セントラヴァーズ
文字数 7,493文字
「ピョートルに到着したら、剣の調達だな。ミノルの剣が底をついた」
「ライアンのも、また鍛冶屋で直してもらわないと」
武器の損傷が著しい。
このまま魔物に遭遇しても、ミノルが能力を発揮出来ない。トモハルの剣は“一応”伝説の神器なので、流石に無傷である。
一行は、魔物の奇襲を切り抜けながら突き進んだ。ミノルが魔法を扱えるようになったことが幸いし、苦戦を強いられることがない。トーマに、心から感謝をした。
澄み渡る空の青さと眩い若葉の緑が映える眼下に瞳を奪われ、胸を撫で下ろす。爽やかな風を感じながら、山を越える。道が予想より整備されていた為、予定より早く到着出来そうだ。馬車を手放すことなく進む事が出来たことが大きいだろう。
真っ白な城が目に飛び込んでくると、全員歓声を上げた。逸る気持ちで道を駆け下りる、疲労も吹き飛んだ。ジェノヴァとは雰囲気が異なり、高く細い城は冷淡な厳格さを感じる。
また、気温が低く、酸素も薄い為呼吸が乱れる。頭痛に悩まされつつ、この環境に慣れるまで時間を要したが、それでも、皆の顔には笑みが浮かんでいた。
城門に到着した一行は、丁重に招き入れられた。宿を手配し、馬車を預け、久方ぶりの宿で就寝する。想像以上に体力の消耗が激しく、ライアンですらベッドに倒れ込んで爆睡している。目的地に到着した喜びで、緊張の糸が途切れた。食事すら忘れて、死んだように眠り続ける。
目的の武器は、手の届く位置にある。ここまで来たならば、もう安心だ。勇者二人は満足そうな笑みを浮かべて眠っていた。
その為、室内に立てかけられているトモハルの剣が淡く発光していることに誰も気づかない。
翌日、四人は連れ立って女王に謁見を申し出たが、その場で許可が出来る事はなかった。自分達の身柄を証明できるものなど所持していないので、仕方がない。
「え、勇者ってだけで王様に会えるのが普通じゃねーの?」
「無理よ。“勇者”である証明が出来ないわ」
「トモハルの剣は?」
「本物かどうか、判別出来る人がいると思う? 迂闊だったわね、クリストヴァルの神官様に一筆書いて貰えばよかった」
不貞腐れるミノルを宥め、無事ピョートルへ到着できたことを報告する為、街の連絡塔へと出向く。その後、武器の調達だ。
アリナ達がブジャタ達へと送った手紙も、この機能を利用している。一旦ジェノヴァの連絡塔へ転送され、そこから宿へと届く仕組みだ。
同じ様にライアンも、ジェノヴァ待機組みへと向けて手紙を書いた。時間はかかるが確実に届くだろう。
『アサギは無事な模様、詳しくは合流後に。現在地ピョートル、謁見待ち。勇者二人、目まぐるしい成長を遂げる』
武器の入手後、すぐに引き返すことが出来る様に帰路を思案し、備品の補充を行う。
ピョートルは、代々女王が総べていた。
また、国民は圧倒的に女が多い。子を成し繁栄する為に、一人の男が幾人もの女を囲う国でもある。そういった土地柄なのか、男が産まれ難く、女尊男卑が根付いていた。
その為、ミノル達は常に視線を浴びていた。異性の視線に慣れているトモハルはにこやかに微笑んで手を振ったが、不慣れなミノルとライアンは俯くしかない。
逃げるように武器屋に入り、ミノルに見合う武器を探す。身長と重量を考慮し、握りやすいものを選ばせる。女性用の剣が多い為、子供のミノルに見合うもので溢れている。
しかし、ライアンの目に適うものはなかった。
「これがいい」
「……駄目だ。別の物を」
「じゃあ、これ」
「……いや、別の物を」
「えーっと……」
剣など、全て同じに見えるミノルは困惑したが、ライアンが首を縦に振る事はなかった。元騎士なだけあって、目を光らせている。妥協は許されない。結局、一日で決まることは無く、トモハルは欠伸をしてまわった。
また、謁見許可も下りず、目と鼻の先に目的の武器があるというのに待ちぼうけを喰らっている。
「強行突破しましょう。武器さえ奪えはこっちのものよ」
「いや、捕縛され、下手すると斬首では」
苛立ちからマダーニが過激な事を言い出したが、必死にライアンが宥めた。
そうこうしているうちに、三日が過ぎようとしていた。暇を持て余し、四人は公園で寝転がる。
しかし、彼らの申請は無視されているわけではなかった。
