暗躍する陰、光で照らし廃除せよ

文字数 12,256文字

 少女二人の憤怒の原因が何か全く解らなかったケンイチだが、とりあえず怖いので話しかけることなく引き摺られていた。が、ユキが振り返りもせず重低音の声で話しかけてきたので、身震いする。

「ちょっとケンイチ! 何あの態度、あなたって、そういう人だったの!?」
「へ? 何が?」
「でれでれして、スケベ心丸出しの男みたいよ、最低、不潔、見損なった」
「えー!? ちょっとやめてよ、違うよ! トモハルじゃないんだから、人聞き悪い事言わないでよ」

 トモハルがそれでは気の毒だ。
 ユキはぷいっ、と横を向いて眉を吊り上げ歯軋りしている。今トモハルを出されたところで、怒りの矛先がそちらに向かうわけがない。
 とりあえず、弁解を始めるケンイチ。
 別に、ケンイチが何をしたというわけではないのだが、ユキの機嫌は直らなかった。それどころか、話す度に機嫌が悪くなっていく一方だ。

「いや、だから。美味しいお菓子をくれたんだ、あの綺麗なお姉さん達」

 その“綺麗なお姉さん達”という単語が、ユキの怒りに拍車をかけることになるとは思わなかった。ただの嫉妬心なのだが、ケンイチには意味が解らない。居心地悪く、無口なユキの後方をマントの端を摘みながら歩く。ケンイチはユキの表情を窺うが、依然として鬼のような形相だった。
 
「いやだってさ、綺麗なお姉さん達に囲まれて狼狽えない男はいないと思うよ。多分ミノルだってそうなるよ、トモハルは言わずもがなだし、ダイキは……ポーカーフェイスだからなぁ、どうだろ」

 小さく口を動かして、そう漏らす。

「んぁ? 何か言った?」
「いえ、何も言ってません」

 地獄耳以外の何者でもない。瞬時に振り返り、ドスの効いた低い声で威嚇するユキに、悲鳴を上げそうになる。ケンイチは慌てて首を横に振り、へこへことお辞儀をし機嫌を取り繕う。そして、鼻息荒く歩き出したユキに少し安堵した。殴られるかと思ったのだ。だが、小声で何やら文句らしき言葉を言い続けている姿に、背筋が凍る。これはこれで恐怖だ。

 ……ユキって、あんな性格だったけ? あまり接した事はなかったけれど、もっとお淑やかだった気がする。

 ケンイチは顔を引き攣らせ、ユキからムーンに視線を移した。暫くはそっとしておこうと思ったのだ。しかし、こちらも機嫌がすこぶる悪そうだ、人と話してはいけなかったのかと、落胆する。
 綺麗な半裸の美女に囲まれていた事が、二人の少女は気に入らない。だが、そんなことケンイチには解らない。女心は複雑だ、別に好きな相手ではない、多少気になる相手で仲間、というだけである。強いて言うならば、二人の少女は体つきが平坦だ。そこもイラついた原因であるが、口にするわけがない。
 気の毒そうにブジャタがケンイチを盗み見した。助け舟を出すべく、ムーンに付き添って機嫌を直して貰おうと必死である。だが、女は口が達者だ。

「私の国では、いえ、惑星では昼間に“あのような職業の女性は”出歩きませんわっ。歩くにしてももう少し淑やかな衣装を身にまとって頂きたく思いますっ。まして、いたいけな少年に接するだなんて、教育が悪いにも程があります。別に非難しているわけではありませんが、時と場合と人を選ぶべきでしょうっ? そうですわよね、ブジャタさんっ? こちらの惑星の道徳ってどうなっておりますの!?」
「あー、そうじゃのー。うんうん、最もじゃて」
「真剣に話を聞いてください! ここの国王様に直談判しようかしら」
「うーん、まぁ、その、あれじゃよ」

 先程から愚痴を延々と聞かされている、曖昧な返事をして誤魔化すしかない。今は何を言っても無駄だろう。噴火した火山から流れ出る熱くドロドロとしたマグマは止まらない、冷えることを願うばかりだ。
 耳にタコが出来るほど、ケンイチとブジャタは女二人の止まらないマシンガントークを聞きつつ歩く。
 行き先は、安居酒屋。陽が落ち、夕暮れ時に差し掛かり飲食店が賑わい出す頃だ。ブジャタの案内で、大通りではない道の、決してお世辞でも綺麗とは言いがたい店に到着する。
 ようやく、二人の口数が減ってきたところだった。
 旅人も、街の住人も気兼ねなく集まることが出来る、大衆向けの場所である。店内へ入って行く、既に店の中ではテーブルのあちらこちらで宴会が始まっていた、仕事帰りの一杯だろう。

