魔界の現状
文字数 3,222文字
統率者を失くした魔族らはどうしているのか。アサギは近づくにつれ緊張した様子で眼下を見やった。
「丁度良かった、状況が確認出来る」
「はい」
竜二体が上空を飛行しているのを見た魔族らは、すでにトビィが来たことに気づいていた。その為、降り立った二人のもとに多くの魔族が駆け付ける。
「トビィ殿、アサギ様!」
笑顔で出迎えてくれた彼らに胸を撫で下ろし、アサギはキュィを彼らに紹介した。
家がなくても森があれば生活できると言うキュィだが、一人では心細かろう。彼の保護を名乗り出てくれた魔族に、アサギは安堵の溜息を吐く。子供がいる家族だった、打ち解けて仲良く育ってくれることを祈る。
「頻繁には来られないけど、顔を出すね」
「うん! ワイは、アサギ様が来るのを待ってる」
無邪気な笑顔でキュィに告げられ、アサギは彼の頭を撫でた。見送った後、首を傾げる。
そういえば、何故キュィは自分を知っていたのだろう。
訊ねる事を忘れていた。次に会ったら聞く事にして、手招きしているトビィに近寄る。
キィィ、カトン。
「御久しゅうございます。お元気そうで何よりです」
好意的な魔族らの中には、見知った顔もあった。城内で働いていた者たちだろう、涙ぐんでいる。アサギとトビィは魔王アレクと親しく、信頼されていた人間だと周知の上。その中には、魔王戦でアサギに救われた者も多くいた。
二人にとって、魔界は特別なもの。改めて、深く息を吸い込んだ。
アサギは短期間だが滞在した場所であり、ここで魔法の能力を伸ばすことができた。
トビィにいたっては幼少から過ごしていた故郷。魔王ミラボーによってほぼ破壊されたと思ったが、美しく雄大な自然は半分以上そのままで安心した。
肺の中が緑の爽やかな香りで満たされる。
嗚咽を漏らし、それでも柔らかく微笑んでいる魔族らにアサギはもらい泣きをした。
「息災か」
感極まって言葉を詰まらせている魔族に、トビィが問う。彼らは大きく頷いた。そして、ポツポツと語りだす。
魔族たちは協力し合って復興に専念していた。とはいえ、指導者が不在。皆、己が生きていくだけで必死だった。その為、突風が吹けば崩れ落ちてしまいそうな城はそのままで危うい。怪我人や遺体の捜索は進めているが、難航している。
「当面の予定は、雨風凌げる家屋を作りつつ、放置されている遺体を埋葬することです」
「城をあのままにしておくのは気が引けますが……」
悔しそうに俯く魔族に、トビィは肩を竦めた。
「あれを再建するには専門職がいないと不可能だろ。だが、放置しておけば二次災害が起こりかねないな」
低く唸ったトビィに、アサギは神妙に頷いた。まだ瞼の裏に焼き付いているアレクの城は、荘厳で、ピラミッドしかり重機がないのにどうやって城を作り上げたのか謎だった。よって、建築に興味がある。是非とも、修復して欲しい。
トビィは腕を組み暫し思案していたが、提案を持ちかけた。
「人間が来ても構わないか? 魔族で建築に長けた人物なんぞ、オレは知らない。だが、人間なら」
「トビィお兄様、職人の知り合いがいらっしゃるのですか! 流石です」
「違う……アリナに募集をかけてもらうだけだ」
苦笑したトビィは、アサギの頬を撫でる。
魔族の中にも、建築に長けた者がいるはずだ。でなければ、城などない。しかし、名乗り出る度胸がないのか、巻き込まれて命を落としてしまったのか。このままでは復興の目処が立たない。
ならば、今こそ他種族に協力を求めるべきではと思った。
「そのような方がいるのであれば、是非」
持ちつ持たれつの世の中だ、魔族はトビィの提案に食いついた。あとは人間の中に“城の建設に長けており、魔界で魔族に混ざり生活ができる度胸がある者”がいれば問題ない。
魔族らは友好的だが、人間はどうか。おそらく、怯えて拒否をする者が多いだろう。
「期待しないで待っていてくれ」
