天界城の設備
文字数 3,116文字
「村には、もう何も」
アサギも控え目に告げたが、聞く耳持たず。ならば、さっさと出向いて確認してもらい、別の場所へ出向いた方がよい。
「融通のきかない石頭だな……」
諦め、トビィとアサギはやるせない気持ちで再び村へと戻ることにした。
静まり返った村周辺に、二体の竜は降り立つ。遅れて、ソレルも舞い降りた。周囲では鳥が鳴いており、無人である以外異常はない。
「念入りにどうぞ」
皮肉めいてトビィがソレルを一瞥するが、彼女は気にせずに村へと足を踏み入れた。
「報告によれば、地下にリングルス殿が捕らわれていたと。そこへ案内してください」
トビィは肩を竦め、アサギの手を取ると地下へ向かう。昨日と同じように入り組んでいたものの、所々が落盤している。
「おそらくここだ」
「ふむ……」
ソレルは神妙な顔つきで調査を始めた。
ふと、アサギは拾い上げた物を思い出し、慌てて駆け寄る。
「ソレル様、ごめんなさい。役に立つか分かりませんが、これを拾いました」
ハンカチから出てきた種子のような卵の殻のようなそれに、ソレルは瞳を細める。感触は、金属に思えた。
「リングルス様の体内から転がり落ちてきたものです。剣を突き立てて壊してしまいましたが……」
「何故もっと早くに教えてくださらないのですか! こんなに重要な事を」
「ごめんなさい」
後悔したようにうなじを垂れたアサギは、唇を真横に結んだ。非は自分にあるので、何も言い返せない。
「こちらで調査します。預かりますね」
「はい、お願いします」
呆れて多少苛立ち、ソレルはアサギを睨んだ。
流石にトビィが割って入り、アサギを背に隠す。殺気を含んだ瞳を向け、話すまでもないと口を結ぶ。
「おいで、アサギ」
柔らかな笑みを向け、トビィはアサギの肩を抱きソレルから離れた。言いたいことは山ほどあるが、これ以上話しても余計苛立ちが募る。極力接触しないように決め込み、狼狽している大きな瞳を覗き込む。
「次はどうする? ナスタチュームに会いに行くか、それとも、ライアンたちと合流するか」
アサギは一瞬言い澱み、上擦った声を出す。
「先に問題を片付けたいです。……合流しましょう」
アサギの頭部を撫でながら、トビィはソレルに視線を移した。彼女は懸命にこの空間を調査しているが、手がかりなど残っていない。
「まぁ、折角与えられた時間なのだから、有意義に過ごしたい」
不思議そうに小首を傾げてこちらを見ているアサギに艶っぽく微笑み、その場に座り込む。
「おいで」
優しく手を差し伸べアサギを膝に乗せると、その華奢な身体をマントで包み込んだ。互いの体温が混ざり合う感覚が、蕩けそうな程に心地良い。トビィは満悦の表情を隠さずに、瞳を閉じた。
「……破廉恥な」
甘ったるい空気が流れてくると思い盗み見たソレルは、赤面して床に目を落とした。色恋事に慣れていないので、こういった雰囲気は苦手である。心が乱され、目の前のことに集中できない。
「コホン」
無意味に、咳をする。そして、大人しく包まれているアサギに視線を流した。
勇者アサギは万能だ、他の勇者らとは格が違う。それは、驚異。異界の勇者の能力が恐ろしく、最近ソレルは畏怖の念を隠しながら語っている。その為、口調が先程のように荒くなってしまうのだ。本人にその気はないようだが、男を陥落させることに長けているように思えた。胸に疼くこの感情は、知らなかったもの。これは嫉妬なのか、嫌悪なのか。
地上には、傾国の美姫と呼ばれる者が時折出現する。巧みに位の高い男らを陥落させ、意のままに操る狡猾な女。人間はどこまで愚かなのかと鼻で嗤って文献を読んでいたが、いよいよ恐ろしくなってきた。
アサギの色香は、飛び抜けている。