「さて、耳を傾けましょうかのう。こういった場所では、結構噂が飛び交いますからなぁ」

 それが目的だ、ブジャタが空いていた中心付近のテーブルを見つけ、腰掛ける。三人も目配せし合うと、静かに椅子を引いて座った。
 ユキは、その店を見渡しあからさまに顔を顰めた。
 ケンイチはすぐに何故だか解った、“汚い”のだ。足元を先程から何かが通過していく、おそらくはゴキブリだろう。直視できない、想像しただけで恐ろしいので足を持ち上げてユキは着席している。壁には枯れた花が飾られ、絵画は高そうには見えない。客層も大声で喚きたてる人物達だ、酔っ払いが犇めき合っている。
 ユキは小さく俯くと、隣のムーンのワンピースの裾をしっかりと握り締めた。異様な雰囲気が、怖い。
 その場に似つかわしくない四人である。子供が二人に、老人と、美しい娘。普通に考えて居酒屋に来る顔ぶれではないが、周囲は興味がないのだろう、特に気にも留めていないようだ。
 適当にブジャタが注文し、後は瞳を閉じてじっと、耳を済ませる。三人は目配せし、神経を集中させた。
 四方から聞こえてくる、男達の声を聞き探る。

「おおぉう、俺様はよぉ、この間でっけぇ竜を退治したぜぇ」
「はっはー、そりゃぁよかったなぁー」

 すでに酔いが廻っている者達だ、これはホラだろう。浴びるように酒を呑んでいる、口から酒が零れようがジョッキを下げずに一気に飲み干しているようだ。
 勿体無い……とムーンが注意すべく立ち上がろうとしたが、慌ててブジャタが引き止める。憤慨しているムーンの気持ちは解る、彼女の惑星は食事すらままならない状態だったのであろう。魔王ハイの侵略ゆえに。
 痛ましく気の毒だが、比較するとこの惑星クレオは魔王の脅威に直面しているとは思えない。
 出てきた茹で豚と豆のサラダを皿に取り分けながら、ケンイチはユキのご機嫌を直そうと必死だ。水菜に大根、トマトの彩りが目に良い刺激を与えてくれる、おずおずと皿を差し出す。

「私、トマト食べられない」
「ご、ごめん。でも、食べなきゃ駄目だよ。トマトは美容に良いってお母さんが言ってた」
「何? 私には美容が足りないってコト?」
「そ、そんな事は言ってないだろ。ただ、ユキは女の子らしいから、そういうの気にするんだろうな、って思って」
「ふんっ!」

 テーブルに肘をついて不貞腐れているユキに、ケンイチは始終苦笑いだ。空腹だと機嫌も悪くなるだろう、何か食べてもらうべくパンを差し出し、スープを取り分ける。
 渋々食べ始めるユキにそっと胸を撫で下ろすと、ケンイチも食事をしつつ周囲に耳を傾ける。しかし、それほど気になる情報はなさそうだった、聴こえてくる話は普通の世間話へと移行しつつある。
 深い溜息を吐くブジャタは、予想通りだが若干気落ちした。一日で情報を得られるとは思っていなかった、空になった皿を見ながら勘定を頼むべく手を上げる。茶を飲むぐらいならば、もう一軒回れるだろう、この店は見切りをつけた。

「ここらで噂の盗賊の件だが」

 満腹感もあり項垂れていた四人は、同時にはっとして顔を上げた。
 近寄ってきた店員にブジャタは慌てて紅茶を四杯追加注文し、愛想笑いを浮かべる。顔は互いを見たまま、耳をそちらへ集中させる。

「街へ来る途中だが、ほら、森に鍾乳洞の洞窟あるだろ? あそこへ荷物を手にした二人組みが入っていくのを見たが、どう思う?」
「あぁ、あの巨大スライムが生息するっていうあれか」
「いや、俺が聞いたのは太古の宝石を死守しているからくり仕掛けの人形がいるって」

 届けられた紅茶に四人は手をつけずに、そのテーブル席の会話だけを抜き取る。
 嘘か真か、森に鍾乳洞があるらしいことだけは把握出来る。静かに周辺の地図を広げてみたが、確かに洞窟の印がそこに存在した。ただし、幾つもあるようだ。

