友達

文字数 8,377文字

 一瞬静まり返った後、「嘘を吐くな」という激昂した声が皮切りとなって、ぞんざいな口調の罵声が四方で巻き起こった。
 しかし、王は自分に跨っていた娘を跳ね飛ばすと、下腹部を隠すことなく近づいた。彼の目は狂気に満ちながらも、子供のように光り輝いても見える。
 それが、余計に恐ろしい。
 近づくにつれて漂う体液と血液が混ざり合った異臭に、サンテは顔を顰めた。だが、どうにか持ち直して機嫌を損ねぬように、唇をきつく噛みながら跪く。

「わしには、この下賎者に、このような状況下で戯言をぬかす度胸があるとは思えん。それで、褒美に何が欲しい」

 王が名ばかりの勇者と本気で話を始めたことに、周囲は驚きを隠せなかった。見下している様は見てとれたが、意外だ。王にしてみたら、一種の戯れだったのかもしれない。誰でもよいから、この停滞した状況を変えるきっかけが欲しかっただけかもしれない。
 つまり、そこまで期待はしていなかった。
 だが、余興としては面白かった。

「ぼ、僕は普通の生活を望みます! 小さくて構いません、けれど人が住まうきちんとした集落に住みたい! 寒さに凍えなくてもよい家と、多くの作物を実らせる畑が欲しい。最初に場所と資金さえいただければ、自分でどうにかやりくりします。一人で生活することに、疲れてしまいました」

 叫ぶように言い放ったサンテに、一斉に剣が向けられる。
 しかし、王は豪快に笑い飛ばして、剣を下げるように顎で指示をした。

「謙虚だな“勇者”よ。階級や名声、金、屋敷が欲しいだの、そういった願いでなくてよいと」
「僕は、卑しき者。高貴な方々の華やかな生活に憧れても、馴染めず無理です。あんな寂れた場所で、一人きりで一生を終えたくないというだけです」

 王はサンテがどのような生活をしているのか知らない、下々の者に興味が無いからだ。だが、珍しい褒美を口にしたサンテに興味が湧いた。

「ふむ。そなたの話が本当ならば、望む通り褒美をとらせよう。面白い奴だ、興味が湧いたわ。で、きゃっつの名は何というのだ?」
「お、おまちください王よ! 召喚士でもない者が知り得るはずがありませ」

 慌てふためき王に駆け寄った一人の召喚士の首が、飛んだ。
 冷徹な眼差しでゆっくりと倒れていく胴体を見ていた王は、唾を吐き捨てる。口答えなど、許されない。自分の趣向を邪魔された憤怒は、計り知れない。王は直様サンテに向き直ると、奇怪な恐怖を憶える笑みを浮かべた。

「話の続きを」
「僕は、確かに召喚士ではありません。ですが、あの者と暮らしていました。その時、名を聞いたのです。勇者として何かお役に立たねばと、あの者の油断を誘えるように、親密な関係を築き上げました。報告が遅くなりました、申し訳ありません」
「ほぉ! なかなかやるではないか!」

 その言葉に皆が息を飲み、異端の目でサンテを見た。幻獣と暮らすなど、考えただけで悍ましい、と密かな陰口が広がる。王が気にかけていなければ、直様迫害すべき人物だと顰めき合う。

「ですが、正式な名を知りません、一部だけです。ですので、僕に召喚士様方が所持する記帳を貸してください。調べてみたいのです」
「ふむ! そこらに溢れかえっておる愚鈍な役立たずらより、断然良いではないか! 貴様ら、この小僧に至急記帳を渡せ」

 王が叫ぶなり、召喚士の一人が醜悪なものでも見るようにサンテに近づき、そっと手渡す。
 ずしりと重く古めかしいそれに、サンテは戦慄した。始終身体は震えていたが、記帳表は手放さぬ様に受け取った。

「あの、何冊か存在するようですが……。皆様がお持ちの記帳の中身は、全て同じですか? 違うのなら全部拝見したいです」

 召喚士達は王が睨みを利かせていたので、渋々サンテに近づくと手にしていた記帳を渡し始める。
 死んだ魚のような瞳で睨まれたが、サンテは動揺しなかった。これくらい、想定内だ。全部で九冊の記帳が手に入ったので、一冊を開いて瞳を細める。

