入り乱れる感情の狭間で

文字数 7,766文字

 玲瓏と澄み渡るような空気に、肌がビリビリと引っ張られる。
 ハイとアサギが放った魔法は、同時にミラボーに襲い掛かった。光と風の属性を持つその魔法は、ハイが幼き頃、両親から授けられたもの。当時は使いこなす事が出来なかった為、忘れていた。それから闇に堕ちた為、光の魔法など忘却の彼方、遥か彼方に浮かぶ幻影。
 けれども、自身が放ったその魔法にハイは打ち震える。胸が熱く震え、涙が込み上げる。魔法は、間違いなく応えてくれた。初めて放ったとは思えない、完璧な威力で。その魔法はハイに従順で、一寸の狂いもなくアサギの魔法と呼応している。

「ハイ様、もう一度行きます!」
「承知した。アサギ、同時に!」

 膝が訳もなく震えるが、感動に浸っている余裕はない。ハイは慌ててアサギに駆け寄ると瞑目し、詠唱を始めた。
 口笛を吹いたトビィはハイに視線を送り、口角を上げる。勝機はこちらにあると判断しクレシダの背に乗ると、光の魔法を受けて視界が奪われていたミラボーの背に剣を突き立てた。

「クレシダ!」
 
 突き刺したまま意を汲み取ったクレシダが移動すれば、剣は容易く肉を切り裂いていった。
 周囲に悲鳴が轟き、大気が震える。
 耳障りなその音にトビィは顔を顰め剣を引き抜くと、一旦距離をとった。痛手を負わせたように見えるが、何しろ巨体であるため効果が解らない。しかし、続行しようものならばこちらの耳がやられていただろう。至近距離で聞いてしまったクレシダは、頭痛に呻いている。
 けれども、隙を与えまいとアサギ達が放った魔法がミラボーを襲った。
 ミラボーの苦悶は続く。見苦しい太く短い四肢を振り回し、痛みで我を忘れてか口から火炎を吐き出した。焦点が合っていないので攻撃があたることはないが、大地に多大な被害をもたらしている。
 森は火炎により、焼け爛れた。振り回す四肢からは得体の知れない体液がほとばしり、地面を溶解した。
 空中で旋回し状況を見ていたトビィは、その惨状に舌打ちすると再びミラボーに向かう。やはり、無理をしてでも一気に止めを刺さねばならない。決意した矢先、飛び出してきた見知った顔達に驚きを隠せず一旦動きを止める。

「アイツら……よく来られたな」

 森から姿を現したのは、駆けつけた仲間達だった。アーサーを筆頭に、迅速にミラボーの周囲を取り囲んでいる。トビィは、喉の奥で笑うと勢いづいて先陣を切った。

「巨大ですね、なんともまぁ醜い魔王で」
「こ、こんなのどうやって攻撃するんだよ!?」

 冷静にミラボーを見上げているアーサーと、その大きさにあんぐりと口を開けて喚くココ。それでも恐れつつも各々の武器を構え、防御壁の詠唱が可能な者が援護に入る。
 
「ユキ! みんな! よかった、無事だったのですね」

 現れた大事な友達に、アサギが間入れず叫ぶ。
 声に気がつき一斉にそちらを見た仲間達は、大きな歓声を上げた。隣にいる魔王ハイが気になったが、今はアサギの無事を喜びたい。
 無事ならば、それでいい。眩しい笑顔を浮かべている彼女は、離れてしまった時と同じ。皆は感極まって、泣きそうになってしまう。
 トモハルは直様、預かっていたアサギの武器を腰の袋から取り出した。幾度見ても胡散臭いが、武器だという腕輪を手に取り、祈るような気持ちで放り投げる。

「アサギ、受け取れ! 例の武器だ! その……使い方は解らないし、武器に見えないけど」

 一瞬光を放ったその腕輪は、宙で弧を描き手を伸ばしたアサギの掌にころん、と転がった。まるで、吸い込まれるように手元に届いた淡く光る腕輪を、躊躇せずに手首に填める。そして、桜桃色した唇を開く。