「まぁ、どのみち、入る気はないわな」
「命あって、だからな。確かに盗賊に賭けられた賞金は高いが、あんな洞窟入る気しねぇ」

 いわくつきの場所なようだ、盗賊の住処になるならばもってこいだろう。人が近寄らないらしい、中に居るのは正体不明の魔物、というところか。

「そこまで見たなら役所に届け出たらどうよ」
「さっき行って来たが、取り合ってもらえねぇ」
「確証がない、ってか」
「そんなもんだ」

 冷めた紅茶を四人が飲み干す、周囲の喧騒とは真逆に極力音を立てないように席を立つと、宿へと急いだ。店を出て離れていけば、徐々に物悲しく静まり返った路地裏へと入る。
 予約してあった部屋へと戻る、部屋は当然男女で各一部屋なのだが、一方に集まると明日の作戦会議を始めた。薬草等の保持量を確認し、地図を広げ場所を確定する。ただ、話に上がった鍾乳洞がどれかは不明だ。
 地図を見る限り、入り口が四箇所あるようだが内部で繋がっているのか別物なのか謎である。
 近くから探索すべきか、遠くから行くべきか。

「一番近い場所から、行こう。違ったら、他を捜せばいい」

 ケンイチの一言で決定した、本来ならば遠くに身を隠すのだろうが、盗賊も徒歩で戻っているようだ。遠くへ行き来しているとは考え難い、とのケンイチの判断である。ブジャタは正反対の意見だったが、ケンイチを立てた。
 ゆっくり身体を休め早朝発つ事を決めると荷物の分担をし、入口への距離を測る。運良く、そちら方面の馬車が出れば途中まで乗せて貰うとして、そうでない限りは徒歩である。
 会議を終えると四人はそれぞれ浅い眠りに就いた、習いたての剣士が一人に、魔術師が二人、見習いの魔術師が一人。戦闘に支障が出てくる事は目に見えている、打撃系の専門職がいない。
 ケンイチは自分に重く圧し掛かるプレッシャーに、布団の中で押し潰されそうだった。魔法が効かない相手に遭遇した場合、自分がメインで戦わねばならないからだ。
 それでも、やるしかない。今はこの四人しかいないのだから。
 
 ……皆、それぞれ必死な筈だ。
 
 何度も自分に言い聞かせ、拳を強く握り締めた。

 早朝、宿の主人に簡易な食べ物を用意してもらいそのまま街を出る。半日あれば到着出来るであろう場所は、内部探索も含め往復で三日の計算である。
 街道が続いているので、森へ入るまでは非常に歩き易いことが幸いしたが、運良く後方から馬車が来た。入口付近まで連れて行って欲しいと頼み、言い値で金を支払い荷台へと乗り込ませてもらう。嬉しい誤算だ、一気に時間の短縮が出来た。足の疲労感を感じていたユキは我先にと乗り込み、足を伸ばしてマッサージを始める。
 探索がし難いと思われる洞窟内に備えて、体力温存が可能な事も大助かりだった。何分このパーティは体力に自信のある者が、ケンイチ一名である。
 荷台には簡素な幌がついているため、昇る太陽の熱い日差しを免れることもでき、老体のブジャタも胸を撫で下ろす。
 その馬車は、ジェノヴァの名産である絹を出荷しているらしい。荷台に大量の箱が積まれている。その、箱の僅かなスペースに収まっている四人。
 クリストバルで譲り受け、先日まで乗車していた馬車よりも、当然乗り心地は悪く、道の小石でガタガタと身体は始終揺れていた。
 ケンイチとユキは、それでも眠りに就いた。早朝に起床し疲労が出たのだろう、丸くなって静かに寝息を立てている。
 その間にブジャタとムーンが、今一度再確認をする。

「私の得意魔法は、風と水、そして回復。ブジャタさんが氷と攻撃補助魔法。ユキが風と回復。火炎系がないのが痛いですわね」
「うむ、属性が三人とも似たり寄ったりだのぉ。そして打撃の主力がケンイチ殿になってしまうのが最大の難点じゃ。戦闘に入ったら真っ先に詠唱に入り先手をうつ、それが無難じゃな」
「不慣れな勇者達に無理させたくはありません、二人ともかなり数日で目を見張る伸びを見せていましたけれど」

