勇者の疑問
文字数 4,591文字
確かにアサギは、よく笑った。哀しむ事よりも、楽しい事のほうが多かった。
……勇者の要で間違いないわよね、この子こそが。
マダーニは拍手をしながら、鋭利な瞳でアサギを見つめる。反応が他の勇者に比べて適切で速い、肝が据わっているし、状況把握も完璧なようだった。知りたいのは現時点での戦闘能力である、それによって教える科目が異なる為だ。しかし、それは阻まれた。
「歳は?」
アリナが口を開き、にっこりとアサギに微笑む。
「えっと、今は十一歳です」
「若いなーっ、ボク、アリナ。君みたいな可愛い子と旅が出来てうれしーよ。ボクが全力で護るから、よろしくね。マダーニ、この子にはボクが専属でつくよ。いいでしょ?」
四つんばいで馬車を移動し、アサギの目の前へ行くと頭を撫でた。それはもう、過剰に。愛玩動物を愛でているような、そんな雰囲気だ。確かにアサギは、小動物っぽい雰囲気を持ち合わせている。
困惑した顔でアサギは大人しく撫でられている、どう対応してよいやら分からないのだ。校庭でのアーサーの件もあるが、異世界の人々はスキンシップが好きなのだろうかと勘繰りたくなる。地球も、国が違えばキスも平然と行う。慣れ親しんだ環境から放たれるのは、多少なりともストレスを感じる。
「アハッ! 近くで見たほうが、ボク好みで可愛いやー」
と嬉しそうに呟き、アリナはアサギの頭部から徐々に下に手を伸ばし、肩に腕に、ついには露出している太腿を触り始めた。これは流石に、アサギも身じろぎするしかない。
「……あのさ、アリナ。貴女好みなのは解るんだけど、大事な勇者ちゃんに手を出さないでね?」
「だいじょーぶだよん。女同士の絆を深める大事な大事な愛撫だから」
「あ、愛撫!」
マダーニに腕を引っ張られ、アリナは不服そうに唸りながらも、アサギに流し目しつつ片目を瞑った。乾いた笑い声を出し、手を振ってみるアサギ。
「気をつけて、アサギちゃん。アリナは獣よ」
「け、獣? えーと、どう気をつければ良いのでしょうか」
「決して一人にならないで。……喰われるわよ」
「!? 喰われてしまいますかっ」
喰われる、の意味をアサギはイマイチ把握していないが、良くないことは感じ取ったので身体を震わせた。
アリナは、悪びれた様子もなくアサギを尚も視姦し、にこやかに手を振る。彼女、見ての通り同性愛者である。
「こほん……さ、自己紹介を再開しましょ。お次は?」
「あ、じゃあ俺が。俺は朋玄。アサギと同じで惑星クレオの勇者らしいです。現在十一歳。預かった大事なこの剣に相応しい勇者になろうと思います」
「トモハル君、ね。了解。ところで、勇者ちゃん達は全員顔見知りなわけ?」
「あ、そうです。友達です」
先頭で馬車を操作していたライアンが何か叫んでいたので、サマルトが代わりに言葉を挟んだ。
「ライアンさんが、トモハルの剣の名前は“セントガーディアン”っていうって叫んでるけど」
セントガーディアン、判明した名を誇らしげに呟きトモハルは徐に剣を取り出すと、そっと引き抜いて輝きを見つめる。そういえば名前は神聖城で聞いていなかった、自身の武器の名を知り、興奮度が増す。
「アサギの武器の名前は何だろうな? 俺と対だし、似た名前の武器かもね」
「そうだね、楽しみだね!」
喜色満面の二人は、生徒会でも一緒で気が知れた仲だった。この状況でも余裕があることが窺える。残された勇者達は、自己紹介、という自分を押し出す事が苦手だというのに。
面白くなさそうに、実は二人を見つめてから舌打ちをした。何に苛立っているのか、自分でも解っていない。複雑な心境の彼は、そっぽを向く。
「変な名前。武器っぽくねーじゃん。武器といえばエクスカリバーとか、那須与一の弓とか、グングニルの槍とか、草薙の剣とか、三日月宗近とか……」
「めっちゃ固有名詞が出たね。異世界だから、そういうのは無いんじゃない?」
素直に羨ましいと言えず悪態をつく実の隣で、小言が聞こえていた健一が呆れかえって茶々を入れた。
「でも、セントガーディアンだって英語だろ? だったらゲイボルグとかロンギヌスとかもあって良さそうじゃん? 俺の武器はインドラの矢とかでいいや」
「あれ、そういえば英語っぽいねトモハルの武器……。え、どういうこと?」
小声で会話している二人を、大樹が無言で見つめている。話の輪に入りたいものの、途中からついていけなくなってしまった。
サマルトが再びライアンからの伝言を聞いたようで、声を張り上げる。
「そのトモハルの所持している“セントガーディアン”は、護るべき者が増えれば増えるほど、力を増していくという剣だと言い伝えられているらしい。惑星クレオの勇者のみが扱うことの出来る所謂“神器”で、他にも特殊効果があるってさ。属性は光、慣れてくると呪文発動の糧にもなるそうだ……え? 何? ……この程度しか解ってないって。後は使っていくうちに、トモハル自身がその剣の価値を見出すしかないようだな」
「ライアンさん、詳しいなぁ」
ぼそり、と呟いたトモハルの独り言に、ライアンが大声で叫んだ。この言葉はサマルトを介さなくても、皆に届いた。
「オレは一応元騎士なんだ、趣味でそういった武器の事を調べた時期もあったんだよ」
つまりは、武器マニアだったのだろうか。元、という点が気になったが、あえて皆口には出さなかった。
マダーニが視線を移す、次は。
「私は友紀といいます。アサギちゃんとは親友です。惑星ネロ? の勇者みたいです、よ、宜しくお願いします」
