外伝4『月影の晩に』32:力欲する光の王子

文字数 3,362文字

 太陽が天頂を通過した。
 光の加護を受けるファンアイク国、王子ベルガーは時間を持て余し書物を読み耽っていた。傍らに、数ヶ月前に大地の国ラファーガより強奪してきた紅茶を置いて。その芳醇な香りを愉しみながら、古書に鋭利な視線を走らせ喉を潤す。

「失礼致します、ベルガー様」

 ドアの向こうからの声に、古書から視線を外すことなく、淡々と「入れ」と一言告げる。一礼し、入ってきたのは三名だった。全員ベルガーの腹心達である、予感はしていたので、間入れず言葉を投げかける。その声からは、なんの感情も読み取る事が出来ない。


「動きがあったか」
「はっ! 左様に御座います」

 一人が前に進み出て跪き、報告を始めた。

「水の国ブリューゲル、風の国ラスカサス。両国の王子達が動きました」
「だろうな。ラスカサスには使者が戻らない、リュイ皇子は自分がすぐにでも旅立ちたかったろうが……国王及び兄達を説得するのに時間がかかったのだろう。トライ王子は我らに……いや、ネーデルラントに攻め入る為の、正統な口実を探していたのだろう。時期を誤るような男ではあるまい」

 自分には無関係だとばかりに話し出したベルガーに、部下達は平伏したまま報告を続けた。

「そのネーデルラントのトレベレス王子ですが、近頃マロー姫の元へは一切通っていないとの報告が届いております。その二週間程前から突如として頻繁に通い詰めていた様ですが、今現在は、全く。そして、トレベレス王子の館に、緑の髪の少女が現れたとの一報も届きました。城には一度も帰還していないとも」

 ようやくベルガーが古書から顔を上げ、部下達を見据えた。
 その眼光の冷ややかさに、部下達であれども息を殺す。ゆっくりと口の端に微妙な笑みを浮かべ、瞳には光を灯さないベルガーの顔に背筋が凍りつく。生きた心地がしない、敵でなくてよかったと思うものの、目の前の主君には気を許してはいけない。

「ほぅ? 緑の髪。アイラ姫か?」

 その声には、確信が重い石のように籠っていた。

「現在、調査中です。暫しお待ちください」
「十中八九アイラ姫だろう。あの姫ならば、生き延びて妹探しに奮闘していたであろうからな。そしてトレベレス殿の館に辿り着いた、と。しかし、さすれば強かな娘ではある。トレベレス殿を上手い具合に誘惑したに違いない、実に面白いものだ」

「トレベレス王子がアイラ姫と関係したとすれば、我国は一気に熨し上がれますな。御子の誕生が愉しみでございますね」

 小馬鹿にしたような口調でそう告げた部下を一瞥して立ち上がったベルガーは、古書を手にしたまま彼らに歩み寄った。

「問題はマロー姫だ。……あれに妊娠の兆候は?」
「その件に関しては、何も。ベルガー様、トレベレス王子が緑の髪の娘に入れ込んでいる間に、マロー姫をこちらに呼び寄せては如何でしょう」

 控え目に告げた部下の一言を、ベルガーは言葉を被せるように否定する。

「焦るな、必要はない」
「ですが」
「私は双子の謂れを信じておらぬ、あのような娘を抱く事にも飽きた。子が出来ぬと事の真意が見出せないが、アイラ姫が代わりに居るのならば良いではないか。破滅と繁栄、どちらの子が先に産まれようとも我らには関係のないことよ」

 ベルガーは古書を開き、部下に見せた。鼻で笑い、大凡の内容を語る。

「膨大な魔力を秘めた魔女が女王として絶対的に君臨してきた、ラファーガ国に纏わる歴史だ。大地の加護を受けるラファーガ国は、代々隣接する森にて御告げを聞くことが出来るらしい」
「僭越ながら……その話であれば存じております」

 酷薄な笑みを浮かべたベルガーは、古書を捲る。

「何度も言うが。あのような噂が広まればこうなることは必然、普通はそれを止めるだろう。偉大な魔女がこれを想定しなかったとは思えない」
「未だ、疑っておられるのですな」
「あぁ。最初から真っ赤な嘘なのか、それとも繁栄と破滅が逆なのか。トレベレス殿で試そうと思っていた」
「しかし、もしマロー姫が本当に繁栄の子を産む姫であると、我国が不利ではないでしょうか?」
「赤子のうちなら殺すことも容易かろう、赤子の時点で繁栄か破滅か、見極めが出来るのかは知らぬが」