 昨日の大蛇との戦いを思い出し、ムーンは静かに微笑んだ。
 その嬉しそうな様子にブジャタも同意し、大きく頷く。

「ブジャタさんの杖には、何か効果が?」
「簡易な回復魔法の詠唱が可能じゃ、攻撃力は無きに等しい」

 ムーンとブジャタ、二人の魔法による連続、追撃攻撃が戦闘の鍵だ。ケンイチがこのまま成長すれば比較的整うが、今はまだ期待出来ない。問題は魔法に耐性のある敵が出た場合である、正直それが恐怖だった。
 ライアンがこのメンバーを振り当ててくれたが、正直彼では魔法の属性や相性が解らない。また、犯罪者を追うという危険な行動に出るとは思っていなかった。それゆえに、攻撃力に乏しい四人になってしまったのだ。

「仮眠されよ、亡国の姫君」
「いえ、ブジャタさんこそ、お休み下さいませ」
「いやいや、麗しいお嬢さんが先じゃろう」
「いえいえ、ここは老人にお譲り致しますわ」
「まだそこまで年老いてはおらーん!」

 のんびりと会話を続けていた二人であったが、急に馬車が大きく傾き停止し、馬と人間の叫び声が前方で上がる。二人は直様傍らの杖を掴むと、荷台から飛び降りた。
 盗賊だ、五人いる。馬車に攻撃を仕掛けてきたのだ、飛び出した二人の足元に燃えている矢が放たれる。見れば木の上にもう一人弓兵がいるようだ、全部で六人を相手にせねばならない。
 操縦者は辛うじて剣で応戦している、彼の護衛をしている二人の青年のうち、片方が手傷を負っているようだ。

「私、弓兵の動きを封じます!」
「承知!」

 ムーンは簡易な風の魔法を唱え、木の枝から狙っていた弓兵目掛けて放つ。木に護られている為直撃は免れているので、命に別状はないだろう。痛みで手を離したのか弓が落下してきたので、上空からの攻撃は気にしなくて良い。弓兵が木を降りてくるまでには時間がかかるだろう、地上の五人へ身体を向ける。
 ブジャタは操縦者を狙っている盗賊を三人まとめて、氷の飛礫で撃墜した。命まで奪う必要はないので、威力の低い魔法で応戦する。連続での使用も可能な為、人間相手ならこれで十分である。
 ケンイチとユキも騒ぎに気づき荷台から飛び出した、剣を引き抜き果敢に残りの盗賊に挑むケンイチを、後方でユキが援護する。
 その隙にムーンが負傷者の手当てをし、盗賊はあっという間に四人によって捻じ伏せられた。魔物とは違い、極力人間を傷つけたくないので難しかったが、懸命に剣を駆使するケンイチの功績は大きい。責任感が出てきたのだろう、不慣れだが基礎を思い出して戦っているようだった。今回は、相手が人であったことも戦い易かったのかもしれない。訓練の相手と同じであるし、人間ならば特殊な攻撃をしてこない。注意深く相手を見ていたら、次の行動も予想がつく。
 胸を撫で下ろし、布で汗を拭くケンイチは手が震えていた。上手くできた達成感と、刃物を扱った恐怖が同時に来る。簡単に慣れるものではない。
 馬車の持ち主に激励を受け、相談した結果木の上の盗賊も引き摺り下ろし、流石に野放しには出来ず縄で縛り上げた。
 問題はこの盗賊をどうするか。念の為、盗賊との会話を試みることにした。

「巷で噂の盗賊団じゃな? ちと聞きたいのじゃが。お主らの中に、魔物を呼び出せる妙な球体を所持している、もしくは知っている者はおらんかの?」

 もし所持していたら使用しているだろうが、念には念を。俯き、問いかけに全く反応しない盗賊達は、やはり簡単には口を割らないようだ。
 瞳を細めてそれでもブジャタは続ける、一人一人の顔色を窺いながら。

「ふむ、外道は外道なりに道理を弁えているのじゃな? “結束”はそう簡単に破れないということかの。さて、我ら。盗賊を一網打尽にすべく旅を始めたのじゃ、今から巣窟になっていると噂の鍾乳洞へ出向く。待っておれ、直に仲間達にも会えるじゃろうて」

 誰一人、顔色一つ変えずにブジャタの話を聞いている。ユキとケンイチが不安そうに顔を見合わせていたが、ムーンは鋭く盗賊を監視していた。
 捕らえた盗賊は直ぐにでも牢へと放り込みたいところである、馬車は次々にここを通りかかるだろうが、大人六人を乗せる余裕があるか解らない。しかし放置しておくのも魔物に襲われてしまいそうで気が引ける、また、通りかかった仲間によって救出されてしまうかもしれない。かといって、今から連れて引き返す時間が惜しい。
 街を出てから、二時間が経過していた。

