外伝3『ABHORRENCE』3:洋服というもの

文字数 3,266文字

 幾度、太陽と月が沈むのを見ただろう。
 テンプレーターと名付けられたその街は、旅人や商人が続々と集まる話題の街へと発展した。幾多の村や町に立ち寄った際、新たな街を建設すると吹聴してきたことが芽吹いた。興味本位で立ち寄る者もいれば、志を持って移り住む者もいた。
 国同士の小さな小競り合いは世界に溢れていたが、そんな状況だからこそ戦争から逃れるように“支配者のいない”自由な街へ自然と足が向いたのかもしれない。
 まだ問題は多く残っているが、満ち足りた暮らしをしていた。一から自分たちで作った街なのだから、苦難よりも充実さに心が弾む。
 やがて移住者は約二倍に膨れ上がり、住居を確保する為に街は拡大されていく。
 店も随分と増えた。質の良い品物を扱う店が多く存在し、売り上げを伸ばしていた。
 指導者念願の学び舎が建てられると、子供たちが詰め寄った。学費は安価で、誰でも通えるように設定した。未来を担う大事な子供たちにまずは字を、そして商業の成り立ちを教える。薬草の見分け方は課外授業を行い、他にも専門職の街人が己の知識を伝授した。学問だけでなく友人と遊ぶことにも力を入れ、授業の一環で街の掃除をしたり、店を手伝ったりと生きていく為に必要なことも学ばせた。
 杞憂であればよいが、何処かの国が領土拡大のため攻めてくるかもしれない。よって、戦闘訓練も始めた。

 野蛮な人間たちがいつやって来るか、森の奥に住まう動物たちは常に怯え過ごしていた。
 そして、ついに現実のものとなる。
 やって来たのは、恐れを知らぬ人間の子供たちだった。授業が終わると、嬉々として森林へとやって来た。子供は好奇心旺盛で、親の忠告をきかない。大人たちは凶悪な動物が潜んでいるかもしれないと警告をしていたが、無意味だった。木登り、花摘み、昆虫採集、かくれんぼに鬼ごっこ、川遊び。
 街中で遊ぶ事に飽きてしまったが、ここでは様々な遊びを見つけられる。また、親に頼まれる家事手伝いから逃げ隠れるのにもってこいの場所でもあった。

 数日は森の奥に身を潜めていたアニスだが、子供の楽しそうな笑い声がずっと気になっていた。その為、好奇心旺盛な幼い栗鼠の兄弟と興味本位で見に行く事にした。
 木の上から、アニスと栗鼠は下で駆け回る人間を物珍し気に見つめる。

「あれが、ニンゲン……」

 アニスは、初めて見る人間に溜息を吐いた。言われていた通り、確かに容姿は自分に似ている。もしかしたら、自分は人間の仲間なのではないかと思う程に。
 ただ、彼らには羽根がない。アニスの背には、虹色に輝く薄い羽根が存在する。
 だからやはり、同種族ではないのだろうと悟った。今まで見てきたどの動物よりも似ているのに。

「アニス。見るだけだよ、近寄ってはいけないよ」
「そうだよ、きちんと気配を消して。見つかったらダメなんだからね」

 身を乗り出して様子を伺うアニスに、周囲を見渡しながら恐る恐る栗鼠は忠告をした。確かに何をやっているのか気になったが、親に怒られるのが怖い。口煩いほど『ニンゲンに近寄ってはなりませんよ!』と言われている。言いつけを守らないと、おやつの木の実が貰えない。
 周囲の木々は困惑気味に葉をざわつかせ、森の奥へ帰るように促した。

「でも、見て。ニンゲンが怖いものに見える? 凄く楽しそう。何をやってるのかな、一緒に遊んでみたいのだけど」
「えぇ!? 無理だよアニス、もう帰ろうよっ」

 人間観察に夢中のアニスに、栗鼠の兄弟は狼狽し木の枝を走り回った。来るのではなかった、失敗したと後悔の念に押し潰されそうになる。
 そんな栗鼠たちの心を知らず、うっとりと瞳を細めながらアニスは人間を眼で追う。一緒になって笑い、木の上で楽しそうに身体を揺らした。
 青空が橙色に染まる。山の向こうに神々しい太陽がその身を隠すと、交代で神秘的な月が顔を覗かせる。