「王よ、その高貴な御耳をお貸しくださいませ。貴方様にのみ、お伝え致します」

 恭しく跪きながら、サンテは胸に記帳を抱きとめて呟く。
 王は浮足立って、いそいそとサンテに近寄った。
 兵達はサンテが不穏な動きを見せないか、武器を構えたまま囲んでいる。
 サンテは控え目に顔を上げ、唇を動かす。
 見る見るうちに、王の表情がにんまりと歪む。
 伝え終えたサンテは、恐れ多いとばかりに直様床に平伏した。

「ですが、欠けています。僕はそれを調べます、王の為に、急ぎます」
「うむうむ! 誰か、小僧に前金を渡せ。褒美じゃ! そして馳走を振舞え!」

 惨劇があった部屋で食事など、とサンテは密かに眉を顰めたが、杞憂だった。瞬く間に豪華な衣装と宝石をあしらった装飾品が届けられ、食べきれない量の料理が運ばれてくる。香ばしい匂いに、サンテの腹が正直に鳴った。思えば、まともに食事を摂っていない。記帳を丁重に傍らに置くと、喉を鳴らして勢いよく手で掴むと、口に放り込む。
 下品な! と周囲で悪態をつかれたが、常に食事がある生活とは無縁だった。食事の作法も知らないのだから、そもそもが無理な話である。
 口に含んだ瞬間、瞳の色が変わる。食べた事がないほどに柔らかい肉からは、汁が溢れんばかりに垂れてくる。付け合わせの野菜は宝石の様に輝き、驚くほど甘い。死体の近くではあったものの、無我夢中で食べた。そんなこと、気にしていられない。死臭より、旨そうな匂いが勝っている。
 料理の中には、果物盛りもあった。サンテが知らない果物が並んでいたが、中央には美しい深紅の苺がこんもりと乗っている。

「小僧よ、早く名を調べるように。他の者は至急地下の兵器を解放しろ! 召喚士達は操ってきゃっつの捕獲に向かえ!」

 上機嫌の王は、豪華な毛皮を羽織って煙草を吸いながら部屋を出て行く。召喚士達も兵器を操らねばならないため、付き添った。部屋には若干の使用人が残され、飛び散った血痕の掃除にあたっている。
 サンテは、食事を頬張りながら記帳を眺めていた。普段ならばカスであれども皿を舐めて残さず綺麗に平らげるが、床に零そうがお構いなしで食べ続けた。苦手な味のものは、吐いて捨てた。

 地下に幽閉されていた幻獣が、一斉に解き放たれる。
 『突如姿を現した美しい兵器を捕獲せよ』、との命令に逆らう事など出来ないが、幻獣達は顔を見合わせ項垂れる事は出来た。

 ……あぁ、また仲間が犠牲になるのか。

 落胆しながらも、命令は絶対だ。

「しかし、一体誰だろう」

 額に一角を所持する氷のような滑らかな肌の娘は、ユニコーンの末裔。自慢だった長く煌びやかな髪は、疲労と抑圧で痛み放題である。名を、キリエ。飛行部隊として重宝されていた。

「まだ使役されていない幻獣がいたとは……。だが、それも今日で終わりか」

 背に蝙蝠のような羽を持った細身の男は、瞳が深紅で血を連想させる。短い金髪が漆黒の羽によく映えた。鋭い爪を持つ彼の名は、ケルトーン。夜間でも敵を見逃さない、飛行部隊の一人である。彼は項垂れて嘆き悲しんだ。
 背負う強大な斧を軽々と持ち上げて疲弊した表情を見せる中年の男は、片目がない。筋肉の塊のようで動きこそ鈍足だが、腕力では一撃で地面をえぐる。オーガの彼はコルケットという名だった。

「飛行部隊で叩き落し、地面に落下したところでお前が仕留めろ。死ななければ多少の無茶は構わん」

 キリエ、ケルトーン、コルケットは地面に目を落としたまま諦めた溜息を吐く。毎度の事だ、この戦法で何度か敵方にいた仲間を手にかけた。
 キリエとケルトーンが召喚士達に監視されながら、渋々飛び立つ。新しくこの街に配属となったリングルスが先に戦っていることは、すでに聞かされていた。
 前方を見上げると、リングルスが泣きながら空中を舞っている。
 