「おいで、セントラヴァーズ」

 戦場で動きを止めてしまうほどに、驚くほど澄んだ心地よい声だった。宝石から光が伸び、それは徐々に形を成して長弓となった。
 皆が驚異の眼をみはる中、アサギは慣れた手付きで弓を構えると、右手を軽く一振りし黄色く輝く弓矢を取り出す。そして、躊躇せず真正面のミラボーの腹目掛けて華麗に放った。

「参ります!」

 連続して、アサギは弓を放ち続ける。弓矢は、いとも簡単にアサギの右手に出現した。光の粒子の集合体なのか、異空間から引き出しているのか。夢のような光景に、皆は目を奪われたままだった。
 口から泡を吹きながら胴体に何本も突き刺さった弓矢を引き抜こうとするミラボーだが、弓矢に触れることが出来なかった。矢が光の属性の為、触れた瞬間に掌が焼け焦げてしまうのだ。忌々しくアサギを睨み、吼える。

「こぉぉぉむぅぅぅぅすぅぅぅめぇぇぇぇぇぇえっ!」

 ミラボーの咆哮で突風が巻き起こり、皆は悲鳴を上げて一歩後退した。

「おいで、セントラヴァーズ」

 そんな中、ミラボーを鋭く見据えたまま静かに言葉を紡ぐ。弓に代わって、杖を手にしていた。アサギの身長程もありそうなそれは、銀色に光り輝きながら水琴窟に滴るような水音を周囲に響かせていた。
 心地よいその調べに、皆が固唾を飲み込む。

「古の、光を。
 遠き遠き、懐かしき場所から。
 今、この場所へ。
 暖かな、光を分け与えたまえ。
 回帰せよ、命。
 柔らかで暖かな光は、ココに。
 全身全霊をかけて、召喚するは膨大な光の破片」

 杖を掲げ詠唱し終えると、ミラボーに刺さっていた弓矢が眩く輝き出し、弾け飛ぶ。花火のような爆発音が響き渡り、仲間達はその眩い光と音に不思議と爽快さを感じた。
 しかし、ミラボーには鈍痛でしかない。

「すっげ……流石アサギ。あの武器、何?」

 その昔、神と魔族とエルフが創造し、人間に託した対の神器の片割れ、セントラヴァーズ。伝説の神器、勇者の武器。この世に二つとない特殊な素材で出来ており、普段は何の変哲もない腕飾り。付属の石を()()()()()()()()()()()()()がその稀な効果を発揮させられる。所持者の思い通りの形態に変化させられる、攻めの武器。ありとあらゆる状況に合わせ、変化させた武器を使いこなす事が出来るのならば、武器の申し子。セントガーディアンとは真逆の“攻”の武器。
 ピョートルの女王が読み上げてくれた文を、ミノルとトモハルは思い出していた。

「なんだあれ、チート武器じゃん」
「いや、扱えるアサギがチートなんだよ……」

 類稀な武器をアサギが自然に扱っていることは不思議だったが、最早驚く事でもない。
 アサギは勇者の要であり、選ばれし者。それで皆は納得してしまった。
 樹から落ちてへしゃげた果実のごとく、ミラボーは地面で潰れていた。
 巨体の下敷きにならないように、皆は距離をとる。砂埃が周辺を覆いつくし視界が奪われ焦る中、ハイとアサギが詠唱をする。風の魔法で、砂埃を一掃し始めた。
 意図に気づいたアーサーはナスカに頷き、同じ様に参戦した。
 多くの優秀な仲間達に支えられ、アサギが無事だった事も手伝い、勇者達も士気を上げた。こうも醜悪な魔王にどう挑むのか困惑していたが、始まってしまえば今までの旅よりも楽に思えた。

「これが終われば、帰ることが出来る! 魔王を倒せば、全てが終わるんだ!」

 鬨の声が上がる。
 トモハルが剣を構え、遅れて駆けつけたダイキがアサギを見て微笑む。

「負けないぞ! バリィさん、力を貸してくださいっ」

 ケンイチが剣を掲げると、そこから数多の火の鳥が迸りミラボーへと向かった。
 アサギは、自身が所持していた剣を持って走り出した。ハイも我に返って、追う。
 アサギが手にしている剣は、惑星ネロの剣エリシオン。ハイが所持している剣は、惑星ハンニバルのカラドヴォルグ。それらは、正統な持ち主に譲渡しなければならない。

