堕ちた召喚士

文字数 8,756文字

 太古、この惑星ネロで人間と幻獣が共に暮らしていた時期があった。
 遥かに人間を凌駕する魔力を持ちえている幻獣達を、人間は神の遣い、いや神そのものとして崇め祀った。
 火を司る竜族は、寒くて凍えている山奥の人間の為に暖かな火を与えた。その村の中央には絶える事がないように、村人が感謝の意を篭め、日中夜問わず薪をくべた焚き火があった。各々、そこから有難く火を松明に受け取り、家に持ち帰って使用した。
 水を司る竜族は、日照りが長く続く乾燥した大地を訪れ、その力を持ってして砂漠に湖を出現させた。渇きを潤し、人間達は拝みながらそこから水を汲み、命の糧とした。
 風を司る羽翼族は、谷の奥底の淀んだ空気と鉱山から洩れた、有毒ガスが蔓延する場所を訪れた。風を吹かせ、瘴気を払い、毒気にやられ瀕死の人間達を救い出した。その羽翼族に皆の身体の不調を説き伏せられ、感謝の涙を流しながら人間達はその場所から離れ新たな部落を作った。せめてものお礼にと、木の実や花々を供えて皆で感謝の祭りを開く事が風習となった。
 土を司る小人族は、荒れ果てた大地で餓える人間達を救おうと、懸命に土地を耕した。肥料のやり方、水の撒き方を説き伏せ、新たな生命を土から生み出した。作物に恵まれた人間達は豊穣祭を毎月開催し、恩恵を有難く戴いた。
 問題が起きれば相談し、快く幻獣達は応じて知恵を授けた。尊敬と畏怖の念を心に抱きながら、一歩下がって人間達は接する。
 互いを尊重し、歩み寄る。共存する時代は、確かにあった。
 暫くして、生活が豊かになった人間達は当然人口を増やしていった。増えれば増えるほど、些細な事で諍いが起きた。
 心が、貧しくなってしまった。感謝の念を手放し、些細なことで癇癪を起した。
 誰かがやるだろうと、感謝の火に薪をくべる者が徐々に減り、火はついに途絶えてしまった。けれども、皆は家に火を持ち帰り独自で使っていたので困らなかった。
 砂漠の湖に大きな街が出来たが、旅人達はその水を飲む為に高い金額を払わねばならなかった。金がなければ、直様砂漠に放り出されて命を落とした。湖はいつしか、金の道具になっていた。
 山から溢れ出る瘴気の奥底には、金銀財宝が眠っていると欲深な人間達は思案し、僅かな金で他の部落から労働者を呼び寄せると、羽翼人の忠告も虚しく再び死の山へと意気込んで入山した。欲に目が眩んだ者達は、感謝の祭りなどとうに忘れていた。
 豊穣の大地は貧困とは無縁だったが、互いに土地を大きくしたいと日々いがみ合い、毎日争いが続いていた。殺してでも土地を奪い、収益を上げようという者で溢れ返った。争いで、稲穂には鮮血が飛び散った。
 幻獣達は、あまりの惨劇に目を背けた。
 なんという浅ましいことだろう、それもこれも、人間達に手を貸したのがいけなかったのだろうか。善意で行ったことが、全ての過ちだったのか。
 幻獣達は幻滅し、ひっそりと人間達の前から姿を消した。そして、人間達では到達出来ない凍て付いた大地で暮らす事にした。
 けれども、人間の中にもまだ善悪の区別がつく者達が若干存在した。
 彼らは幻獣達に感謝の気持ちを忘れないようにと、簡易な祠を密やかに創り上げ、質素ながらも心を籠めた食べ物や花を供えて祈った。