「……まさかっ」

 近づくにつれて、キリエとケルトーンの表情が変わる。上空を仰ぎ見たコルケットも、顔面蒼白で思わず斧を手から落としてしまった。
 リングルスと格闘していた人物は、他ならない最愛の王子である。
 名前を挙げそうになって、辛うじてキリエが自身で口を塞いだ。だが、口は塞げても攻撃の手は止まらない。リュウ目掛けて突進し、角で一突きにしようとする。

「っ! このような場所に仲間が大勢」
「お、お逃げください! 何をやっているんですかっ」

 キリエを避けながら、リュウは痛んだ彼女の髪を憐れんだ。

「そ、そうです! 早く遠くへ!」

 急降下しながら手足の爪で突き刺そうとしてきたケルトーンを、紙一重で避けて地上を見れば、もう一人仲間がいる。

「この街だけで四人か! 必ず助けるから!」
「我らのことは構わず、お逃げください!」

 悲痛な叫び声は、咆哮となる。
 リングルスの猛攻に二人が加勢に入れば、流石のリュウとて体力に限界が来た。おまけに腕の中にはトッカがいる、上手く避けないと傷ついてしまう。焦燥感に駆られ、水面ギリギリを飛行し逃げ惑う。一旦は何処かの森に身を潜め、態勢を立て直さねばならない。
 地上では、人間達が怪訝に上空を見つめていた。コルケットが尋常ではない程に取り乱したのを、見逃さなかった。

「王よ、ひょっとしたらあの新しい兵器……相当な位の者では?」
「位? なんだ、兵器にも位なんぞあるのか?」

 召喚士の一人が、恐る恐る王に近づく。
 王は再び踏ん反り返り、娘らを侍らせていた。
 そもそも、この場に王がいる理由は、高みの見物、ただの戯れ。敵方で使役されていたリングルスを確保したことを報告すると、その戦闘能力を見たいと王が言い出した。前線には出ない堕落した王であるものの、剣の腕は確かだった。

「代々、王として君臨する家系があると聞いております。名は……」

 水面を飛んでいたリュウの身体が、電撃に打たれたように痺れて一気に水中に沈む。
 悲鳴を上げたキリエだが、救う事など出来ない、寧ろ、これ幸いとばかりに水中に潜り攻撃を加える。死ななければ良いのだと、命令されているのだ。

「ごふっ」

 リュウは頬に傷を負ったものの、どうにか避けた。水中戦は二人共不得手である。身体が硬直し、鼻と口から水が入ってきたものの、一瞬だけ。トッカがいるので渾身の力を振り絞り河から飛び出すと、転がるように対岸の森に身を隠す。大木の根元で水を吐き出し、咽ながら荒々しい呼吸を繰り返した。木々が生い茂っているので、あの二人とて容易に攻撃を加えられないと踏んだ。
 予想通り、二人は森の上空を右往左往している。

「な、何だ今の……」
 
 僅かに落ち着きを取り戻すと、心配そうに擦り寄って来るトッカの背を撫でながら、片手を見つめる。全身が麻痺したようで、自分の意思では動けなかった。体力の限界でもない、まだ飛ぶ自信はあった。

「今は逃げるか……情けない」

 急に疲労感を覚えたが、産まれたての小鹿のような足でどうにか森を歩き廻る。
 いつしか、夜になっていた。
 そうなるとケルトーンが有利になる、ここで襲われたらひとたまりもない。

「あぁ、でも今日は」

 昨晩は満月で、今日から月が欠けていく。
 自分の髪が変色していることに気がついた。月の満ち欠けで髪と瞳の色が変化するリュウは、大きな月の下で、泉を覗き込む。
 最初に見た時はトッカが驚き吼えたが、流石にもう慣れたようだ。リュウの匂いをきちんと把握しているのかもしれない。
 神々しい銀髪と、金色に光る瞳は暗闇でも目立つ。黒髪黒瞳のほうが、闇夜に紛れるには丁度よかったのだが仕方がない。銀髪になってしまった自身の髪を見て、苦笑した。

「王子! 王子!」
「エレン!」

 意識が朦朧としていたが、エレンがやって来た。胸騒ぎがして近寄ってみたら、石の魔力によって案の定吸い寄せられそうになったという。
 心の昂りと焦りを抑えきれない様子のエレンを宥め、リュウは手身近に現状を話した。

