外伝6『雪の光』11:女達

文字数 2,685文字

 先代の王は好色家で、愛欲に溺れていた。彼によって造られた後宮には、現在も五百人以上の女達が住まう。彼女達は王の寵愛を受ける為に、必死に自分を磨いていた。
 
「いつも以上に、暇ね」

 花の蜜を顔に塗って沐浴していたミルアは、欠伸をしながらぼやいた。
 城に王がいるのだから、普段はこうもしていられない。今夜は誰が選ばれるのか、その話で後宮は持ちきりになる。王の気を引く為躍起になるのに、数日張り合いがない。
 というのも、王は一度も姿を見せなかった。

「あぁん、こんなに熟れた私の身体を放置なさるなんて!」

 ミルアは自身の豊満な胸を擦り持ち上げながら、唇を尖らせる。
 隣でユイは眉を顰め、そっと胸というには頼りない小さな膨らみを隠す。

「まぁでも、暇してるガーリアを見るのは滑稽で愉しいわね。見た? 表には出していないけれど、あの腹の底に逸物抱えた悔しそうな顔! 自分が呼ばれると思っていたのでしょうね、高慢な女」

 ミルアは、ガーリアを嫌悪していた。何もかも自分を上回る彼女に嫉妬しているだけだが、認めたくはない。

「……ですね」

 ユイは素直に同意出来ず、言葉を濁した。
 ガーリアについておけば良い思いが出来たのだろうが、生憎先に声をかけたのがミルアだったので、こちら側についている。女達の権力争いは凄まじく、常に嫌気がする。口を開けば、誰かの悪口。閉鎖された空間では、鬱憤も溜まるのである程度は仕方がない。しかし、彼女達の苛烈な争いは時に目を疑う。

「王が来ない間に、ガーリアを消してしまいたいわ」

 流石にそれは目立つ、とユイは頬を引きつらせる。名もなき女であれば、ひっそりと闇に葬ることも出来るだろう。しかし、ガーリアほどの女を消すのは幾らなんでも無謀である。

「そうしたら、王は私を指名してくださる」

 現時点でガーリアに負けを認めている発言に、ユイはあやうく吹き出しそうになった。大っぴらに知性のなさをひけらかすミルアを一瞥し、ほくそ笑む。

「そう思うでしょう、ユイ」
「えぇ、勿論。けれど、私から見ればミルア様のほうがお綺麗です。王は見る目がないのです」
「まぁ、ありがとう。お前はいつも当然のことしか言わないけれど、素直で良い娘だわ」

 振られたので、ユイは笑顔で同意した。ミルアを持ち上げておけば、自分は安全である。嘘八百を並び立てることにも、慣れた。

「あらやだ、噂をすれば」

 怒気を含んだ声色に、ユイはミルアの視線を辿った。
 そこには、うっすらと微笑み数人の女達と沐浴に来たガーリアがいた。流石姫君、気品溢れる凛とした立ち姿が美しい。豊満な胸にくびれた腰、張りのある尻。男受けしそうな見事な身体。王に寵愛を受けているのも頷ける。

「ご機嫌麗しゅう、ガーリア様。退屈でしょう?」

 よせばいいのに、ミルアが挑発する。ユイは頭を抱えて仕方なくミルアの後を追う。
 
「御機嫌よう、ミルア。そうね、後宮は“いつでも”退屈よね。けれど、退屈な中で愉しみを見出さねばやっていけないわ」

 穏やかな口調でそう返したガーリアは、それ以後開口しなかった。
 ミルアはつまらなそうに舌打ちし、顔面を覆っていた花の蜜を布で拭う。

「あんな女の、何がいいんだか」

 ユイは肩を竦め「ミルア様より、よっぽど」と言いたいのを必死に堪えていた。

 その日の夕刻、女達が食事を摂っているとお喋りな女官がやって来た。王の身辺について頑なに話さない女官もいるが、彼女は口が緩い。情報を得る為、彼女をもてなす。

「王は今夜も後宮へお越しにならないの?」
「そうでしょうねぇ、例のお人形に夢中でいらっしゃいますから。ただ、あの子。声が出ない欠陥品だそうで……何が愉しくて御傍に置いているのか」

 女官の発言に、女達はざわめく。

「声が出ない!? 寝所で啼けないということ!?」
「あぁ、成程。つまり、毛色が違うから珍しくて傍に置いていらっしゃるのだわ。ほら御覧なさい、直ぐに廃棄処分よ。どうなるのかしら、飽きられたらこちらへ投げ込まれるのかしら? 嫌だわ、そんな汚らわしい子と一緒に過ごすの」

 女達は下卑た嗤い声で、まだ見ぬアロスを罵った。

「…………」
「ならば、すぐにガーリア様にお声がかかりますね! 肌を磨いておきましょう」

 ガーリアは顔を歪めて他人を嘲り笑う女達を一瞥し、嫌気が差して早々に自室へと戻った。親しい者達に身体を揉まれながら、ぼんやりと天井を見上げる。
 正直、王が来ない方が後宮は平和だ。慌ただしく支度する事も、王の御機嫌をとることもしなくてよい。王の子を孕んだとしても、子を産むまでの間どんな嫌がらせを受けるか。しかも、王子でなければ意味がない。血と涙が入り混じるこの場所に入ったが最後、安息の日々はない。自分の身は自分で護るしかない、想像するだけで気が滅入る。
 数日後、許可を貰ったミルアはユイと数名を連れ立ってアロスを一目見る為にまずは図書館へ向かった。許可が出たとはいえ、行ける場所は限られている。
 さり気無く王の位置を尋ねつつ彷徨うと、中庭の方から愉し気な声が聞こえてきた。

「あれは……!」


 そこに居たのは、渦中の娘。
 純白の雪の中、飛び跳ねて遊んでいた。傍らにはそれを見つめるトシェリーがいて、ひどく穏やかな時間を過ごしている。

「な、何よ。子供じゃないっ」
「私と同じくらい……?」

 ミルアの唇が蒼褪め、ユイが唖然として声を絞り出した。
 アロスの美しさなど目に入らない。ただ、トシェリーの視線を一身に浴びていることは分かった。揺れている緑の髪を見て、腹の底が重く気味悪く蠢いているのを感じる。

「……帰るわよ」

 地を這う様な声を出したミルアに、ユイ含めた女達は硬直した。

「しょ、承知しました」

 今、彼女の機嫌を損ねてはいけない。震えながら大きく頷き、その場を後にする。今夜にでも、アロスに暗殺者が放たれそうな雰囲気を醸し出していた。

 女達は直ぐにアロスが飽きて棄てられると思っていたが、三十日経過してもトシェリーは後宮へ来なかった。無論、女達が呼ばれることもなかった。女官から「まだ人形を可愛がっておいでです」と報告を受ける度に、焦燥感に駆られた。
 もしこのまま、王が来なければ。後宮自体が解体され、路頭に迷うのではないかという危機感を覚える。解体されずとも、目的を失ってここで一生を終えるしかない。
 王に呼ばれなければ、二度と誰かと肌を重ねることもない。このまま、老いていくだけ。衣食住は揃っていても、異性との刺激的な駆け引きや快楽は得られない。寒気がするほどに退屈な日々が始まる。
 焦った女達は、王の気を引くことにした。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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