『あぁ、申し訳ありません。愚かで卑怯で、恐れを知らぬ人間です。ですが……どうか、私達を見捨てないで下さい』

 そんな人間が気の毒で哀れで、何体かの幻獣は各地に残るその人間の傍を離れなかった。
 後に、その人間達が“召喚士”と呼ばれる職業に就く。
 幻獣と心を通わし、懸命に人間の驕りを正そうと訴え続ける人間。その人間に危険が及べば、幻獣らは黙っておれず、直様援護に向かった。
 召喚士の人数は、圧倒的に少なかった。微力だった。
 やがて、召喚士に従う幻獣に目をつけた人間が出てきた。その力を持ってすれば、一つの村などいとも簡単に廃墟と化すことを知っていた。千の人間より、一の幻獣。
 生まれたばかりの我が子を人質に捕られた召喚士は、手に足に鎖を架せられ、号泣しながら幻獣を使役した。我が子を見殺しにすることは出来ず、神と崇める者を殺戮の道具としてしまった。
 憐れな境遇の召喚士に応え、不本意ではあったが幻獣も愛する召喚士とその子供の為だと、力を振るった。
 一つの例が、一気に広がる。
 目の色を変え、『幻獣をは使役すべきだ』と、欲に目が眩んだ者達は召喚士達を片っ端から捕らえた。幻獣に対抗出来る人間など、存在しない。ならば、目には目を、歯には歯を。幻獣には、幻獣を。
 くだらない人間の争い事には加われないと、一家で心中する召喚士もいた。だが、半数以上は家族を人質に捕られてしまい、否応なしに奴隷と化してしまった。
 心中した召喚士と共に居た幻獣が単独で飛び出し、懸命に他の仲間にこの場所は危険だと伝えて駆け回った。そして、最悪の事態を伝える為に、幻獣達が暮らしていた永久凍土に着いた頃、すでに世界は幻獣を利用した戦争で溢れ返っていた。

 ……もう、人間とは暮らせない。

 皆は同意し、幻獣達は移住することとなった。本来彼らの故郷はここではない、別の惑星である。
 “召喚士”という職業がなかった頃。まだ、人間が純真で見返りを求めず、強欲さとは無縁で、ただ自然を敬うだけだった時代に、他の惑星に住んでいた幻獣が興味本位でこちらへと転移してきた。

 ……故郷に、帰ろう。

 しかし、囚われ使役されている仲間達を救出する為に、何体かは人間達に歯向かった。人間の力は幻獣達に比べれば無力であった為、例え人間を殺害することになったとしても仲間達の救出を優先した。
 先に故郷の惑星へと戻った幻獣達は、仲間達の帰りを待ち侘びた。だが、一向に帰っては来なかった。その後、誰しもが戻らなかった。あの永久凍土に足を踏み入れ、皆の魔力で創り上げた祭壇にて詠唱さえすれば、戻れる筈だった。
 難しいことではない。
 問題が起きたのだと、焦燥感に駆られ一体の若い幻獣が人間の住む惑星へと戻った。皆に止められたが、振り切った。彼は、血気溢れる正義感の強い男であった。 
 到着した場所は、以前と変わらぬ永久凍土の祭壇。この場所が破壊されていないのであれば、仲間達を呼べば直様戻る事が出来る。若者は、仲間を連れ戻す為に飛び出した。
 やがて、そんな彼が見たものは。
 同族の幻獣が先頭に立って戦っている、人間達の戦争だった。仲間達は兵器扱いされており、同族で戦う阿鼻叫喚図が広がっていた。
 混乱した彼はあまりのことに直様身を潜め、情報を集めるべく水面下で駆けずり回った。仲裁したい気持ちが逸るが、身体に己の爪を突き立て堪え、原因を突き止めようとした。万難を廃して進む為にはそれしかない。けれども、仲間達は普段頑丈な檻に入れられ、見張りがついている為会話すら出来なかった。
 何故、こんなことになってしまったのか。
 単独で調査していた彼だが、ある日、水と火の竜が戦っている際に割って入ってしまった。水の竜はすでに瀕死の状態で、これ以上傍観することは出来なかった。

「何をしているんだ! 人間など見捨てて、戻ろう!」

 同族の姿を見た水竜は、一瞬瞳に涙を浮かべて嬉しそうに頷いたが、こと、切れた。死を嘆き悲しみ、弔いの言葉をと思ったが、全身に鋭い痛みを受け空中で吹き飛ばされてしまった。

「早く還れ! 二度と来るでない、立ち去れ、逃げろ! 頼むから!」

 火竜の尾にて強打されたらしい、怒鳴る火竜を唖然と見つめていると、その若者の身体はまるで鎖で縛られたかのように硬直した。一際鋭い咆哮をあげ、火竜は再び若者を弾き飛ばそうと突進したが、その身体も硬直した。
 動きたくとも、動けない。
 全く身動きがとれず、若者の背を汗が伝う。初めての拘束に、一気に肝が冷える。

「リングルス=エース……ふむ、活きの良いのが手に入った」

 自分の名を呼ぶ声がして、そちらを向くと、漆黒の頭巾を被った人間が残忍そうな瞳でこちらを見ていた。脆弱な人間が放っているとは思えない程禍々しい気を受け、本能的に威嚇する。
 顔が見えないとしても、声から察するに人間の男。