謁見を申し出る者が多い為、受付嬢達がまず仕分けをしている。膨大な量の中から、ようやくライアンの申請書が開かれた。当然、内容を見て狼狽した窓口嬢は上司に伝えた。そうして、ようやく女王のもとへと辿り着く。
「女王様。勇者を名乗る者が謁見を希望しております、いかが致しますか」
過去にも何度か勇者を名乗り、武器を頂戴しようという輩が現れた。大体は女王の耳に入れず処理されるが、今回は、申し出の内容が審らかであり、かつ、対であるセントガーディアンを所持していると申告があった為、報告された。
女王は慌てた素振りを見せずに、唇に笑みを浮かべる。
「早急に手配を、彼らは本物でしょう」
到着して三日目の夜半、宿で眠ろうとしていた四人のもとへ、ようやく連絡が届いた。目惚け眼を擦っていたが、一気に目が覚め、慌てて城へと向かう。
「ようこそ、おいでくださいました。女王陛下がお待ちです」
頑丈な門が開かれ、脚を踏み出す。自然と背筋が伸び、喉が鳴るほど緊張感が高まった。
「女王様って、天皇陛下みたいなもんだよな?」
「そうだよ」
平穏を保つためにミノルは早口でトモハルに次々と質問をぶつけるが、逆効果である。挙動不審な一行を、城の者達は警戒する。
どのくらい歩いただろう、帰れと言われても無理な道のりだった。
「こちらにございます」
肌寒さすら感じる最奥の部屋のドアが、開かれる。
そこには、派手に着飾ってはいないものの、一目で高貴だと解る女性が、椅子に深く腰掛けて待っていた。
深紅の絨毯の先で微笑む女王の両端には、武器を構えた衛兵達が睨みを利かせていた。尋問にでもかけられているかのようで、生きた心地がしない。跪き、首部を垂れた四人の身体は、極度の緊張で震えている。
そんな彼らを見下ろし、女王は直様トモハルの剣に注目した。
「本物のようですね」
女王が、涼風のような楽観した声と共に頷いた。
途端、ライアンは訝しみ顔を顰める。だが、誰も気付かない。
「対の武器を、お渡しします。その少年がもう一人の勇者ですか?」
女王の視線の先には、ミノルがいた。
気付いたミノルは慌てて首を振り、勇者を識別する宝石を取り出す。
「俺は、惑星ネロの勇者です。クレオの勇者ではありません」
瞳を細め、女王は宝石を値踏みすす様に見つめた。震える手でぎこちなくそれを差し出したミノルに、あやすようにやんわりとした口調で話しかける。
「皆さん、力を抜いて。……ようこそ皆様方、ピョートルによく参られました。実は、クリストヴァルの神官様から、勇者がこちらへ向かっているとの連絡は戴いておりました。けれども、偽物が多い昨今です。お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした」
すんなりと認めてもらうことが出来た為、ミノルとトモハルは顔を見合わせて大きく頷く。
ライアンも安堵し、ようやく顔に笑みが戻った。
けれども、マダーニはまだ緊張している。拍子抜けするほどに簡単で、警戒している。
「それに……対の武器が先日から何やら騒がしく、近くにあるのだと察知しておりましたの」
マダーニの張り詰めた表情を解そうと、努めて優しく女王は語った。静かに立ち上がり、悠然と手を伸ばし四人を誘う。
女王に深々と頭を下げ、四人は立ち上がった。
「ご案内致しますね、どうぞこちらへ」
歩きながら、女王は疑問を口にした。
「神官様から、勇者様は六人と聞いておりましたが」
「途中で、別れました。こちらに保管されている神器の所有者である勇者は、魔王に連れ去られたのです」
真実を隠すことなく、ライアンが淡々と答えた。
「ま、まぁ……」
女王の声が裏返り、顔が引き攣る。振り返りライアンを般若のような形相で睨み付けた。
「それで……人数が少ないのですか」
「はい。彼女に武器を届ける為に、参上いたしました」
「その、対であるセントガーディアンがあるから本物だと解ったものの、なければ信用できませんでしたよ。勇者の石だけでは、信憑性に欠けます。そもそも、勇者の石が本物か偽物かの判断など、一体誰が出来るというのでしょう」
地下に到着すると、目の前が部屋だった。そこには見張りもおらず、ただ中央にポツン、と宝箱が置いてある。一応真紅の敷物の上に置いてあるが、蓋は開いたままだった。
「えっ……警備は?」
物騒きわまりない、とトモハルは青褪める。
「あのほうが、視やすいでしょう? それに、無防備に見えるでしょうが、見えない壁が張り巡らせてあります。御心配なく、大丈夫ですよ」
