愁傷の中で

文字数 4,345文字

 リョウに支えられて歩くと、視線に飛び込んできたものが気になった。サーラが腰から下げている剣に釘づけになり、導かれるように静かに手を伸ばす。
 視線に気づいたサーラは、瞳を輝かせてそれを手渡す。

「重いですよ」

 受け取ったアサギは、しげしげとそれを見つめていた。確かに、想像以上に重い。長年使われているのだろう、装飾はところどころ剥がれたり欠けたりしているが大変質の良い剣に思えた。目利きなど出来ないが、一級品であることは間違いない。
 
「グラムドリング、といいます。アンリ姫の父上……つまり国王ですね、その方が扱っていた宝剣にございます。おこがましいとは思いますが、預からせて頂きました」
「そうなのですか、とても素敵な剣だと思いました」
「返さねば、と思いつつも……どうしても」

 苦笑し、再び腰に下げたサーラにアサギは微笑む。
 
「いえ、持っていてよいと思います。何処かに飾られるより、信頼した人に肌身離さず持っていてもらえたほうが嬉しいと思います」
「そうであればこの上なき幸せです」

 辛い思い出よりも、温かで優しい幸せな日々が心に大きく宿っていたサーラは、受け取ったこの剣を丁重に扱っていた。
 その剣は、あの日以来振っていない。ほぼ毎夜に刀身を磨いてはいるが、戦闘に使おうとは微塵も考えていなかった。
 剣の刻は、あの日で止まっている。国が魔族によって滅ぼされた際に、瀕死の国王から受け取ったそれ。これもまた、サーラの形見だ。
 戻るとトビィが手を振って出迎えてくれたので、アサギとリョウは礼を言い帰っていく。
 太陽が姿を隠し夜の帳が降りてきていた。流れ星が煌めいてトビィたちを誘う。
 魔族たちはその姿を見送ると、「明日から忙しくなる」と大きな欠伸をして床につくため帰宅した。
 しかし、いつの間にやら畑で眠ってしまっていたらしいラキは、今頃目を覚ます。

「ほわっ! 寝すぎちゃった」

 暗闇の中、慌ててサーラに会いに行った。アサギが居る時は遠慮していたが、いないならば会話しても問題ないだろうと。
 見つけたサーラは、オークスと話をしていた。その顔は今までと違い、生き生きとして活力に溢れている。その横顔に固唾を呑む。今までよりも美しく思え、それが酷く心苦しかった。あの笑顔にしたのは、突然現れたアサギだ。
 つまらなそうに石を蹴り上げ、ラキは戸惑いながら近づく。誰か声をかけてくれないかと、彷徨った。
 気配に気づいたオークスが、溜息交じりに名を呼んで手招きする。まるで今気づいた、と言わんばかりに大袈裟に飛び上がって跳ねながら近寄ってきたラキに、苦笑する。
 
「帰ったの、人間」
「人間、じゃない。アサギ様だ」
「人間じゃん」
「アサギ様、だ。人間の街で、ラキも逢っただろう?」

 言われて、ラキは大きな瞳を何度か瞬きする。本当に忘れていたのだ、アサギの事を。
 
「あ、ああああ! あの、ジッとあたいたちを見てた変な人間! ……って、でもさ。あの時はあたいと同じ黒髪だったじゃん、だから別人だとばかり。何、人間は、髪の色が自在に変わるの? 保護色?」
「いや、アサギ様は特殊なんだよ。保護色ではないと思うが……」

 騒々しい中星空を見上げたサーラには、髪の色など同でもよい事だった。
 
「アンリ。……アサギ様は、君かい? そうだとしても、そうでなかったとしても、私はあの美しく可憐な少女を護りたいと思ったよ。良いだろうか、君に誓いを立てておきながら、他の人間の少女に誓いを立てるなど許されるだろうか」

 想いを再確認したサーラの言葉など、聞きたくなかった。ラキに重く突き刺さったその刃のような言葉は、内臓を掻き回し口から引っ張り出そうとしている。
 アンリ姫の生まれ変わり、というだけでもラキには辛い。だが、そうでなかったとしても構わない、などと言われては泣くしかない。
 サーラは、アンリ姫以外を慕うことが出来たらしい。
 けれど、その心を動かしたのはラキではない。
 アンリ姫だけを想っていてくれたほうが楽だった気がして、ラキは何も言わず蝙蝠に似た羽を広げると家へと飛び立つ。飛べば、涙は下に零れていく。

「あぁ……。嫌だ」

 家に戻る事には、涙も乾いているだろう。情けなく吐露し、空を見上げる。
 流れ星が、一つ流れた。

 翌日は土曜日で、学校は休みだった。
 だが、アサギはそれどころではない。今日はトランシスに逢ってもよい日で、しかも丸一日一緒にいられる。
 早朝五時に飛び起き、早速弁当の準備をした。服は昨日用意済み、そして献立は考えてある。予定通り準備をしたら、笑顔で逢いに行くだけ。
 この間気に入ってもらえたので、今日もおにぎりにした。おにぎりは場所が違っても好まれるのだと、握りながら感心する。簡単なおかずもつくり、可愛いキャラクター弁当箱に詰め込む。
 肩が開いており大きなシフォンのリボンがついた大人っぽいニットに、花柄のミニスカート。トランシスに釣り合うように、試行錯誤した。

「これなら、大丈夫! 子供っぽくない気がするっ」


 家族は寝ていたので、小さな声で「行ってきます」と告げ元気よく異界へ向かう。
 天界城を経由し、惑星マクディのトランシスが待つ場所へと急いだ。不審な惑星へ出向くアサギに心配そうに声をかける天界人もいれば、はた迷惑だとばかりにあからさまに顔を顰める者もいた。
 それでも気にしない、トランシスに逢えるのだから。 