「成程、猛禽類の翼を持つ飛行型の幻獣か。どれ、どのような攻撃があるものか、試してみよう」

 若くして単独で飛び出した、幻獣リングルス。身動きが取れぬまま、人間達に四方を囲まれた。
 何故動けないのか、理解が出来なかった。地面に転がっている事切れた水竜の屍を無下に乗り越え、人間達がやってくる。幾度も踏まれた水竜は当然汚れていった、死を冒涜する人間に憎悪の念を抱く。

「さて、では水竜も死したことであるし奴らに止めの追撃でもするか。さぁ、行くが良い、リングルス」

 漆黒の男が右手を振り上げると、リングルスの身体が解放される。
 だが、自分の意思とは正反対に、身体は別の行動を取ってしまう。目の前の人間を殺したいのに、視線が遠き、水竜の屍の向こうにいる人間を睨んでしまう。懸命に頭を振り抵抗をするが、本当に殺したい人間が目に入らない。
 愉快そうに、高笑いをしながら漆黒の男が近寄ってきた。

「納得出来ずとも、リングルスよ。そなたは、我が使役するただの兵器と化した。真名を手に入れさえすれば、獣などこの通り」

 後方で火竜が哀しそうに吼え、リングルスはようやく最悪な事態を把握した。

「外道め。貴様……召喚士の末裔かっ!」
「左様。大人しく使役されるが良い。どの程度の戦闘能力があるのだ? 早く見せてみろ」

 幻獣達と共に居た人間の善なる召喚士は、恭しく彼らの真名と共に、感謝の気持ちを述べた。地方によっては、詩とした。
 幻獣達を使役出来る唯一の方法、それは、彼らの名前を正式に把握すること。
 普通の人間は、幻獣の名前など知らない。だが、召喚士ならば名を知っている。男の手には、何やら紙の束が抱えられていた。

「まさ、か……」

 震える声で呟いたリングルスに、男は誇らしげに紙を掲げる。

「召喚士を片っ端から探し出し、知り得ている幻獣の名を吐き出させ、こうして書き出した。特徴もな。お前は西の山奥に滞在していたようだな?」
「た、たったそれだけ!? それだけで人間が、神だと崇めた私達を使役するというのかっ!?」

 驚愕の事実に、リングルスの目の前が真っ暗になる。

「あぁそうとも、それだけだ。お前達が思っている程、我らは非力ではないのだよ。まぁ、力こそないものの、有り余っている生命力と剛力で筋肉達磨のお前達とは違い、我らは……頭の出来が良い。真名、というものが如何に重要かなど考えもしなかっただろう。さぁ、お喋りはここまでだ。一刻も早く目の前の人間を一掃しろ。時間の無駄だ、兵器に事のあらましを述べたところでなんになる」

 召喚士が半ば面倒だというように手を振り上げて下ろすと、リングルスの身体は意思とは逆に、前方の人間へと向かっていく。
 抵抗出来なかった。屈辱だ、これほどまでの苦渋を舐めるハメになろうとは思いもしなかった。八つ裂きにしても足りないほどの下劣な人間に、愛する仲間を、そして自分を蔑まれた。
 人間に従うしかないのであれば、いっそのこと殺して欲しい。

「新手だー! 別の兵器が来たぞーっ!」

 人間達が、無様に喚いている。リングルスは俊敏さに長けている。逃げ惑う人間達を、宙を舞うように鋭い爪で切り裂いていく。弓矢が降ってきたが、上手く避けながら人間の首を刎ねた。

「はは、なるほど切り込みに使えるな! 素晴らしい戦力だ!」

 召喚士は、意気揚々とリングルスを見下ろす。

『真名が判明すると、捕らわれてしまう』

 真相を突き止めたが、囚われの身。
 敵の軍隊を全滅に追いやったリングルスは檻に入れられ、同じ様に隣の檻で項垂れていた火竜とようやく再会出来た。無傷ではなかったので互いに血が流れ出ているが、人間が手当てするはずもない。これでは、屈強なものでもいつかは弱って死んでしまう。