周囲に聞こえないような小さな声で、顔を赤らめながらアサギの服にしがみ付き、友紀は告げる。
勇者というよりは、囚われの姫役のほうが似合っている気もするのだが、石に選ばれたのだし彼女にも秘めたる力があるに違いない……と、皆が思い込むしかなかった。震えている友紀に、不安を覚える一行である。
「ユキちゃん、ね。了解。じゃあ次は同じネロの勇者ちゃん、よろしくね」
マダーニが実に視線を移したので、全員そちらを見つめた。勇者の中で一人だけ雰囲気が違うので、皆も気になっていた。
実はあからさまに不機嫌で、腕を組みながら暫しの沈黙後、ようやく重たい口を開く。
「名前は、実……」
それだけであった、実に簡潔な自己紹介である。実にしてみたら、言うことが特になかっただけだ。しかし笑顔を見せるどころか視線を誰とも合わせず、下を向いたままの横柄な態度に特にアーサーが嫌悪感を抱く。全く持って協調性がないと判断した。
不穏な空気を読み取り、慌ててトモハルがフォローに入った。
「俺の幼馴染で、ええと、口が悪いんだ。態度も悪いけれど、強がりだけは一人前で」
「うるせぇっ!」
「えー、ホントのことだろ」
「お前はイチイチ、口を出すなっ」
馬車の中で片膝立て言い争う二人を見つつ、解ったことは“この二人の仲が悪い”ということだ。仲が悪いのか、反して仲が良いのか。一緒に勉強させないほうが良いのか、それとも刺激させるために敢えて一緒に勉強させるべきか……マダーニは眉間に皺を寄せる。
言い争う二人を尻目に、淡々と語りだしたのは大樹である。聞くに堪えなかったので、自己紹介の流れに戻すことにした。気を利かせたつもりだった。
「チュザーレ? ……の、勇者らしい大樹です。どうぞよろしく」
困惑気味にそれでも落ち着きながら語った、大樹。様子を窺うように、マダーニを見つめる。
「よろしくね、ダイキ君。君が一番大人びてる感じね。……みんなと同い年よね?」
「あ、はい。歳は一緒ですね。まぁ、良く大人っぽいとは言われます。そう言われるのが苦手ですけど」
身体つきもだが、口調が浮ついた感じがしない為、他の勇者よりもニ、三歳ほど年上に見えた。
「最後は僕かな。健一です、よろしく。惑星ハンニバルの勇者です」
ダイキの影から顔を出して、にっこり笑う健一に、人懐っこそうな印象を皆は受けた。
「はい、よろしくケンイチ君。君はなんだかすばしっこそうだわ」
「うん、足なら自信があるよ。サッカー部だから」
「……さっかー?」
「あ、そうか、この世界にはサッカーないんだ」
ケンイチは説明に困り果て、トモハルに助けを求めた。トモハルとミノルも、同じサッカー部である。サッカーを知らない日本人などいないだろう、訊ねられたことなどない。
「えーっと、二つのチームに分かれて、ボールを蹴りあいながら敵のゴールまで運ぶゲーム……みたいな感じ? ボールっていうのは、丸くて跳ねるやつね」
急に振られたものの同じく『サッカーの説明』などしたことがなかったので、トモハルは首を捻りながらなんとか口にする。大体ルールがわかっているならば詳細を話せたが、無知の状態で教えることは困難だ。
まず、ボールの説明が最大の難関であった。球体だが、ゴムで出来ていると一言で片づけても無理がある。
「そのぼぉるっていうのは生物?」
「違います、人工物です」
「でも、跳ねるんだろ?」
「何かに当たると、ぼよんと跳ねます」
「……何それ、気になる!」
興味津々のアリナに、勇者達はたじたじだ。実際ボールがあればよかったのだが、生憎持っていない。勇者達は口々に身振り手振りで懸命に話すが、埒が明かない。
苦笑いしつつ、マダーニがそれを制する。
「そのうち、実演してみてちょーだい。さ、勇者ちゃん達の自己紹介は終わりね。軽くまとめるわよ? 勇者ちゃん達は、みんなお友達。お友達ならば助け合い、励ましあいながらこれから頑張っていけるわよね。
ネロの勇者が二人で、ミノルちゃんと、ユキちゃん。
ハンニバルの勇者が、ケンイチ君。
チュザーレの勇者が、ダイキ君。
クレオの勇者が二人で、アサギちゃんと、トモハル君。
さぁ、何か質問のある人いるかしら?」
「え、なんで俺だけ“ちゃん”づけなんだよ」
鋭い突っ込みを入れたミノルだが、マダーニには無視された。
マダーニが全員の顔を探るように見渡し、瞳を光らせる。すると、控えめにアサギが手を上げた。
「ひとつ、気になっていたのですが……」
表情が曇り、困惑気味にマダーニを見つめる。
マダーニは優しく頷いた、質問が上がるということは、話を真剣に聞いて理解した証拠でもある。質問してくるのならこの子だろうな、と思っていたのでマダーニは大して驚かなかった。
「どうぞ、アサギちゃん」
「あの……ネロの人はいないんですよね、ここに」
誰しもが一瞬は思った事だった。
「ネロの人は来ていないのに、何故石が存在して勇者が二人もいるんですか?」
「ソレを言うなら、どうしてケンイチとダイキは一人なのか、も気になるな」
「やっぱりトモハルもそう思った?」
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2021.01.14
白雪さまから頂いたアリナのイラストを挿入しました(*´▽`*)
かわわわわ!
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