 部下達は、口を噤んだ。目の前の次期王は、最初から赤子を殺すつもりだったのだろう。欲望に忠実で逆鱗に触れてはならない男だとは思っていたが、流石に何も知らぬトレベレスを憐れんだ。

「トレベレス殿が囲っている娘は、アイラ姫か否か。真実が知りたい」
「はい、暫しお待ちください。数日の間にはご報告に上がれると思います」

 ベルガーは人を払い、再び紅茶を飲みつつ古書に目を落とす。
 ラファーガ国の女王の夫について、ほぼ白紙な古書には最初から違和感を覚えていた。普通なれば有力な国の王子や貴族らが夫となる筈なのだが、一切不明である。
 ベルガーは軽い溜息を吐き、カップの紅茶を飲み干した。多少の苦味が口内を支配し、唇をゆっくりと嘗めとる。

「つまり、夫は誰でも良いのだろうか? もしくは、何者か解らぬ異形のものかもしれない。“魔女”の謂れはそこから来ているのではなかろうか……」

 静かな低音の、品位のある声には猜疑心が含まれていた。
 ベルガーは、窓から自国の様子を見下ろした。多少感傷的になり、手厚く歓迎を受けたラファーガ国でを思い出す。

「マロー姫が繁栄であるならば、極力接触を拒んだ筈。よもや、噂が他国にまで知れ渡っていると知らないなどと、そんな馬鹿な話があるわけがない。……それから、簡単に手に入った城内の見取り図だ」

 ベルガーは眉の辺りに嫌な線を刻み、顎を撫でた。 
 隠し扉に通路まで鮮明に描かれたそれは、確かに隠されていたものの、容易に発見出来た。罠ではないかと勘繰った程であったが、地図は正確だった。ゆえに、懸命に逃げていたアイラ達を追えたのだ。

「非常に不愉快だ」

 まるで、今現在も何者かの手の内で泳がされているような気がする。簡単に物事が進みすぎた、不快感を覚えるほどに。
 侵攻してくるであろう二カ国を、ネーデルラント国を楯として、最終的に自国が三ヶ国とも打ち滅ぼす。ラファーガ国は、その計画のただの先駆けだった。最終的に、残るは自国のみ。

「そう、私には破滅も繁栄も要らぬ。単に、それを利用したまで」

 マロー姫も、アイラ姫も、必要はない。真に必要なのは策略と運、それだけだ。自国以外が滅びれば、必然的に頂点に立てるのだから。双子の姫君は、ベルガーにとってただの火種だった。生かしておいても目障りだ、特にあのアイラという姫は復讐に燃えるだろう。

「アイラ姫、か」

 会話した記憶は、ほぼなかった。遠目で見た記憶しかないが、ただの小娘だ。自国にはあの程度の美しい女が吐いて捨てるほど滞在している、女として傍に置く気はさらさらない。そもそもが幼いので、興味の対象外だった。
 それでも。
 どういうわけか、窓から見える遠くの山の鮮やかな緑がアイラ姫の髪に見えた。瞳を細め、豊かな新緑を見つめれば、無邪気に微笑んで花の中にいるアイラが浮かぶ。
 そうして、槍で突いた時の苦悶に満ちた表情を思い出した。処女を奪えば、あのような表情になるのだろうか。壁に叩き付けられ、こちらの劣情を掻き立てる程に悩まし気な表情で倒れこんでいる姿が、脳裏に焼きついて離れないのは確かだった。
 ただ、それを否定していた。まさか、自分までもが翻弄されているなど受け入れられない。白けた視線でトライとトレベレスを見ていたが、こちらまでミイラ取りがミイラになってしまうなどと、あってはならない。
 だが、あれは確かに。

「そそられた……な」

 ベルガーは嫣然としてそう呟くと、古書を伏せて部屋を後にする。
 陽は落ち、宵闇の来訪。
 それは、月影の晩。

※2020.09.12
白無地堂安曇様から頂いたベルガーを挿入致しました。
著作権は安曇様にございます。
自作発言、無断転載、加工等一切禁止させていただきます。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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