「これ以上、仲間が助けに来なければよいが」
「人間と違って、幻獣は情に厚い。リングルス、お前の様にこれからも誰かが助けに来てしまうだろう」

 解りきっていたことだったが、二人は落胆し、涙を流した。
 だが、皮肉にもリングルスの目的は明確となった。あの名前を連ねてある紙を、燃やしてしまえばよい。そうすれば、新たな犠牲者を出す事だけは防げる。
 だが、どうやって。
 自分の意思で動く事が出来ないので、目の前に紙があるのに手を伸ばすことが出来ない。もどかししくて、発狂しかける。おそらく、人間が戯れにわざと紙を見せつけているのだ。翻弄されていると解っている、苦渋を舐めさせられ、自尊心が砕かれる。
 やがて、二人の予感は的中し、何体かが仲間を救うためにわざわざやって来た。飛んで火に居る夏の虫とはこの事だ。
 人間達は、新たに姿を現した幻獣の真名を知る為に躍起になった。片っ端から書物に連ねてある名を読み上げ、該当しなければ、すでに捕らえている幻獣を拷問にかける。彼らが仲間を売ることは無い。しかし、火炙りにされている仲間を助けたくて、別の幻獣が名を教えてしまう時もあった。
 人間達は、情に厚い幻獣を把握していた。人質をとってしまえば、怖いものはない。
 
 ……誰か、この悲惨な連鎖に気付いてくれ。頼むから、誰も来ないでくれ。

 幻獣達は、必死にそう願い続けた。
 やがて、不審に思い永久凍土にあった祭壇を破壊し、全てを遮断した幻獣が現れた。
 祭壇を破壊してしまえば、あちらの惑星からはもう来る事が出来ない。無論、その幻獣とて戻る事は出来ない。だが、それを覚悟で土の小人は一人、祭壇を破壊した。
 そうして使命を全うしたかのように、そこで息絶えた。
 けれども、人間は欲深い。幻獣とて、永久の命を持っているわけではない。消耗品として彼らを使役していた為、戦を重ねる度に減少していった。
 幻獣らはそれでよい、と思った。
 リングルスはまだ致命傷は受けていないものの、火竜は長く捕らえられており、楯として人間の前に立たされていたので、身体には幾つもの矢や剣、槍が突き刺さっている。その中には、毒が塗られているものもあった。
 もう、長くは無い事を二体は知っている。
 治療など誰も施してくれないので、日々衰弱していく一方だった。それでも、戦が始まれば身体を引き摺って戦闘に立たねばならない。
 だが、死したほうがよいのだと諦めの色が顔に浮かび、死ぬ事が永遠の幸福であると思い始めていた二体は、もう、どうでも良かった。
 どのみち、もう自由になることはないのだから。すでに、死んだも同然。死は、恩恵。
 反して、人間達は焦っていた。
 このままでは、兵器が消え行く定めである。増やさなければ、戦争に勝利することが難しい。今更人間同士で戦いをするのは、まっぴらごめんだ。
 絶滅せぬよう、何度か幻獣の子を作るべく生殖行為をさせてみたのだが、上手く産まれて来たのは数体。おまけに、名前は親しか決められない。名付けた親に吐かせようと命令すると、我が子を守ろうとその幻獣は信じられない力で抵抗した。中には子の名を言わされてしまったものもいたが、両親から取り上げ、人間の手で育てようとした為、途中で死んでしまった。

「これでは、兵器が消えてしまう!」
 
 自分達が最も安全で、かつ、強力な兵器である幻獣。
 やがて人間達は、召喚士の名の通り、行方をくらませた幻獣達に目をつけ呼び寄せる方法を編み出した。全く持って、愚かな事に時間と能力を費やしている。そんな暇があるなれば、人間達の手で世界を纏め上げるという法案が出なかったものだろうか。
 残念ながら、領土拡大、絶対的な権力と栄華という強欲な夢に溺れていた人間にとって、和解だの、自らが剣を手にし兵器とされた幻獣に頼らない戦争など、もはや過去の遺物でしかない。
 昔ながらの方法で祭壇を用意し、祀っていた時と同じ様に木の実や装飾品を飾り立て、召喚士という名の欲望に捕らわれた堕ちた魔法使い達は、紙に記されている幻獣の名を呼び、引き寄せた。
 成功する確率は、五分五分だった。
 名前の記載自体が間違っている事もあれば、その幻獣がすでに敵勢力の手に渡っている場合もある。何より、著しく魔法使い達の生気も消耗するので頻繁には行うことが出来ない。それでも成功する可能性があるのだから、止めるわけには行かない。
 こうして、度々幻獣星から誰かが消えることになってしまった。
 永久凍土の祭壇を破壊したところで、無駄足だったのかもしれない。だが、人間がこの領域に入り込むという最悪の事態は避けることが出来た。
 幻獣達とて、指を咥えて召喚に脅えていたわけではない。
 正確な詳細は誰しも解からなかったが、人間達が何らかの手段で自分達を召喚していることは紛れもない事実。こうも行方不明者が増えては、それしか考えられない。
 時の王は、これ以上被害が出ないように、この惑星自体に結界を張るべきだと主張した。
 皆も、それに同意した。
 それさえ行えば他界とは確実に遮断され、浅ましい人間達の手に脅かされることはない。
 しかし。
 消えた仲間達は、どうすれば良いのだろう。今ここで遮断してしまえば、助かる者すら、助からないのではないか。遮断するという事は、彼らを見捨てるという事。
 夫を失い泣き伏せっている婦人を見ると、王は決断できなかった。両親を失った子供達に「もう、親は還らないよ」などと、言う事が出来なかった。
 現状に、王と、そして皆は。
 苦渋の決断で、遮断を諦めた。いつしか仲間達が無事に帰宅することを願い、結界を張らなかった。犠牲が出ても、幻獣達は望みを捨て切れなかった。彼らの性格が、不幸にも災禍を呼び寄せる。
 リュウが起動した王の間の転移魔方陣こそ、過去の産物。あの場所を通って、リングルスは惑星ネロへ飛んだ。