「トランシス!」

 出逢えた二人は、一ヶ月、いや、一年、数十年と離れていたかのように強く抱きしめ合う。互いの温もりと香りを確かめ、大きく息を吸い込み安堵した。これが現実だと解るまで、それは繰り返される。
 感動のあまり、トランシスは身体を小刻みに震わせていた。アサギは幻で、もう二度と会えないのではなどと杞憂を繰り返していた。
 やはり、捕まえ縛り付けておかねばならなかったのでは、と。
 
「足りない、足りないんだ、アサギ。もっと、アサギがここにいるっていう証拠が欲しい」

 言いながら軽々とアサギを抱えたトランシスは、いつものように自室へ連れていく。髪に顔を埋めて香りを思い切り吸い込むと、ようやく不安から解消された。僅かな間でも離れるのが嫌だったので、恥ずかしがるアサギを膝に乗せ、向かい合わせで食事をする。
 作ってきたおにぎりが、早速顔を覗かせた。軽く朝食を食べていたアサギは特に空腹ではなかったのだが、二口齧って美味しい、と顔を綻ばせたトランシスがそれを近づけたので口を開けて食べる。

「はむ?」

 これはおそらく、間接キス。
 気づいたアサギは一気に茹でタコのように赤面になったが、トランシスは気にせずに平らげていく。ふっくらとした白米と、絶妙な塩加減。

「あぁ、本当に美味しい……」

 愛らしいフォルムのそれは、今回もトランシスの心を射止めた。

「よ、よかったです!」

 にこやかに微笑むアサギを見下ろすと、ミニスカートから太ももが露わになっていることに気づいた。トランシスは気まずそうに眼を逸らし、必死に咀嚼する。見ていたかったが、今凝視すると余計なモノが膨れ上がる。
 だが、気づいてしまったので抑制が利かなかった。どうしても、目が追ってしまう。慌ててアサギを持ち上げると、喉が渇いた素振りをして歩き出す。離れていなければ、理性が崩壊する。
 大人しくその場に座っていたアサギだが、水筒も持参していたのでコップに注いだ。温かいそれから湯気が立ち上り、茶の香ばしい香りが部屋に漂い始める。
 アサギは火照った顔を鎮めるために、お茶を口に含んだ。茶の香りは、精神を安定させてくれる。少し落ち着いたので、トランシスが愛用しているテーブルや椅子を興味深く触り始めた。不思議な素材で、何か解らない。最初木製だと思っていたのだが、どうも触り心地が知っているものと違った。異界なので自分が知らないものなのだろうと、至る所に指を走らせる。
 テーブルの裏側を撫でた瞬間。
 
「いたっ」

 何かが刺さったような鋭い痛みが走り、悲鳴を上げた。
 その声に、どうにか欲望を治めようとしていたトランシスが慌てて駆け寄る。

「見せて」

 アサギの指先から血が吹き出している。トランシスは舌打ちし、テーブルの裏を覗き込んだ。忌々しそうに原因を睨み付け、自分の失態に舌打ちする。
 
「釘か……忘れてた、修理しようとしていたんだ。ごめん」
「い、いえ、大丈夫です」

 別に大したことはないが、血がぷっくりと指から溢れる。
 真っ赤に熟れた木の実のように、艶めいてそこにある。綺麗な赤で甘い香りがした。

「…………」

 トランシスは、引き寄せられるようにそれを口に含んだ。驚いて指を引っ込めようとしたアサギを力で押さえつけ、そのまま血を吸う。
 
「消毒させて」

 上目づかいにそう言われ、アサギは押し黙る。赤面し瞳をきつく閉じ、チュ、チュ、という、聞いていると恥ずかしくなる音に必死で耐える。
 トランシスの舌先が、卑猥に指を舐めた。傷口など舐めていない、指の形を憶えるようにして丹念に舐めている。震えるアサギを見上げ、瞳を細めて厭らしく笑う。
 
「アサギの血って、美味しいよね」

 以前も血を舐めたが、勘違いではなかった。アサギの血は、上等な果実酒のように芳醇だ。いつまでも、舐めていたい。
 というよりも、飲みたい。
 あどけなく微笑んだトランシスは、アサギの指を甘噛みする。
 
「もっと……飲みたいなぁ」
「血を……飲む?」

 血が飲みたい、などと無茶な要求をされたのは初めてだった。アサギは不安げに眉を寄せる。
 傷口から血が溢れ出たら、水で洗い消毒する。必要に応じて、バンドエイドを貼る。酷ければ、縫うことだってある。そういうものだと思っていた。
 トビィにも舐められたことがあったが、異世界ではこれが普通なのだろうか。
 アサギはどう返事をしてよいのか解らず、困惑して瞳を泳がせる。血が綺麗なものだとも、喉の渇きがなくなるとも、美味しいものだとも到底思えない。
 けれど大好きなトランシスがそう言うのならば、差し出したい。血を与えるくらい、自分にも出来る。
 
「そんなに悩まないで。アサギのことが大好きだからさ、オレ、もっと色んな事を知りたいんだよね。他の人が知らないことも……ね」

 無邪気に覗き込まれそう言われると、顔が熱くなる。興味を持ってもらえるだけで嬉しい。
 しかし、すぐに再び眉を顰めた。()()()()()()()()()()というのが、アサギには解らない。
 その言葉に大きな含みを持たせて言ったトランシスだが、本気で解らない様子のアサギに苦笑すると、怪我をした指を優しく包み込む。

「痛くない?」
「うん、へっき」

 はにかんで返答したアサギの髪を撫でると、反応し膨れていた下半身が治まっていた。


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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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