「ミノル、この剣を!」

 息を切らせて走ってきたアサギに、すかさずミノルは駆け寄った。差し出された剣をそっと触れると、身体が震え出す。全身に鳥肌が立った、息を飲み込んで固く握りしめる。そして、ゆるやかに剣を抜き放つ。

「恐らく、惑星ネロの武器なの。ユキには似合わないから、ミノルかな、って」
「……貰っとく」

 他にも言いたいことはあったが、ミノルは素っ気無く視線を逸らした。無事でよかった、とか、ありがとう、とか。言いたいことは多々あるが、感情がぐちゃぐちゃになって涙が込み上げてきたので、上手く話す自信がなかった。無事だとは思っていたが、実際に再会してみると喜びは計り知れない。潤んでいる瞳を見られたくなくて、唇を噛み締める。
 そんな様子にアサギは小さく笑うと、そっとその場を離れた。
 追って来たハイは、踵を返したアサギに剣を差し出した。悠々とそれを眺め、撫でるように触れる。すると、口からその剣の名が飛び出す。

「カラドヴォルグ。惑星ハンニバルの剣、ですね」
「そうなのか? 城内の瓦礫で見つけたので、ここのものかと」
「ハイ様が存在を知らないのに、惑星クレオにあったならば。……テンザ様が持っていたのかもしれません」

 ハイから受け取り、一礼して一振りすると剣が啼いた。共鳴するように、勇者達が所持している武器が金属音を鳴らし始める。
 アサギはケンイチに駆け寄ると、カラドヴォルグを差し出して微笑む。
 自分の剣だと直様理解したケンイチは、深く頷くと剣を掴んだ。二本の剣を構えるにはまだ幼い為、背に霊剣を収めるとカラドヴォルグを選ぶ。その剣は、重い。
 勇者六人は、各々の武器を携え再会した。
 異界からやって来た、小さな勇者達。不思議と怖くはなかった、全員が無事だと知れば無敵。もう誰も、傷つくことなく全てを終わらせる。
 アサギの右手に、燦然として輝く片手剣がある。杖から変化したそれを持ちながら、そっと腕を伸ばす。トモハルも、ダイキも、剣を水平に保ち、腕を伸ばした。
 金属同士がぶつかり合うような音と共に、トモハルの所持するセントガーディアンが光の輝きを増した。連鎖反応で、ダイキのレーヴァティンも発光する。

「行くよ、セントガーディアン」

 小さく呟いたトモハルに、剣が応じた。無数の光の筋が、言葉と共にミラボーへと突き進んだ。驚いて見つめると、隣では知っていたかのように静かにアサギが頷いている。

「これが、本来の姿?」

 震える声を出したトモハルに、剣は煌めく。眩いばかりの光を放ち続ける、勇者達。地球からここへ来た時は剣も魔法も使用できなかった彼らが、目の前で猛々しく魔王に向かう。
 皆は、勝利を確信した。
 遮るものなど何もないと、思っていた。ゆえに、彼らは傲慢な面構えを見せる。
 愚かな事よ。

 首に手足に、耳に髪に。男らに貢がせた色とりどりの宝石を身に着け終えると、水面に微笑んでいる自分を見つめる。

「うん、準備はよし」

 魔界の森で捕らわれていたマビルは、騒がしい空中へと浮遊した。
 兄のアイセルが、そして魔王アレクが死に、マビルを縛り付けていた結界が薄れている。今なら難なく、自分の力で出る事が出来た。
 ついに、束縛の森から解き放たれた。

「あはっ! 出られたー、わーい!」

 状況を確認すべく周囲を見つめ、小首を傾げる。
 眩すぎて瞳を細めるしかないその場所に、茶色の髪の男がいた。引き寄せられるように瞳に飛び込んできた男に手を伸ばしかけて、すぐに引っ込める。咄嗟に動いた自分の手を、忌々しく睨み付け唾を吐いた。
 地面に崩れ落ち苦戦している魔王ミラボーを鼻で笑うと、面白くなさそうに髪を弄り始めた。醜すぎて、見ていられない。瞳に入れるのすら、躊躇する姿だった。

