それは必然

文字数 4,100文字

 埃一つないような、清々しい朝。
 市場を見てまわりたいというトランシスの要望に応え、アサギは街を散策することにした。
 身支度を整え一階の食堂で朝食をとっていると、大股のトビィが入ってくる。トランシスは威嚇するような視線を送り、あからさまに顔を歪めた。

「おはようございます、トビィお兄様」
「おはよう、アサギ。ガーベラの件だが、今ディアスに来ている。早朝から広場で唄っていた」
「えっ、ここに!? 嬉しいです! でも、何故?」

 トビィは、ガーベラがここにいる経緯を簡単に話した。世界中の人に唄を聴いてもらうことを夢見て港町カーツを出た彼女を捜し出し、了承を得て連れてきたと。
 かなり端折ったが、わざわざアサギに()()()()を伝える事はしなかった。元娼婦であったがために、各地で顔を知る男たちに犯されていて不憫だったとは口が裂けても言えない。
 そもそも、アサギはガーベラが娼婦であることを知らない。誰も告げていないし、夜の女特有の雰囲気をトビィは察したが、地球の小学六年生では解らない。風俗嬢や水商売という単語はドラマでも登場するので知っていたが、結びつかなかった。
 その為、ガーベラのことは飲食店もしくは宿()で働く美女だと思っていた。

「美声ですから、唄も素晴らしいのでしょう。後で立ち寄ります」
「暫くはこの街にいるだろうから、機会はいくらでもあるさ」
「……ところで、何処に住んでいるのでしょう? 一部屋余っているから、ここへ来たらよいのでは」
「あー……」

 瞳を輝かせるアサギに、トビィは頭に浮んだ考えを整理するように話す。

「そうだな、……そういえば余っているな」

 クレロに『彼女から目を離さないでくれ』と言われている。同じ場所に住まわせておいたほうが、何かと都合がよいと思った。
 しかし、同時にさざ波のような胸騒ぎがした。

「しかし、本人に決めてもらおう。無理強いはよくない」
「そうですね! 来てくださると嬉しいのだけれど」

 アサギとトビィの会話を欠伸をして聞いていたトランシスは、静かに珈琲を啜る。自分が空気のようで、辛く悲しい。

「トランシス、そのうち紹介するね! ガーベラっていう、とっても美しい人なの」
「ふぅん。でも、オレはアサギ以外に興味はないよ」

 以前の自分と同じことを言っているな、とトビィは深い溜息を吐いた。髪と瞳の色が同じだと皆に告げられ虫唾が走ったが、アサギを溺愛していることも同じらしい。

「まぁ、誰でもそうなるか」

 胸の中から最後の空気を吐き出すように、ぽつりと呟く。トビィは会話を始めた二人からそっと離れ、珈琲豆を挽く。葉を撫でる風に似た音を聞きながら、やるせない思いに項垂れた。

「ではトビィお兄様、出掛けてきますね!」
「あぁ、気をつけてな」

 湯気の向こうにいる二人を、トビィは片手を上げ見送る。

()というのは、損な役回りだ」

 トビィの押し殺したような呟きが微かに聞こえたトランシスは、優越感に浸りアサギの手を握った。静かに振り返り、舌を出す。嫌いな男の眉がピクリと動くさまを、鼻の穴を膨らませて見やった。

 二人はその後、ディアスの街を仲睦まじく歩いた。トランシスはもちろん、アサギもじっくり見てまわることがなかったので目新しい物ばかりだ。トモハルたちが気に入っているという烏賊の串焼きを購入し食べ、気になる店を見つけると足を止めて見定める。
 トランシスは睡眠薬か媚薬が欲しくてひたすら目を走らせたが、文字が読めないので苦労した。ただ、「深く眠りに入れる」と説明された茶葉を購入する事はできたのでほくそ笑む。

「眠れないの?」

 不思議そうに問うアサギに、トランシスは悪びれた様子もなく切羽詰まった表情で答える。

「実は、アサギがいないと寂しくて眠れない。一人の時に飲もうと思ってね」

 告げられ、アサギは真っ赤になると俯いた。恥ずかしいが、とても嬉しい。

「わ、私もトランシスがいないと寂しい」
「ふふ、一緒だね」

 絡まっていた指が、怪しく動く。トランシスの愛撫するような動きに、アサギは昨晩見た()()()()を思い出した。感情の波がうねるように全身に広がり、火照りだす。知らず身体が小刻みに揺れる。

「部屋へ戻ろう? 別れの時間まで、アサギと静かに過ごしたい」

 耳元で甘く囁き、トランシスは手に入れた茶葉を握り締めた。目的のものは買えたのだから、用はない。効果は薄いだろう、しかし、ないよりマシだ。
 帰宅前に、トビィに教えられた通り公園に立ち寄ったが、そこにガーベラはいなかった。諦め手ごろな店に入り昼食をとると、菓子を購入し館に戻る。
 離れる時間がくるまで、二人は寄り添って過ごした。

「またね、トランシス」
「うん。五日後に。……オレはずっと、アサギが来てくれるのを待ってる」

 熱い抱擁を交わし、後ろ髪を引かれつつもトランシスは上機嫌で帰った。睡眠導入に向いているという茶が手に入ったのは、大きな収穫だ。早く使いたいと胸を躍らせて、その日を待つ。

 ガーベラの努力と熱意は実を結び、美貌の歌姫の名は静かに広まっていった。ディアスの街で唄い続けていた彼女は、教会から依頼を受け足を運んだ。
 惑星が違うためか、曲調が不思議に思え、住民らは異国の雰囲気に圧倒されていた。