その落ち着いた声色には、自信が隠れている。穏やかに女王は微笑み、試しにとばかり、空間に手を伸ばす。
コツン、と行く手を阻まれた。まるで、ガラスの壁だ。皆は感嘆の溜息を漏らす。
「どうぞ、お試しになって」
女王に促され、興味津々のミノルを前に突き出した。しかし、どうしても見えない壁に阻まれる。
「解除は、私にしか出来ません。代々ピョートルの女王“のみ”が開錠出来ます」
言うなり、瞳を軽く閉じて女王は開錠する為精神を集中した。
空気が揺れたと思えば、壁に触れていたミノルが、悲鳴を上げて前のめりになった。すでに透明な壁が消えてしまっている。
「では、参りましょう」
ゆっくりと歩き出す女王にも、ここへ来て緊張が走った。
女王は、毎日ここを訪れているわけではない。ここへ足を踏み入れたことは、人生の中で十も満たない。護られてきた神器が自分の代で宝箱から解き放たれる瞬間に立ち会えるのだと思うと、自然と身体が震えだす。
感覚が冴え、空気が刺すように痛い。おずおずと進む一行のその先、宝箱の中には。
「こちらが、セントラヴァーズです。お持ち下さいませ」
「……はぁ」
恭しく宝箱の隣に立ち、優雅に深く頭を下げた女王。
トモハルが、引き攣った笑みを浮かべた。
ミノルが、首を傾げ瞬きを繰り返す。
ライアンは言葉を失い目を白黒させ、マダーニがそれに手を伸ばす。
「あの、すみません。……武器、ですか、これ?」
トモハルが指差した宝箱の中身は、どう見ても武器ではなかった。
そこには、煌く宝石が装飾された腕輪が鎮座している。
だからマダーニが手を伸ばしたのだ、美しく、かつ高価に見えるので。
「えぇ、まごうことなき、勇者が所持すべきセントラヴァーズです」
「えーっと、俺のセントガーディアンの……」
「そうです、そちらの神器と対となる武器にございます」
そうは言われても、納得出来ない。
女王は優雅に微笑んだままだが、これが武器だと言われても俄かに信じ難い。しかし、女王が嘘を吐くとも思えない。
「ふふっ。ですから、警備不要でもあるのです。誰がこれを武器として使いこなせるというのでしょう」
トモハルは、しげしげと自分の剣を見つめた。どう見ても、不死鳥の彫刻が施された剣である。
これと、対とされる目の前の武器だという腕輪。
反応に困り、トモハルは救いを求めてライアンを見上げた。
「こ、これは……どのように扱う物でしょうか? 武器ですよね? 防具じゃないですよね?」
ライアンが怖々女王に尋ねる、穏やかに微笑んだ彼女は明快に返答する。
「謎です」
激震する。
呆気にとられる四人だが、女王は動じない。青褪めた四人などそ知らぬ顔で語りだす。
「これは、文献の引用です。
その昔、神と魔族とエルフ族が創造し、人間に託した対の神器の片割れ。その名は、セントラヴァーズ。伝説の神器、勇者の武器。非常に特殊な素材で出来ており、普段は何の変哲もない腕飾り。付属の石を“反応させる事が出来た者のみが”その稀な効果を発揮させられる、変化の剣。所持者の思い通りの武器形態に変化させられる、攻めの武器。ありとあらゆる状況に合わせ、変化させた武器を使いこなす事が出来るのならば、武器の申し子。セントガーディアンとは真逆の“攻”の武器」
暗記している文面を知的な速度で聞かせるが、四人は困惑し低く唸り続ける。女王は、続ける。
「セントガーディアン。伝説の神器、勇者の武器。眩い光を放ちながら勇者が“真の力に目覚めた時にこそ”力を発揮する、守護の剣。護るべき者を強く想い続ける事によって、その威力を増幅できる特殊な剣。傷つけるのではなく、全てを守り抜くこそが使命だと思えた者のみが手に出来る、“護”の剣」
トモハルは、自分の剣を改めて見直した。剣の形をしているこちらが守護の意味を持つらしい、戸惑いを隠せず、目を白黒させる。
「あながち、お前が回復係になったのにも意味があるんじゃねーの?」
「でも、アサギが前衛で攻撃するって想像できるか? 実は持ち主逆じゃない?」
ひそめく勇者達を優しく見つめている女王に、ライアンは意を決した。この場で聞くべきか否か、迷っていはいたが、一か八か。セントラヴァーズの容貌に、やぶれかぶれな気持ちにもなっていた。
「あの、失礼を承知で申し上げます。……その、真に言い難いのですが、セントガーディアン。クリストヴァルで授かった神器についてですが」