「なんて無様なの。地面に這い蹲るくらいなら、死んだ方がマシよね」

 森から出られたものの、何をしたらよいのか分からないマビルは、暫しそのまま宙に浮き様子を見ていた。魔王ミラボーも、今の自分ならば勝てそうだった。アサギも同様に殺せるだろう、枷は外れている。

「どうしようかなぁ。えへへ! あたし、強いもーん。真打登場だもーんっ」

 マビルは余裕たっぷりの笑みで、魔界の中心を見つめる。楽しい事に、首を突っ込むのは好きだ。そして、幸福感に浸っている者達に泥水をぶちまけ、掻き乱してやる。実に、愉快。

 毅然とした態度で、懸命に魔法を放ち続ける。
 しかし、アサギの隣に立つハイを見て、ムーンが憤慨し近づいてきた。戦闘中は耐えようと思っていたのだが、虫唾が走り限界だった。宿敵が傍にいるのに、見て見ぬふりなど出来ない。

「おのれっ……!」

 爆発的な殺意に支配される。ムーンにとって、ハイもミラボーも同じ魔王。しかも、故郷を滅ぼした憎き仇はハイである。獰猛な憎悪を剥き出しにして、杖を向けた。
 隠し様子のない殺気に気付いたハイは、俯きがちにムーンを見て深く頭を下げる。彼女が誰かは、知っている。驕っていた自分も、憶えている。謝罪の言葉など意味をなさない事も、承知していた。
 面食らい、馬鹿にされたのだと思ったムーンは、唇が切れるほど噛み締めた。そして金切り声で絶叫し詠唱を始めるが、ハイは頭を下げたまま避ける様子も抵抗する意思も見せない。
 その中間に躍り出て、ハイを庇うように腕を広げたのはアサギだった。

「アサギ、退きなさい。彼女に罰せられても仕方がないのだよ」
「退きません」

 ムーンは、涼しい顔でこちらを見ているアサギの名を吼えるように叫んだ。そして、躊躇せず詠唱を完成させた風の魔法を放つ。
 悲鳴を上げたユキだが、アサギは微動だしない。静かに唇を動かし、両腕を交差させて振り払うと、その魔法が掻き消える。
 舌打ちし再び詠唱しようとしたムーンに、サマルトが飛びかかった。
 もがき続けるその姿に項垂れたハイは、静かに瞳を落とし何度も心中で詫びる。自分を憎んでいる少女を前に委縮し、過去に絶望する。
 ムーンが恋心を抱いていたロシアは、ハイのせいで命を落とした。家族を含めた故郷の皆も、殺された。金きり声で絶叫する亡国の王女の悲鳴が、痛々しく皆の心に突き刺さる。気持ちはわからないでもない。しかし、目の前にいるハイが、傍若無人な態度で世界を破滅に追いやった魔王だとは、多くの者が思えなかった。
 消せない過去は事実だが、今のハイには当時の雰囲気など残っていない。

「話は後です。ハイ様もきっと、全てを話してくれます。ミラボーを、倒しましょう」

 アサギはムーンにそう告げた。
 目を大きく開き、普段の上品な物腰は何処へか。鬼女のごとき形相で叫び狂うムーンだったが、徐々に大人しくなる。我に返り、杖を折る勢いで強く握り締め地面に叩き付ける。自我の制御が出来なくなるほど、ハイを忌み嫌い憎悪の念を抱いていた。血走った瞳で睨みつけ、脚を踏み鳴らす。身体が怒りで爆発しそうだったが、懸命に抑えた。大きく息を吐きながら、やり場のない怒りを抑えられず魔法を連発した。髪を振り乱し、声を荒げて泣きながら続ける。
 狙いは、ハイではなくミラボーだった。
 平素のムーンを微塵も感じさせない、最早別人の彼女は見ていて痛々しい。励ますことも許されず、ただ見守る。
 だがアサギの言う通り、まずは目先の問題を解決しなければならない。魔王ミラボーを倒すことが先決だと腹を括った。ポロポロと涙を零しながら、辛抱する。
 空中から様子を見ていたトビィは、遠方で漂っているマビルに気づいたが、ただの魔族だと思い気にしなかった。今は、ミラボーに神経を集中させなければならない。先程から一方的に攻撃を食らい続け、こちらの圧勝に思える。しかし、それが逆に不気味に思えた。
 