「なんと美しい声だ……。それなのに、どこか物悲しい言葉の並びが心を揺さぶる」

 爪先から鳥肌が立つような、天にも昇る高音と抑揚のある歌声は人々を魅了した。
 何処にいても凛とした佇まいで、堂々と胸を張りハイトーンで入る歌い方は第一声で人を虜にする。道行く人々も、多くが足を止めてしまう。

「雪が降る、降って積もって凍えてしまった
 強かに雪は降り積もった、儚げに見えて牙を剥いた
 温かさで解ける雪、空から舞い降りる小さきもの
 けれども地面に降り積もった雪は、狡猾で
 緑の息吹を覆い隠す、その純白で覆い隠す
 息が出来ぬようにと覆い被さり、緑の息吹を凍えさせる
 美しき白、けれども何れは泥に塗れて見苦しく
 
 雪が降り、降って積もって凍えた緑は
 融けるのを待ち侘びた、息を吹き返すために待ち侘びた
 暖かな太陽が降りそそぐのを、待ち侘びた
 凍えながらも、待ち侘びた
 
 春の息吹を待ち侘びる、暖かな日差しのその季節
 奏でる音は、天上の調べ
 眩いばかりの光が、恋人達に降り注ぐ
 愛しい愛しい、君よ
 どうか君の歩く路が、光溢れるものでありますように
 全ての影を跳ね返し、暖かな路を進めるように
 ここから願い続けよう

 健やかに全てが育つ、生命の息吹を感じて
 残酷な現実の冷たい空気に晒されても
 強かに大きく伸びゆく生命の力強さよ
 全ての命あるモノは 一つの夢を抱いて
 懸命にもがいて生きていく 美しき世界
 繰り返す輪廻の輪に流されようとも
 行き着く先は 物語の終焉
 自分が決めた たった一つの世界
 願わくばそこが 自身が願ったものでありますようにと

 大樹となりし、もとはか弱きただの芽は
 幾多の数奇で過酷な運命を乗り越えて
 それでも必死に足掻いて干からびた大地から芽を出した
 生命の源
 全ては芽の一途な思いゆえ
 何度も輪廻し 魂を回帰し
 神秘の宇宙に飲み込まれて
 唯一の救いを求めて 愛しいモノに手を伸ばす
 永遠の想いをここに 心はそこに
 時はとまりはしない 残酷で愛おしいこの世界で

 実を幾つも幾つも 恩恵を受けてならせたもう
 至上の楽園に育つ大木 誰しもが欲し手を伸ばす
 魅惑で甘美なその実を 惜しげもなく人々に分け与えん
 一口齧れば笑み溢し 二口齧れば涙溢れ
 三口齧れば生命湧き出る
 全ての生命の根源は ただ皆に分け与える
 実を口にし、幸せそうに微笑む生命達を
 この上ない喜びだと思い 大木は歓喜する 
 風に乗って声を出し 多くの生命を呼び寄せる

 浅葱色した、綺麗な花が咲き誇る
 不思議な色合い 幻想の扉
 触れたくとも触れられない 魅惑的な異界の花
 触れた者には幸福有りと 広がる噂に皆奔放する
 けれども花は見つからない たった一輪の花を探し
 人々は滑稽に駆け巡った

 焦がれて欲する私の楽園
 浅葱色した花と共に その花の隣に芽吹きましょう
 そこで咲きましょう 永遠に咲き誇りましょう
 勇気を下さい そこで咲き誇れる勇気を下さい
 摑めない空虚な花ではなく 誰からも触れられる花を目指しましょう

 所詮は御伽噺 手にした者など一人もおらず

 者は極き、臆病の者
 弱くて、強く、反した者達の楽園を」 
 
 その魅力に最も虜になったのはアサギだった。
 テレビやネットで多くの歌を聴いてきたが、ガーベラが一番だと興奮した。まるで、御伽話に出て来る姫君の様な容姿と天使の歌声。心が安らぐ歌声に、心と身体を委ねてしまう。
 
「あの、ガーベラ! お部屋が一つ余っているのです。よかったら、私たちの館に住みませんか?」

 トビィと共に唄を聴いていたアサギは、頬を朱色に染めて提案した。
 熱狂的な支援者となったアサギに戸惑いつつも、ガーベラは差し伸べられた手を阻まなかった。働き口は幾らでもあるが、慣れない土地では何かと不便。顔見知りがいてくれるだけで安心できるので、後方のトビィに目配せしてからはにかんだ笑みを浮かべる。

「私がお邪魔して問題はないのかしら?」
「はいっ!」

 ガーベラは、娼婦ではなく、歌い手として勇者の手を取った。

「では、お言葉に甘えて。掃除洗濯は任せて、料理も得意よ」
「やったー! あの、時間がある時に唄を教えてください」
「まぁっ、勇者に唄を教えるだなんて、そんなこと」

 無邪気なアサギは、正直苦手だった。しかし、好意は受け止めたい。彼女の口から出る言葉は本心だと分かっているからこそ、歯痒い。打算をし、仕事とはいえ嘘を言い続けてきた自分がより一層醜く思えてしまう。
 
「……この世界は光で溢れているのね。気を付けねば消されてしまうわ」

 自嘲気味に微笑んだガーベラは、手を引かれて館へ案内された。
 強い光で影が消えることはない。
 逆に、強い影が落ちる。

――駒は揃った、好機を逃してはならない。大丈夫だ、上手くいく。
――間違えてはいけない、間違えてはいけない、間違えてはいけない。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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