!? ……死んでしまったんだよ」
「トカミエル、はしゃぎ過ぎだ。子供っぽいし、煩い。弓の腕を見せびらかしたいのなら、もっと役に立つことをしろ。他にあるだろ、その空っぽな頭で考えろ。リュン、行くぞ」
トリアは憤慨しているリュンの腕を宥めるように掴んだ。そしてトカミエルを一瞥すると、振り返ることなく歩き出す。
「なっ……! 待てよ、トリア! 今の言い方訂正しろよ、本当にいつもムカつく奴だなっ。オレはお前の兄だぞ」
動物たちは息を潜め、一部始終を見ていた。
椋鳥から話を聞き、アニスは瞳を伏せる。
森林にも死は存在する。
生きる為に捕食しなければいけないのだから、誰かの死は避けられない。ただ、その死は大概他のものを生かすことになると知っていた。
数時間前共に遊んでいた兎が消えてしまった事など日常茶飯事だ。兎を食べたのは、昨夜共に眠っていた狼だということも解っている。
兎が草を食べて育つように、狼は兎を食べて生きる。これは変えられない自然の摂理だ。
死は、生を産む。
しかし、人間は生きる為ではなく他の命を奪ってしまうものらしい。その場にいた人間の気分で山鳩は殺されたという。それは、逸楽の時なのか。
痛苦に満ちた顔で胸を押さえたアニスを、気まずそうに椋鳥たちは見た。出来るならば話をしたくなかった、だが、アニスに人間の恐怖を覚えさせねばならない。
この恵み豊かな森林付近に、騒々しい街を造るかもしれない。そして、侵入してくるかもしれない。
そうなった時、好奇心旺盛なアニスは人間を観に行くだろう。
アニスを人間たちに見られたら、その物珍しさに捕らえられるのは目に見えていた。捕らえられれば見世物小屋に閉じ込められるに違いない、妖精というだけで人は集まる。また、人間の目から見れば稀な美少女の風貌だ、買い手も出て高額で売り捌かれるかもしれない。
人間は狡猾で貪欲な生き物だ。
「だからお願い、人間には近づかないと約束して、アニス」
「……うん。でもね」
アニスは当惑し頷いた。
椋鳥たちは話を聞いて貰えた事を喜んで、宙を華麗に舞うと可愛らしく鳴く。
打ち消された自分の言葉を告げようか、アニスは迷った。
「ホントに、悪いものなのかな? 話し合えば、分かってもらえると思うの……」
アニスは水鏡に映る自分を見つめる、その表情は暗い。
後方で椋鳥たちが可愛らしく合唱しているのを聴くと、少し罪悪感を憶えた。
やがて人間は動物たちの予想通り、森林付近に街の建設を始めた。
肥沃な大地に歓声を上げ、次々とテントを張ると河で水浴びをし、今までの汚れを流し落とす。魚を生け捕り、森林で兎や鹿を狩り、木の実に茸、山菜を採って夕飯の準備をする。
初日は想像以上の土地を確保出来た事に感謝し、盛大な宴を開いて皆で労った。
ついに自分達の街が出来る、長年の夢が叶う。達成感に満ち溢れていた、辛い旅が報われた。これからも大変だが、やる気が膨れ上がる。
「見たか? あの河、大物が住んでいるぞ!」
「栄養が豊富なんだろう、森林の茸も立派だった。薬となる植物も多そうで期待が持てる」
火を焚き深夜まで大騒ぎする人間を遠目に見ながら、動物たちは言い知れぬ不安に身を寄せ合った。
炎の煙が空気の重さと競うように、空に勢いよく舞い上がる。
動物は、火など使わない。煙は禍々しく全てを覆い尽くして消し去る、不気味で得体の知れない人間たちの象徴のようだと思った。
宝石箱を引っくり返したような星空に、その煙が吸い込まれていった。
翌朝、人間は張り切って森林の木々を伐採した。
街の見取り図は大方旅の最中で決めてあり、段取りも済ませている。その為、大きな揉め事もなく作業は進む。子供も大人を手伝い、不平を言うことなく朝から晩まで働いた。
ただ、人間が森林の奥地へ足を踏み入れることはなかった。入り口だけでも立派な食材が手に入ったので、今のところ行く必要はない。
それでも、夜だというのに火の煌々とした明かりが森林にも忍び寄る。
動物たちは遠くから警戒心を剥き出しにして様子を見つめていた。次第に、揃って土地を離れる一族も出てきた。
しかし、多くは住み慣れたこの森に滞在する姿勢をとった。何処まで出来るか分からないが、人間との共存を試みる。