「あそこに四体もの仲間が!? そして、欠片を何個か所持している人間がいると。だからこうも身体がざわめくのですね」
「どうする、エレン。一旦引くのが得策かな」

 キリエとケルトーンの姿は消えている、気配すらない。
 それが酷く、不気味に思えた。
 人間達がどのような策を思案しているのかわからない以上、撤退が得策だろう。仲間を見つけたのに逃げるしかないリュウは歯軋りするが、エレンが嗜めた。

「身体が濡れています、すぐに乾かさないと」
「それが、身体が硬直、いや、麻痺して河に落ちてしまったんだ。危うく溺死するところだった」

 何気なく告げたリュウだが、エレンが即座に悲鳴を上げる。首を傾げて見つめると、唇を震わせて声にならない声でぴしゃりと言われた。

「真名を一部知られてしまったのでは!?」
「まさか!」

 瞠目したリュウだが、確かにそれなら納得出来る。突如己の身体が制御不能に陥る原因など、他に考えられない。眩暈がして、木に寄りかかる。
 名を知っている人物は、人間ならばサンテ。
 もしくは、先程の仲間達が拷問され、吐いてしまったのか。
 絶望の淵に立たされたような顔をした二人は、一刻も早くこの場から立ち去るべきだと、闇夜に紛れて移動した。
 もし、ここでリュウが捕らえられてしまえば希望は失われる。最早、手立てはない。
 威勢よく単独で乗り込んできたが、意味がないどころか足手纏いの阿呆。
 気を確かに、と言い聞かせるが、植え付けられた恐怖心は容易く消えない。従順な兵器として扱われる自分を想像し、言い知れぬ絶望の色が顔に表れた。

「私は、弱いな……」
「決まったわけではありません、弱気でいては、取り込まれます!」

 リュウに寄り添い、エレンが励ます。
 だが、その優しさからくる行動ですら、今のリュウには自分の愚鈍さを強調させるものでしかなかった。

「うわっ」
 
 突然、トッカが腕の中で暴れた。驚いて反射的に離してしまったリュウは、軽やかに地面に降りたトッカが一目散に走り去るので、慌てて追いかける。
 エレンは無視するように意見したが、リュウにとってトッカは大事な犬、いや、友達だ。ここに置き去りにすることなど、出来ない。
 トッカは、尾っぽを勢いよく振りながら森を抜けた。そして、吼える。

「サンテ!」

 先程リュウが弓兵を殺害したあの壁に、サンテが立っていた。トッカは、主人の匂いを察知したのだろう。

「あれが、スタイン様と行動を共にしていた人間ですか」
「あぁ! まさかこの街に居ただなんて」

 訝しげにサンテを値踏みしていたエレンは、声を荒げた。

「スタイン様? やはり、あの人間が名を漏らしたのでは?」
「そ、それはない! 大丈夫だ、確かに、名はその、教えてしまったので、知っている。しかし、サンテはそんな奴ではない!」

 狼狽するリュウの隣で、エレンは瞳を細めて射抜くように見つめている。隙あらばその両腕から風を放ちそうな雰囲気だ。

「危険です、口封じのために殺しましょう」
「ま、待てエレン。サンテは私の友人なんだ、大丈夫だ! 信じてくれ」

 今にも行動を起こしそうなエレンを懸命に説得し、壁に立っているサンテを見る。
 彼は、何処か遠くを見ていた。

「お言葉ですが、百歩譲っても信用出来ません。ところで、一体何をしているのでしょう?」
「帰ったら話してくれるさ。さあ、トッカ、一旦は帰ろう! サンテはすぐに戻って来るよ」

 主人を見つめているトッカを抱き上げようとするが、するりと逃げる。久し振りに会った本当の主人が恋しいのだろうか、困惑したリュウは小さく溜息を吐いた。
 不意に、サンテと目があったような気がした。
 リュウは長距離でも、明確に姿を捉えられる。だが、人間であるサンテの視力ではここまで視える筈が無い。だが、こちらを見て何か訴えているような気もする。
 サンテの唇は、一心不乱に同じことを繰り返している。

「何か……言ってる。エレン、私はサンテに聞いてくるからここで待機してくれ」
「なりません、危険です!」
「頼むよ、サンテは人間だ。しかし、エレンが思っている様な奴じゃないんだ。人間にも善い奴が存在するんだよ」
「そう言って騙され死んでいった仲間を多く見てきました! 断固として反対します! 王子は甘いのです、油断させておいて、突如隠していた刃で斬りかかってくる姑息な奴らを信用してはなりませんっ」

