外伝6『雪の光』19:手紙

文字数 5,704文字

 血眼でアロスを捜していたトリフとベイリフは、共にブルーケレン領を目指していた。
 ニ人が出会えたのは、必然。
 港町で先に気づき声をかけたのは、ベイリフだった。

「もし。アルゴンキン殿の従騎士では」

 思い悩んだ顔をしていたトリフは、ベイリフの顔を見るなり眉を顰めた。互いに面識はあるが、良い感情を抱いていない。

「アロス嬢の行方は掴めただろうか」

 皮肉ともとれる発言に、トリフは侮蔑の色を瞳に灯した。

「いや……」
「今は仲間が必要だ。どうだろう、手を組まないか」

 トリフは、その提案に意外だとばかり瞳を細める。『アロスに気に入られた者が、夫となる権利を得られる』ベイリフも承知の上だろう、共闘すればどうなるか考えぬ男ではない。

「今はアロス嬢の安否が優先。つまらぬ欲など見せぬよ」

 警戒しているトリフに、ベイリフは肩を竦めた。

「アロスは、オレに懐いている」
「あぁ、知っているとも。しかしそれは、“兄と妹”のようなもの。男と女ではないことも知っている。ならば、私にも割り込む機会があるだろう?」

 ほくそ笑んだベイリフに、トリフは舌打ちした。知り得た情報を恋敵に流すなど愚かの極みだが、彼の言う通りアロスの救出が最優先である。しかも、資金が底をつきそうだった為、断腸の思いで頷いた。

「私達がここへ辿り着いたということは、間違いないだろう」

 宿の一室でベイリフがそう告げると、トリフは低く呻く。
 もともと、トリフはラングに的を絞っていた。その為、消えたフリをしてラングの屋敷周辺を常に見張っていた。主人であるアルゴンキンの身を案じつつ、どうにも胡散臭い男を調べていたのだが、特に怪しい動きは見られなかった
 勘が外れたかと焦って移動しようとすると、ラングが出掛ける情報を得たので尾行した先が港町だった。
 
「成程、トリフ殿はそういった経緯で……。私は、ちょっとした騒ぎを追っていたらここに辿り着いたのだよ」

 悪戯っぽく笑ったベイリフは、アロスが誘拐されてから起こった“小さな騒動”に注視した。それは違法な宿であったり、店であったり、悪人の巣窟となり得る場所。口々に、とある一行に貸し切りをしたという。それらの痕跡を辿ると、数人の男らが崖下で変死体となり発見された。

「彼らが何者なのか。それは調査が終わり次第報告が届く事になっている」

 トリフは一通り話を聞いた後、口を挟んだ。

「単に崖から転落した商人や旅人では?」
「確かに馬車の積荷も散乱していたが、馬の形跡がない。人間らは獣に食い荒らされていた、もし“馬も落下したのであれば”同じ様に死体が転がっているだろう?」
「……確かに」

 そうして海を渡った二人は、ようやく糸口を掴んだ。ブルーケレンの国王が、連れ帰った可憐な美少女を溺愛しているとのこと。新緑のような髪に、神秘的な光を宿す深緑の瞳、精彩を放つ娘などアロス以外に有り得ないと確信した。
 そして、宿の一角でラングが何者かに殺害されたことも知った。

「どういうことだろう、身代金目当ての誘拐ではないと思っていたが……」

 二人は腑に落ちないものの、今はアロスを優先した。一先ずは無事らしいので、安堵しつつ。

「それにしても」

 道中、まとわりつくような視線に二人は気分を害した。それは好奇心のようであり、畏怖であり、決して二人が美丈夫ゆえに注目を浴びているわけではない。
 あまりの鬱陶しさに耐え切れず年頃の娘を掴まえて訊ねると、彼女らの瞳がトリフを捕らえたまま、開口する。

「いえ、その……。国王に非常に似ておいででしたので。いえ、雰囲気は違いますが、髪と瞳の色が同じで。とても、珍しく」

 口籠りながらも、娘らはそう答えた。
 不快で吐きそうな気分になったトリフだが、ベイリフは面白がっている。

「そういえば、噂では現国王には双子の弟がいたそうだ。しかし、後継者争いを恐れた母が、産まれて間もなく弟を密かに逃がしたとか。絞殺された弟君の墓はあるそうだが、嬰児交換が行われたのだろう」
 
 すでに調査済みだったようで、つらつらと語り出したベイリフにトリフは肩を竦める。

「成程、貴殿は王族か。アルゴンキン殿は、出生の秘密を存じていたのだろうか」

 肩を叩き、トリフに囁く。
 噂だが、火のないところに煙は立たない。

「さぁ? 旦那様は出生にこだわらぬ御方だから」

 トリフは興味ないとばかりに、からかうようなベイリフを無視して先を急いだ。
 はぐらかしたものの、トリフは察していた。ブルーケレン領に入ってからというもの、自分の首にかかっているペンダントの紋章を見かけるようになったからだ。拾われた際、握り締めていたらしいもの。育ての親には、『本当の御両親を見つける手掛かりになるよ』と言われていた。自分を捨てた親に興味はないが、一応身に着けていた。
 ペンダントに軽く触れながら、自分はその捨てられた双子の弟だとトリフは直感した。でなければ、わざわざ持たされた意味がない。しかもこれは、精巧な細工で宝石が施されている特殊なもの。