「陽が落ちる、帰ろう」
「はーい! 明日もここでかくれんぼしたいな。いいでしょ、トカミエル」

 トカミエルが多くの少女たちに手を引かれ、森から出て行く。少女たちは頬を赤く染め、彼の腕にしがみ付いていた。
 その動きを、アニスはじっと見つめていた。

「ニンゲンの、トカミエル……」

 無意識で、トカミエルの姿だけを追う。アニスの瞳に、常に中心人物だった彼の姿は眩しい存在となって映った。
 そうして、森に人間が遊びにくると、アニスは皆が止めるのも聞かず足を運んだ。来る日も来る日も、飽きもせずに人間を眺める。人間たちの遊びには知らないものが多かったので、心を躍らせて見ていた。

「きっと、とても賢い種族なのね! いつも楽しそう」

 いつしか、そう思うようになっていた。

 雨の日はニンゲンが来なかったので、拗ねたアニスは木の根に隠れ一日中眠りについた。退屈に思えてしまい、膝を抱えて丸くなる。瞳を閉じると、自然とトカミエルの姿が思い浮かぶ。彼が笑顔で駆け回る姿を見ていると、どうしようもなく心が震え大好きだと思った。
 何処にいても、彼の姿ならば必ず見つけられる。光りに反射する美しい紫銀の髪、豪快な笑い声と、仲間を思い手を差し伸べる優しい心、河や森を突き進む勇敢さ。
 飽きることなく、目で追い続ける。
 アニスの目的は、いつしか人間観察からトカミエルの観察へと変わっていた。綺麗な髪が風に揺れると、手を伸ばし触れたくなる。濃紺の瞳が眩しく光り笑みを零すのを見ると、目の前に飛び出したくなる。
 動物も、植物も、森の命全てがこの事態に息を呑んだ。
 『ニンゲンは危険なイキモノだ』と幾度説明しても、「違う、違う」と哀しそうに首を振るアニスは瞳を潤ませ人間を庇う。
 しまいには、人間が衣服を身に纏っていることを知り「着てみたい」と言い出す始末。
 容姿は人間寄りのアニスが、彼らに惹かれるのも無理はないのかもしれない。動物たちは困窮し顔を見合わせ、それでも何かしてあげたいと必死に知恵を絞った。
 森に布はない。大きな葉で代用しようとも思ったが、動物たちでは衣服のようなものをこさえる事が出来なかった。
 人間の街へ行けば衣服がありふれたものであることは知っていたが、どう運ぶかが問題だ。
 一羽の鷹が何度か偵察のため街へ飛び立ち、人間は晴れた日に服を水で洗ってから、干して乾かし身に纏う習慣に気づいた。

「流石知恵者の鷹! アニスの為に、どうにか手に入れられないかな」
「機会を窺うよ」

 鷹は皆の期待に応えるように、なるべく人が行き来しない場所に目星をつけた。幾度も失敗を繰り返しだが、ついにロープに引っ掛けてあった衣服を巧みに嘴で咥え森へと戻ることに成功した。
 見事持ち帰った鷹に、森中が歓声を上げた。正直、人間の衣服をアニスに着せたくない。しかし、大喜びすることは解りきっていたので、その笑顔が見たくて渡してしまう。
 アニスにその衣服を差し出すと、鷹は手ごろな木の枝に止まった。

「わぁ、これがお洋服! 柔らかくて、お日様の匂いがする」

 近寄ってきた動物たちの目の前で、怖々とアニスは見よう見真似で衣服を着用した。

「あ、あれ?」

 頭を腕の部分から出そうとし、つっかえてもがく。四苦八苦しながら被ったが、どうにも違和感があった。
 顔を顰め居心地悪そうにしていたので、アライグマが羽根の部分をその鋭い爪で引き裂く。

「わぁ! ニンゲンと一緒!」

 背は破れ、しわだらけなうえに土で汚れた衣服だが、喜色満面でクルリとまわる。その衣服はアニスには大きかったが、着こなしなど解らないので問題はない。
 ただ、着られればよかった。

「面白い! こんなの初めて!」


 はしゃいだアニスは、息を切らせ河岸まで走り姿を覗きこむ。
 水面には衣服を着た自分が映っていた。昨日までの自分とは違う気がして、不思議な感覚に胸がざわめく。人間と同じだと感動し、飛び跳ねながら鷹に何度もお礼を言った。そして森を駆け回り、幸せに満ち足りた様子で着飾った自分を皆に見せる。
 アニスの笑顔を見ていると、これでよかったのだと動物たちは思った。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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