 大きく顔を歪めているエレンは、鬼のような形相だった。
 エレンが止めるのも解る、けれども、サンテとリュウの仲は二人しか知り得ない。産まれた強固な絆は、二人だけが知っている。
 頑固なリュウにエレンが大きく溜息を吐き、こめかみを押さえながら低く呟く。

「……では、援護します。いつ、他の仲間が参戦するとも限りませんし、そもそも罠かもしれません。それよりも、体調は?」
「大丈夫、もう落ち着いた。許してくれて有難う、きっと、エレンもサンテを気に入るよ。鈍臭いけど真面目な奴だ。さぁ行こう、トッカ」

 意を汲んだように、トッカは小さく吼えて大人しくリュウに抱かれた。

 ……そうとも、トッカだってこんなに懐いている。
 
 水面ギリギリで飛行し、リュウとエレンは壁に近づいた。壁に弓兵は配置されていないようだった、不気味なほどに、人の気配がない。
 サンテは、ほどなくして壁を伝って上がってくるリュウ達に気づいた。周章し、挙動不審な程背後を気にしてこちらに視線を送ってくる。

「な、何やってるんだよ、こんなとこで! 目立っちゃうよ」
「それはこちらの台詞だ」

 小声で話しかけてきたサンテに、リュウが苛立ちながら答える。
 周囲を窺いながら手招きしたサンテにエレンは訝しんだが、リュウは軽々と壁に降り立った。身を低くし下を覗けば、人間達が慌しく動いている。壁に弓兵はやはりいない。

「手身近に話すよ、君の名前の一部が知られたみたい」
「貴様がその身可愛さに密告したのだろう!?」

 神妙な顔つきで相槌を打つリュウに、エレンが割って入る。間近で見るリュウ以外の幻獣に驚嘆したが、すぐに唇に人差指を一本添えて眉根を寄せた。

「静かにしてよ、今それどころじゃな」

 急に耳障りな音が間近で聞こえ、リュウは耳を塞ぐ。
 鐘が、再び鳴り出した。
 サンテの舌打ちと共に、何かが目の前を掠める。
 それは、一本の剣だった。
 月に反射し、冷え冷えと光り輝く。
 唖然とそれを見つめたリュウは、言葉を失った。目の前で剣を振るったのは、他でもないサンテだ。剣を構えて腰を低くし、こちらを見据えている。状況が把握できずに右往左往している傍らで、エレンが怒りの声を上げながら風を放った。
 鮮血が舞う。
 だが、辛うじてまともに喰らわず避けたようで、地面に転がったサンテは態勢を整えた。
 四方から幾つもの叫び声が近寄って来た、気づけば、溢れんばかりの人間が集まっている。焦燥感に駆られながらも、エレンは幾度も刃を放ち、人間を寄せ付けぬようにと防衛した。
 何処からか、豪快な笑い声が聞こえてくる。見れば、少し離れた塔の最上階から、王が見物している。

「でかしたぞ、勇者サンテ! 誘き寄せるとは見事なり! 更に褒美をやろう、貧相な家ではなく、屋敷を与えて使用人もつけてやるぞ」

 鼓膜に響く王の下卑た声は、リュウの脳髄に衝撃を与えた。何を言っているのか解らず、脳内が混乱する。視界が揺れる、回る。
 虚ろな瞳でサンテを見つめれば、皮肉めいた顔で笑っていた。

「き、貴様! 王子を弄んだのだなっ」

 上品なエレンが奇声を上げ、再び風を繰り出す。壁を破壊する威力の風だが、俊敏にサンテは避けた。無傷ではなかったが、致命傷はあたえられない。

「おのれ、おのれぇっ!」

 腕を振り上げて風を連打するエレンの傍ら、放心状態のリュウは動けずにいた。エレンが言う通りだったのだろうか、この状況はなんなのだろうか。みすみすとサンテの罠に嵌まってしまっただけなのだろうか、あの王が言う意味を受け入れてしまったら、全てが崩壊してしまう。

「王子、逃げますよ、王子っ」

 エレンが肩を揺さ振ろうとも微動だしないリュウは、友達であるサンテを縋る様な瞳で見つめている。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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