「やれやれ、何の因果か」

 トリフは自分の内臓を噛み潰してやりたいほど悔しい思いで、ペンダントを握り締める。もし、本当に自分が逃された弟であるならば、アロスを囲っているのはまだ見ぬ双子の兄ということになる。数奇な運命に、自嘲気味に笑った。

「さぁて、参ろうか」
「あぁ……」

 トリフとベイリフは、ざわつく胸が何か()()知らず、国王のもとへ向かう。
 まさか、アロスが死の淵にいるとは思いもよらず。

 アロスが流刑されてから、後宮に住まう女達は何事もなかったように以前の生活に戻っていた。つい先日まで、一人のもの言わぬ少女を一致団結して陥れたというのに、関係性は振り出しに戻った。表では微笑み合い、裏では悪態づく。
 ここの女達はそうして生きてきたのだ、何も変わっていない。
 こぞって媚を振りまく女達につられるように、トシェリーは頻繁に後宮へと足を運んだ。

「トシェリー様、今宵は一曲如何ですか?」
「トシェリー様、次の遠征はどちらへ向かわれますの?」
「トシェリー様、以前戴いた茶を美味く淹れる方法が分かりましたの。よろしければ」

 しかし、誰を選ぶでもなく、ただ静かに女達の話を聴いている。夜の相手をした女は、いなかった。トシェリーは女達といる時、ぼんやりとした表情で何処か遠くを眺めている。
 その心が、ここにないことなど、皆気づいていた。幾ら声をかけても相手にされないことを、承知していた。意を迎える為にこうして擦り寄ってはみるものの、虚しい。

「ご機嫌麗しゅう、王国の太陽トシェリー様」

 気が進まないものの、女官に諭されガーリアが姿を現した。
 そこで初めて、女達は肝が冷えた。
 ガーリアは、アロスの件で傍観者。しかし、真相を知っている。トシェリーに接近し、暴露しないか不安になる。ミルアは「あの女にそんな度胸はない」と高を括っていたが、分からない。

「久しいな、ガーリア」

 手招きしたトシェリーのもとに近寄ったガーリアは、麗しく腰を折った。
 そうして二人は、僅かな時間見つめ合う。


 やはりガーリアを所望するのだと、女達は蒼褪めた。二人を接近させてはならぬ、やはり殺害すべきだったと身体中から嫌な汗を吹き出し慌てる。
 しかし、トシェリーは指先で顎を持ち上げじっくりと顔を見つめただけで、それ以上何もなかった。

「……暫し、休む」
「ごゆっくりなさいませ」

 結局トシェリーは、誰も寝所に呼ばない。

 女達が躍起になっていたとしても、参戦しないユリには然程影響がなかった。ミルアの身支度準備くらいで、他にすることがない。

「あ、そういえば。早く始末しないと」

 ユイはミルアがトシェリーのもとへ駆け付けた後自由になったので、ようやくアロスが書き綴っていた手紙を密かに取り出した。問題になる前に、彼女に関するものは消し去るべきだ。
 手紙を取り出すと、アロスの屈託ない笑顔が脳裏を横切った。しかし、鼻で嗤う。今更思い出したくない、綺麗に忘れてしまいたい。()()()遭うことはないのだから。
 手にして、何処で燃やそうか思案していた時だった。

「お前だったな、外から来る男を見たと最初に発言したのは」
「トシェリー様!?」

 背後から声をかけられ飛び上がるほど驚いたユイは、引き攣った笑みで振り返った。まさか、このような部屋に来るとは思わなかった。心臓が跳ね上がり、予想外の事態に身体が小刻みに震える。
 無意識のうちに、手紙を背に隠す。乗り切らねばならなかったので、冷や汗を垂らしながらぎこちなく微笑んだ。
 しかし、あまりにも不自然な動作と笑顔が気になり、トシェリーは難なくそれを取り上げる。

「なんだ、手紙か」
「な、なりません、トシェリー様! ま、まだその、それは途中で」
「はは、いじらしいではないか。どれ」

 流石に、奪い返すことなど出来ない。何故最も早くに処分しなかったのかと、自分に腹が立つ。ユイは、観念した。アロスが何を書いたのか、知らない。しかし、恐らく恋文だろう。内容によっては、嘘が露見する。床に大きな穴が開き、吸い込まれるような絶望感を味わった。
 間男のように、首を撥ねられるのだろうか。それとも、アロスのように全身を殴られ、烙印を押されるのか。
 ユイは大きく震え、死を覚悟しその場に立ち尽くしていた。
 ところが。

