風使い

文字数 3,028文字

 ユキと手を繋いで歩きながら、アサギは肩を落とす。これでは、今日もトランシスのことを話せない。早く伝えたいのに、直接会って話をしたいと思ってしまったことを悔やむ。
 心の何処かに蟠りがあることに、アサギは気づいていた。胸がチクリと痛む。やはり、自分の現状が特殊過ぎて自信がない。『異世界の年上の男に、口づけされて付き合う事になった』それが、普通ではない事など知っている。

「どうしたの、アサギちゃん。気分が悪い?」
「う、ううん。大丈夫」

 ユキの問いに、アサギは曖昧な返事をした。
 勇者たちが神のもとへと辿り着くと、視線はリョウに集中した。一般の人間を勝手に連れてくるなど、言語道断である。
 天界人達が顔を歪ませ顰めき合う中、リョウは堂々と神クレロの前に立った。トビィらは風格のない神に呆れているが、異彩を放つその姿に半ば圧倒される。喉を鳴らし固唾を飲み込むと、左手で石を見せた。

「初めまして、リョウといいます。この間、僕のもとにこんな石が現れました。勇者については、幼馴染のアサギから話は聞いています。この石は、勇者の石ですか?」


 周囲は一斉にどよめいた。新たな勇者の出現に動揺を隠せない。
 確かにぼんやりと光を放っている為、それが普通の石ではないことくらい一目で解る。けれども、天界人たちは勇者が必要な惑星を他に知らなかった。

「一体どこの勇者?」

 声を押し殺し、皆は疑問を口にする。
 クレロは瞳を細めて目の前のリョウを見つめた。勇者アサギの幼馴染だという少年の足先から頭部を見上げて、軽く頷く。

「リョウ、と言ったか」
「はい」

 物怖じせず明快に返事をしたリョウに好感を抱いたクレロは、優しい笑みを浮かべる。

「正直、想定外で私も混乱している。それが勇者の石である可能性は無きにしも非ず。話を聞きたい、時間はあるかね?」
「はい。僕も知りたいことが山ほどあるので」
「ふむ……。では、他の勇者たちは至急街の調査に出向いてくれ。リョウはこちらへ」

 その言葉に、リョウが声を荒げた。

「いえ、僕はアサギと共に。僕はアサギが勇者になって何処かへ行ってしまった時、本当に心配だったんだ。これ以上、離れて不安に怯えるなんて、嫌だ」

 声量に、トモハルが目を見開く。大人しい奴だと思っていたが、今の声でそれが間違っていたと判断した。見れば、顔つきも厳しく鋭い。ただアサギの傍で飄々としている男だと思っていたのだが、完璧に覆された。

「しかし、リョウよ。アサギたちは君が知らない間に実戦で力をつけ、剣も魔法も扱う事が出来る。厳しい言い方になるが……足手纏いだ」
「いえ、御心配には及びません。()()大丈夫です」

 言うが早いか、リョウは瞳を閉じ、神経を集中させた。髪がふわりと舞う。
 ミノルはその様子を鼻で笑い、腕を組んで隣のケンイチに肩を竦めて舌を出した。明らかに小馬鹿にした態度だ。
 だが、ケンイチは小刻みに震えてリョウを見ていた。
 訝しんだミノルも、再び視線を戻す。

「なっ」
「ウソだろっ」

 トモハルとミノルが、同時に驚愕の瞳でリョウを見つめる。
 アサギは一瞬驚いたが、心地よいそれに口元に笑みを浮かべた。
 リョウの身体から、風が吹き乱れる。両手を差し出し、瞳を徐々に開けば掌から天上へと小さな竜巻が起こり始めていた。

「風使い……!」

 クレロが感嘆の声を上げて、目の前のリョウを見つめる。視線が交差すると、瞳が「僕なら大丈夫です」と告げていた。低く呻いて、観念したように片手を上げた。力を制御しているのだろう、解き放てばこの城に罅を入れるだけの能力を持ち合わせていそうだった。