「さて、トッカ。君の主人はいつ帰宅するだろう」

 リュウは目の前の犬に話しかけながら頭を撫でると、地図を食い入る様に見つめる。
 成さねばならないことは、仲間達の救出。現時点でリュウの魔力によって幻獣星は遮断され、何者からも影響は受けない。その為、惑星にいる仲間達の安全は保障されている。
 人間らの召喚方法に、“真名”が必要だということは、リュウとて聴かされた。けれども、名前だけで呪縛し、使役出来るのものなのか疑っている。仮にそうだとして、どうすればその呪縛を解き放つことができるのか。
 たどり着いた先は、“使役している人間を殺せば、呪縛が解けるのではないか”ということだ。

「それしか、方法がないように思える」

 リュウは小さく呟くと、トッカから離れて扉へと向かう。
 ワン! 
 小さく吼えリュウのマントに齧りつくトッカに、困惑して苦笑する。出て行くことを止めているのか、一向に離してくれない。

「仕方がない……トッカも、一緒に行く?」

 ワン! 
 同意するように吼えたので、リュウはトッカを連れ立って外に出た。
 竜族のリュウは、自在に空を飛ぶことが出来る。トッカを抱き上げ、切り立った崖からそのまま身体を落下させた。風に頬を打たれながら、思い切り身体を伸ばす。
 人間に見つからないようにして、探らねばならない。上空から建造物を発見すると、直様低空飛行に切り替え森に降り立ち、徒歩で進む。
 最初の村では、疲れきった様子の人間達が、虚ろな瞳で生活していた。ここには仲間がいないようだったので、舌打ちして離れる。
 次の村も同じだった、全く生気が感じられない。
 夜になったので、森の木の上に身を隠し、途中でもぎ取った果実を食べてリュウはトッカと眠りについた。
 翌日、巨大な湖を見つけたので、リュウは喉の渇きを癒すことにした。だが、着陸してみて解ったが、水は腐敗が進み、とても飲めるような状態ではない。鼻を摘んで顔を顰めると、落胆して瞳を細める。だが、湖面から突き出しているものに視線が吸い込まれ、身体がわなわなと震え出した。
 見覚えがあった。
 弾かれたように水面を駆ける様にして飛び、呆然とそれを見つめれば。

「な……」

 それは、湖に沈んだ仲間達の死体だった。
 何体も沈んでいる。腐敗しているので姿は解らないが、夥しい量だ。彼らの死体が、水を穢している。

 ……ここで一体何が?
 
 青褪め、覚束無い足取りで戻るが、上手く飛べなくて外套が水に浸った。眩暈に襲われながらもようやく陸地に舞い戻ると、力なく倒れこみ嘔吐する。胃の中のモノを全部吐き出した、それでもまだ、足りなかった。
 なんということだろう。故郷の惑星では火葬し、手厚く葬るというのに。これは、死の冒涜である。
 仲間達の悲惨な死に様を見たリュウは、暫しそこに座り込んだまま動けなかったが、生きた仲間に会う前にサンテの家へと引き返していた。
 もしや、もう皆死んでいるのでは……最悪の事態を予測するほどに、今日の出来事は衝撃的なものだった。
 また、目の当たりにした残酷な光景が瞼の裏に焼きつき、数日眠る事が出来なかった。
 悔しくて、涙した。
 王族でありながら何も出来ない自分の力不足に、更に嫌気がさして地獄に落とされた気分だった。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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