『トシェリー様
 お元気でしょうか? と、書くのも変ですね。
 今日は、私の想いを全部この手紙に閉じ込めることにしました。
 貴方に私の想いを。
 まさか貴方にお会いできるなんて、思ってもみませんでした。けれども、なんとなく予感はしていました。
 一目で心奪われ、貴方の虜になりました。
 もう、後戻りは出来ません。
 あの時、私があの場所にいたことに感謝します。
 でなければ、巡り逢えなかった。
 貴方は。
 ずっと見ていたいのに眩しくて直視出来ないくらい、輝いています。とても、綺麗な人です。
 髪に触れ、頬に触れ、そっと抱きしめて。
 貴方という光に、私は溶け込んで。
 最初は本当に、私は貴方に釣り合うのか迷いました。
 私と貴方では、違いすぎるから。私には、全てが勿体無い御方だから。
 何故か時折『傍に居てはいけない人だ』って感じておりました。
 ですが、御傍に居たいです。
 これから先、何があっても貴方からは離れません。
 愛しています。愛し続けます。
 貴方が私のことを「嫌い」と仰り、役目が終わったとしても、信じて待っています。
 だから、大丈夫です。私は、貴方の傍に居ます。
 きっと離れません。貴方の傍でずっと生きていきたいです。
 私の最大の願いです。
 貴方という魂に、この時代で出逢えた事に感謝を。星を越えて出会えた奇跡に感謝を。
 願わくばこのままずっと。
 共に居られればと、厚かましい事を思ってしまいます。
 貴方が好きです。
 貴方が大好きです。
 貴方を愛しています。
 私を見つけてくださって、ありがとうございます。
 私は、貴方と共に生きてゆきたいです。
 貴方の心が、いつも安らかな喜びで満たされていますようにと、願いを篭めて。
 愛しています、どうか、今後も御傍に置いてください。
 もし、貴方が別の綺麗な女性を好きになったとしても。……ここには、美しくて優しい女性達が大勢居ますものね。
 けれど、それでも構わないのです。』
 
 トシェリーは目頭が熱くなるのを感じながら、多少潤んだ瞳でユイを見つめる。
 ユイは、引き攣った笑みを浮かべ今にも卒倒しそうだった。

「そんなに緊張せずともよい。知らなかった、お前がこんな想いでいてくれたとは……。気付かず、悪かった」

 顎に手をかけ上を向かせると、顔を近づける。唇が触れようとした矢先だった、混乱しているユイの唇直前で我に返り、離れる。
 硬直したユイは、微動だ出来なかった。
 苦笑し丁重に手紙を懐に仕舞ったトシェリーは、放心状態で立っているユイの髪を優しく撫でると、優しい声色で囁く。

「お前の名は? 名も知らぬのに口付けなど」
「ユイ、です。ユイ、と申します」
「ユイか、良い名だ。……近々、お前を所望する。この手紙は貰っていくが、構わぬな?」
「は、はいっ! で、出すぎた真似を、申し訳ありませんっ。この胸の高鳴りを解放しなければ、狂ってしまいそうでっ」
「はは、謙虚だな。気に入った」

 書きかけの為、アロスの名が記載されていなかった。

「そうか、お前()出身は隣の大陸だったか」
「ぇ?」

 険しい顔で呟いたトシェリーを不思議そうに見つめたユイだが、答えずに彼は去った。真紅の衣装を熱に浮かされた瞳で見つめながら、口元を押さえ興奮気味に震える。先程とは打って変わって、笑いが込み上げた。
 トシェリーは、この手紙をユイが書き綴ったものだと思い込んだ。

「あ、あははははは! ありがとう、お馬鹿ちゃんっ! 確かに貴女は私の親友だったかも!」

 このまま、容易く寵愛が手に入る。望みもしなかった裕福で豪華で、苦労しない生活が待っている。アロスへの残虐な王の一面が気になったが、それでもユイは輝かしい未来に爆笑した。

「あ、あぁ。でも」

 けれども、それは出来ないとすぐに現実に引き戻される。
 一夜を共にし、後宮での身分が上がったとしても。王の寵愛がいつまで続くか解らない。それに、他の女達から嫉妬の嫌がらせを受けることも目に見えている。特に、ミルアには殺されるかもしれない。
 それとも、トシェリーは悪魔のような女達から護ってくれるのだろうか。 
 アロスと違い、ユイには声がある。真実を告げられる。

「そっか、ミルアが企てたことを楯にして逆に脅せばいいんだ! そうよ、私はあの子と違って喋ることが出来るもの! あんな惨めな事にはならない」

 ユイは、自然とにやけてしまう口元を暫し止めることが出来なかった。自分の選択次第で、未来が変わる。

「やっと、私も……! 今まで耐えた甲斐があった、神様は見ていてくださった!」

*****
 上野伊織様から頂いたイラストを挿入しています。

★著作権は私ではなく上野伊織様にございます。

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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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