「あい解った。……君のその能力はいつ開花した? 石が現れてから?」

 リョウは竜巻を握り潰すように、掌を強く握る。途端、出現していたそれは瞬時に掻き消えた。自然なその動作に、周囲ではざわめきが広がる。完全に意のままに操っている。
 煩わしい周囲を気にせず、リョウは朗らかに返答する。

「いえ、石が現れてからではありません。アサギが消えた時、僕は風を操っていた気がします。あの時僕が選ばれなかったことが、本当に不思議でした。ミノルが勇者を拒否していたから、代わりに行こうと思っていました。……結局、僕は残ってしまったけれど」

 ミノルが大袈裟に舌打ちする。コイツは苦手だと再認識し、一歩下がった。

「僕が勇者か、そんなことはどうでもいい。大事なアサギと今度こそ一緒にいたいだけです、共にいるべきなんだ」
「なんだよ、それ」

 ミノルの不満に満ちた声に、勇者たちも微かに同意した。共に苦難の路を歩んできた関係性を踏み躙られたような気もしたし、役立たずだと蔑まれたような気もした。それに付け加えて、先程の風の魔法。勇者たちは努力して知識を得たのに、異界に行っていないリョウは地球で習得したことになる。
 今の魔法は、勇者の誰も扱うことが出来ない。
 
「有り得ないだろ」
 
 苦労もせずに膨大な力を手にしている新たな勇者に、ミノルは唾を吐き捨てた。胸がムカムカし、嫉妬が渦巻く。
 リョウは、何も悪くない。だが、結束している中に堂々と土足で入ってこられて掻き回された挙句、皆が大事に思っているアサギの隣を何食わぬ顔で得ようとしている男に、普段温和なケンイチやトモハルですら嫌悪感を抱いた。

「気を悪くしたならゴメン、でも僕はアサギの傍にいたいんだ」
「魔法が使えるだけで、うろちょろされても困るんだよ。アサギだって戦い難いだろーし、そもそも実戦で上手く魔法が発動出来るかもわかんねーし。こっちは遊びで勇者やってるんじゃねーんだ」

 突っかかるな、とトモハルはミノルに囁いた。気持ちは解るが、常に勇者が嫌だと言い、浮気をしてアサギを泣かせた男の発言とは思えない。

「……こう言ったら理解して貰える? トビィと同じ感覚なんだよ」
「は?」

 意外な人物の名前に、ミノルが敵意をむき出しにする。しかし、リョウの瞳を見てそれ以上何も言えなくなった。その視線の強さは、トビィに似ている。自分では、敵わないと思ってしまった。腑抜けだと言われても仕方がないが、自分よりも強い気がする。

「……ふんっ」

 悔しそうに俯いたミノルにトモハルが軽く肩を叩き寄り添った。

「神クレロ、僕はアサギと共に。落ち着いたら話しましょう。行かせてください」

 沈黙したミノルに安堵し、リョウはクレロに向き直ると言い放つ。
 勇者たちはクレロの言葉に期待をしたが、無駄だった。

「解った、共に行きなさい。アサギ、彼の援護を」
「はい!」

 神は、新たな勇者の実力をすんなりと認めてしまった。
 天界人たちは、軽蔑するような眼差しで踵を返したクレロを見送る。ただでさえ、天界人は人間との接触を望んでいない。勇者やトビィたちが天界城に頻繁に出入りするのを、快く歓迎しているわけではない。新たに何も知らない人間を受けいれた神に、不信感が募る。

「トビィたちが先に向かっている、場所はカナリア大陸内部。転送する、こちらへ」

 勇者たちを転送しすぐさま下界の監視に入った神を、天界人たちは複雑な心境で見つめるしかなかった。神の思惑が、解らない。

「拙いわね、皆の隔意ない態度にクレロ様とて気づいているでしょうに」

 ソレルは顔を引きつらせる。このような状況下で、天界人内部の諍いは避けたい。
 クレロは、そんなことに構っている余裕がないことを知っていた。人望がなかろうとも、現在神の座に就いている以上、務めは果たさねばならない。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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