「剣の使い手の貴方から見れば、取るに足らない剣だと仰るのでしょう?」
硬直し言葉を詰まらせたライアンを、トモハルが瞳を細めて見つめる。
「ど、どういうこと?」
冷静なトモハルに反し、狼狽するミノルに、申し訳なさそうにライアンは目を伏せた。
「トビィ君とも語ったがその剣……俺達から見れば何の変哲もない剣にしか見えない。余程、トビィ君が所持していたあの剣のほうが」
「そう見えて当然ですよ。そのセントガーディアンは、まだ解放されていないのですから。ですが、徐々に本来の力を出そうとしているように思えます」
ライアンの言葉を叩き切った女王に、一同は絶句する。
トモハルは心当たりがあるので、神妙に手の中の剣を見つめていた。
「幼い勇者よ。その剣は貴方が目覚めた時にしか姿を現しません、今はまだ眠りの状態なのですよ。間違いなく、神器です」
「どうすれば目覚めるかは、俺自身の問題ってことですよね。なんとなく分かります、違和感を抱いていたので」
「えぇ。物分りの良い、利口な勇者様ですこと」
明確な意思を持って語るトモハルに、眩しそうに女王は笑う。
「その調子なら、解放も間近でしょう。貴方にしか解らない事ですよ」
「……はい、解りました。頑張ります」
「同様に、そのセントラヴァーズも。本来の所持者である勇者にしか、扱い方が解りません。きっと、選ばれた者には赤子の手をひねるように簡単なのでしょう」
せめて説明書を、とミノルは言いかけたが、アサギならば確かにどうにか出来そうな気がしてきた。そもそも、武器かどうかはともかくとして、アサギにとても似合いそうだとも思った。
「と、ともかく! アサギの武器は無事確保した! 急いで戻ろう」
「は、はい!」
想像と違う武器との出会いに多少面食らったが、これが真実だ。丁重に宝箱から取り出し、懐にしまいこむ。
「時間がかかってしまってごめんなさいね、勇者様方」
「とんでもございません、こちらこそ有難う御座いました」
丁重に礼をするミノルとトモハルに、女王は穏やかな笑みを浮かべて笑う。クリストヴァルの神官から『勇者は子供』と聞かされていたので驚きはしなかったが、想像以上に逞しく見えた。手紙には『本物ですが、貧弱です』とまで追記されていたのだが。道中で、成長したのだろう。
「さぁ、次はどうされるのですか? 力及ばずながら私達もお手伝いしますよ」
「忝い」
跪くライアンは、深々と頭を下げる。
「他の仲間達が、ジェノヴァに集合しているはずです。そこで合流し、魔界イヴァンへと出向きます」
「まぁ、遠いですこと。転送陣が上手く起動すれば良いのですが、やってみますか?」
女王の発言に顔を見合わせ、マダーニは小さく叫ぶ。
「あるの!?」
王族の前とは思えぬ不躾な態度に周囲から鋭利な視線を向けられたが、気にしてなどいられない。これほど嬉しい情報があるだろうか。興奮しているマダーニは、唖然としている三人に早口で捲し立てた。
「アーサーが自身の星へ戻ったような、転移魔法よ。ここにあるなら、直様戻れるわ!」
「ただし、ジェノヴァの何処へ通じているか。何しろ、最近使っておりませんので……。城内の何処かには位置しています、起動はする筈です。以前は頻繁に交流していたらしいのですが、私の代も先代も、先々代もからっきしですの」
先々代の時代に、ひと悶着あったように聞こえる。恋愛絡みに違いないとマダーニは推測したが、訊ねるのも野暮なので、やめておいた。
「危険を承知で、一か八か、か……」
選択の余地はない、四人は神妙な顔で頷くと「お言葉に甘えて、使わせていただきます」、と申し出た。ただ、ライアンの武器を預けたままなので、その仕上がりを待つことになる。
武器屋を急かし、半ば強制的に仕上げさせ、翌日の夕刻、四人は転送陣へと立ち入った。
万が一に備え、周囲を魔道師達が囲み、女王も立ち会う。
「神経を研ぎ澄ませ、願うのです。流れに身を任せ、ジェノヴァを思い。何処かへ逸れては、全てが終わりましょう」
「承知した」
「解ったわ!」
「頑張ります。ミノル、覚悟を決めろ」
「わーってるよ!」
馬車はピョートルに寄付し、置いていくこととなった。懐いていた為馬と離れる事が辛いが、仕方がない。
四人は手を繋ぎ、アサギを、そして皆を想う。
久方ぶりに、転送陣が発動した。
二つの神器と共に。