眉間に皺をよせたトビィだが、小さいながらも希望を見出した魔族らは笑みを浮かべる。
「もし、この魔界で人間と魔族が一緒にお城を造ったら。それこそ、アレク様が望んだ世界だと思います」
「そうだな。夜空の下で酒を飲み交わす未来もあるかもしれない」
ならば、やるしかない。それが魔王アレクへの餞となる。
「あのぉ、それで、ご相談が。次期魔王ですが……」
躊躇いがちに言い出した魔族の一人に、トビィは瞳を細めた。
「アレク様に従兄弟がいらっしゃることは存じております。しかし、王家の血筋とはいえ見ず知らずの御方に王位に就かれますと、些か……こう、なんといいますか、釈然としないものがありましてですね。いえ、正統な御方ですから、訝しむ必要はないのでしょうが、その、ええと」
言葉を濁す魔族は、それ以上何も言えず俯いた。
それは、ナスタチュームが懸念していたことだ。
「やはりそうなるか」
気持ちは解らなくもないので、トビィは同情するような瞳を向ける。
「それで、つきましては。……次期魔王様について御助言をいただきたく」
魔族は、縋るような視線で二人を見つめた。
「ナスタチュームと生活してみるとよい。それで信頼出来たのなら、奴に任せるだけの話。無理だと判断したならば、選挙を行って新たな王を立てればよいと思うが」
「あ。はい、そうですね、そうですよね……。そう、なりますよね……」
煮え切らない態度の魔族に、いよいよトビィは自分の勘が当たっていることを確信した。避けて通れぬ道だ。
「早急に、上に立つ誰かが欲しいんだろ? 現時点で最も信頼できる者で」
観念したようなトビィの言葉に、魔族たちは一斉に大きく頷いた。二人を羨慕していることなど、明白だ。
倦怠感で気分が憂鬱になったトビィは、アサギを憐れむように見下ろす。
「そういうことだ、どうするアサギ」
「……え?」
意味が解らず、アサギはきょとんとして首を傾げた。
「あ、まさか」
「その
魔族たちは、アサギとトビィに行く末を委ねた。
ナスタチュームの言う通りに事は進んでいる。一刻も早く善処せねば、身動きがとれなくなる。どちらかが、魔族の長にならねばならない。
集落に招かれた二人は、簡素ながらも手厚い歓迎を受けた。ここは港だった場所だ。魔王ミラボーが暴れた際、停船していた船で人間界へ逃亡した魔族も僅かながらに戻ってきているらしいが、寂れている。
以前の賑わいは、忘却の彼方。
海岸で獲れた貝類に酒をふりかけ、豪快に焼く。用意されたもてなしを有り難くいただきながら深く腰を下ろした。熱く香ばしいそれを口に入れ、鼻腔に広がる潮の香りを堪能すると若干気分が落ち着いた気がする。
「交換条件だ。誰か“破壊の姫君”について何か知っている者はいないか」
徐に口を開いたトビィに、アサギが驚く。まさか協力を頼むとは思っていなかった、混乱を広げてしまうそうな危うさに狼狽する。
しかし、トビィはアサギを抱き寄せると不敵に笑った。そして、ざわめく魔族たちを見渡す。
その反応は、予想した通り残念なものだった。演技ではなく、本当に何も知らない者ばかりだ。瞳を見たが、隠している者はいないだろう。
「申し訳ありません、全く存じません」
人間界にのみ蔓延っている邪教ということは確信した。僅かだが、収穫だ。
「そうか。もし何か掴んだら、すぐに教えてくれ」
「かしこまりました。ところで、それは一体何者なのです?」
不思議そうに訊ねてきた魔族に、ちらりとアサギを見てからトビィは皮肉めいて笑う。
「さぁな、オレも知りたい」
「さ、左様でございますか」
「言える事は、人間界で密かに勢力を伸ばしている邪教が掲げる美しい女らしい」
ざわめく魔族らを一瞥し、トビィは瞳を細め思案しているアサギを見つめた。
神が懸念している通り、本当に彼女が破壊の姫君なのだろうかと。
「アサギは、アサギだ」
馬鹿らしくなり、疲弊して呟いた。