「行きましょう、調査は完了しました」
「何か解ったのか?」
「いえ、何も」
悪びれた様子もなく淡々と告げたソレルに失望したトビィは、深い溜息を吐いた。
「オレ達はライアン達と合流する」
「宜しくお願い致します」
苛立ちを隠せず、アサギの手を強引に引いたトビィはその場を去った。
「解ってはいたが、時間の無駄だった」
「そうですね……。でも、私は嬉しかったです」
アサギがやんわりとそう告げたので、トビィは大きく息を飲み込む。
「……そういう台詞は余計な気を持たせる。気を付けろ」
「はい?」
トビィは眉間にしわを寄せて考えこんだが、意味を理解し開口した。
「オレと話す機会が欲しかったと」
アサギは嬉しそうに頷いた。
「です。……昨夜お話しようかと思ったのですが、考えてました」
「どうした」
アサギは一呼吸置いてから、唇を湿らせて話す。
「こちらの動きを読まれている……いえ、陽動ですよね、これ」
「だろうな」
「村も洞窟も囮であれば、私達は別の場所へ行くべきだと思うのです。ただ、何処へ行けばいいのか見当がつきません」
「本体は、目立たずひっそりと。それこそ、神の目にも映らないほどに」
トビィが忌々しそうにそう呟いたので、アサギも神妙に頷いた。思うことは同じだ。
「アサギはどうするべきだと?」
「クレロ様のもとへ戻ろうかと思います。新たな手掛かりがあるかな、って」
「成程」
「でも、みんなのところにも行きたい。心配だから」
トビィは軽く溜息を吐くと、アサギの頬を撫でた。
「では、こうしよう。オレが問題の洞窟へ向かう。アサギはクレロのもとへ。何かあったらすぐに呼べ、合流しよう」
「はい! ありがとうございます」
ここで、二人は一旦離れた。
アサギはデズデモーナを貸してもらい、彼と共に天界城へ戻った。そして、クレロを捜す。別件でも用事があるので、なんとしても会わねばならない。走り回って、ようやく見つけ出した。
「あの、クレロ様!」
「おや。どうした、アサギ。村の報告なら、ソレルから……」
「その件ではなく。……あの、今、何処かで別の問題が発生してませんか?」
「今のところは……」
不思議そうな顔をしたクレロに胸を撫で下ろしたアサギは、額の汗を拭う。
「では、質問してもいいですか? 図書室に入って調べたいことがあるのです、許可をください」
思いがけない発言に、クレロは瞳を丸くした。
「ほう、知恵をつけることは良い事だ。流石だね、アサギ」
感心したものの、アサギは瞳を伏せて申し訳なさそうにしている。
「図書室での閲覧は自由だよ、アサギは勇者だ。
そう告げられ、アサギの顔色が明るくなる。
「それから、えーっと、あの。……宝物庫のような場所ってあったりします?」
ぎこちなく問うアサギに、クレロは幾度か瞬きをした。
「あるが……それが何か?」
「珍しい物を見るのが好きなのです、美術品とか」
一瞬首を捻ったが、心が豊かな証拠だと解釈し大きく頷く。
「あぁ、観ておいで。アサギが来たら入室を許可するよう、警備の者に伝えておこう。ただし、
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑ったアサギに、クレロも満面の笑みを浮かべる。
会話を聞いていた天界人は、緊張した。どう見ても、勇者アサギを贔屓している。いや、溺愛している。天界人は美しいものを好む種族だが、「神もか」とげんなりした。鼻の下を伸ばしているようにしか見えず、関係性を危惧してしまう。
勇者アサギは、人間は無論魔王も、神ですら魅了する脅威。
「……待っててね、デズデモーナ、クレシダ、オフィーリア」
疑心暗鬼に陥り始め空気が澱む天界で、いよいよアサギは意を決した。