「どう思う、クレシダ、デズ」

 信頼している竜達に、声をかける。クレシダは沈黙したままだったが、デズが口を開いた。

「弱っているように思えません。魔王とは、こういうものだろうか……。正直、罠でないかと勘ぐってしまう」
「同意。気を抜くな、攻撃が来る前に叩いておいたほうが賢明か」

 言うなり、察したクレシダが下降する。デズデモーナも落下するように颯爽と続いた。
 ひっくり返っているミラボーの腹目掛けて飛び降りたトビィは、そのまま剣を突き立てると走る。腹を切り裂きながら、旋回してきたクレシダの脚に捕まった。デズデモーナも爪で切り裂き、ニ体の竜は再び宙へと舞う。

「気に食わん……」

 上空から怪訝にミラボーを見つめたトビィは、憎悪が籠った声をもらした。胸が妙にざわめいて、悪寒すら感じている。斬れた腹から内臓らしきものが見え隠れしているが、それらは正常に動いているように思えた。
 そんな中、地上では合流したエーアにセーラ、メアリに皆が歓声を上げる。勝利したも同然であり、喜び合った。申し訳なさそうに加わるエーアだが、呪縛が解けたのならば大歓迎だ。

「先程は手荒な事をして申し訳ありませんでしたね、エーア」
「いいえ、貴方と私の立場が逆だったら、同じことをしていたもの。寧ろ感謝するわ」

 蟠りがないエーアとアーサーの会話に、周囲は胸を撫で下ろす。

「さぁ、大詰めです!」

 魔法が扱えるものは、アーサーの指示を受け連携するように詠唱した。
 接近戦を得意とする者達は、三、四人でミラボーへと向かう。
 反撃してこないミラボーを、一方的に皆で攻撃する。肉が切り裂かれ、血飛沫が地面を夥しい色に染めていった。あまりの手応えのなさに、歓声を上げながら攻撃をする者も出てきた。
 一方的に攻撃出来るというのが、ここまで気持ちが良いものだったとは。緊張感など、そこにはない。まるで毛布でも切り裂くように、目の前のそれが魔王という生物であることを忘れかけていた。
 戦いは終わったと確信していたので、悠長に笑いながら攻撃を繰り返す。
 それは、傍から見たら狂気と錯乱に陥った嫌悪すべき姿にしか見えなかった。相手が魔王とはいえ、笑みを零し暴行を加えているさまは、酷く醜い。
 だが、すぐに数人は気付いた。我に返り、正気を取り戻す。

 ……何か、おかしい。

 アーサーとナスカが顔を顰め、ブジャタとクラフトが怪訝に顔を見合わせる。
 目の前にある巨体がすでにただの肉塊で、本体は別にある気がした。弄ばれた気がした、自分達の愚劣な行動を、違う場所でせせら笑っている。
 怒涛のような戦慄に、蒼褪めた。
 異変に気づいたトビィが叫んだ時には、数名が吹き飛ばされていた。吹き荒れる風は、ミラボーが放ったものではない。
 銀髪をなびかせ、無表情で立っている魔王リュウが放ったものだ。地面で不恰好に潰れているミラボーを一瞥し、悠然とリュウは周囲を見渡すと、アサギとハイを見つけ酷薄な笑みを浮かべた。普段通り子供のように笑い、腰に手をあておどける。

「流石だぐ、勇者アサギ。お見事だぐーな、仲間とも合流、魔王の一人も手懐けたぐ」

 悪意に満ちた声にハイが目を吊り上げるが、毅然とした態度でアサギは進み出る。

「リュウ様。私、あそこから脱出しました」
「ここにいるのだから、そうだろうね」

 冷ややかな視線をアサギに向けたリュウの声色が、一転する。

「……選ばれた勇者というのは、地上の幸運を膨大に所持しているのだろうね。まさかとは思うけれど、特権として他の者から吸い取っていないかい?」

 言い方が勘に触ったハイが声を張り上げたが、アサギがそれを制した。
 目の前のリュウは、不気味だ。言葉一つで、味方にも敵にもなりそうな気がする。大きく口内に溜まった唾液を飲み込みアサギはゆっくりと近寄る。
 余裕の笑みで、リュウはそれを待っていた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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