「木に縛り付けて、戻ってきたら一緒に街へ戻るが一番無難かの? まぁその間に魔物に襲われたらそれはそれで……致し方あるまい」

 頭を抱えていたブジャタが容赦ない一言を繰り出した、流石の盗賊も顔色をかえる。街道であり、多少の魔物除けは張り巡らされているが、襲われない可能性など、無きに等しい。
 戸惑う馬車を先に行かせ、本当にブジャタは木に盗賊達を縛り付けた。唖然と見ているケンイチとユキには気にも留めず、満足そうに頷く。
 武器を所持していないか調べ、隠し持っていた小型のナイフ等は全て没収した。

「じゃあの、早くて二日後には戻る」

 不安そうに盗賊を見ていたケンイチの手を引っ張り、ブジャタは地図を広げながら街道を逸れて森へと足を踏み入れる。

「さぁさ、鍾乳洞を目指しますぞ!」

 大人しくムーンも続く、四人は慌てふためく盗賊を尻目に、そのまま森へと姿を消した。

「か、可哀想じゃないかな。流石に」

 森へ入って数分後、ケンイチが痺れを切らせてそう口にしたが、ブジャタは小さく笑う。

「囮ですじゃ」
「え?」
「ふむ、この辺りでよいかの? 盗賊達の様子も窺える、身も潜め易い。さて、どう動くか」

 座り込んだブジャタとムーンに、ようやく理解した、別に置き去りにしたわけではないのだ。本拠地に案内を頼もう、ということなのだろう。

「ただ、昨日の盗賊とは、団が違うかもしれません」
「まぁ、そうでなくとも一つの盗賊を壊滅させる事が出来るのならば。今後の商人の行き来にも、不安の影を落とさずに済むのぉ」

 やがて、盗賊達の話し声が聴こえてきたので、耳を済ませる。

「チクショウ、何だあのクソ爺」
「誰か! 武器はないのか!?」
「没収された、ねぇよ」
「助けに来てくれるのを待つしかねぇな、巡回している筈だ」
「しかし、情けない姿だ。見られたくない」

 特に情報は吐かない、不満だけを垂れ流している。数分聞いているが、重要な事は何一つ口にしなかった。
 ブジャタは溜息を吐くと、三人に肩を竦めた。諦めて盗賊をジェノヴァへ連れて行き、警備兵に引き渡す事にした。それが無難だったので、ケンイチ達は頷いた。

「しっ!」

 立ち上がろうとすると、慌ててムーンに引き寄せられた、指した方角に新たな人間が二名いる。街道を歩いてきたのだろうか、縛り上げられている盗賊達を見て笑っていた。

「無様だな」

 一人が嘲り笑えば、一斉に凄んで睨みつけるが、縛られていては全く効果がない。

「このままでは気の毒だ、助けてやんよ」

 舌打しブジャタが立ち上がるが、断末魔によってその場に立ち尽くした。目の前で、現れた二人組みは何か球体を翳した。球体に縛られていた盗賊達は、それに吸い込まれてしまった。衣服だけがその場に残っており、完全に人は消えた。

「よし、思わぬところで吸収できたな、上々だ」

 唖然とするケンイチ達など知らず、森へと入ってくる二人組み。締りのない顔をして笑っている、罪悪感も恐怖感も持っていなかった。ケンイチが反射的に剣に手をかけるが、ムーンが慌ててそれを制する。
 息を押し殺し、気づかれないように微動だせずにやり過ごす。

「……尾行しますぞ」

 緊張したブジャタの小声に皆心で頷く、音を立てないように、一定間隔離れて二人組みを追った。
 あれが、球体。ケンイチが昨日見た球体とは色が違った、大蛇は出てこなかった、しかし間違いなく“黒”である。人が球体に吸い込まれた、得体が知れないが臆することなく使用したところを見ると使い慣れている様だ。相当な技術者が後方にいるのだろう、二人組みは昨日の者達とは別人だ。二人で一組なのだろうか、そういった二人組みが何組も街に存在し犯罪を行っているのだろか。
 ブジャタは思案するが、正解は出てこない。今は見つけた尻尾を捕まえるために追うしかない。
 やがて二人組みは、到着した洞窟へと足を踏み入れる。

「なにやら。危ない香りがプンプンいたしますじゃ、準備はよろしいか」

 入口前で再確認し、深く緊張した面持ちで頷く一同は、そっと中へと進入する。
 武器を硬く握り締めた。
 岩に囲まれた入口は、染み出た水の恩恵を受け苔で覆われている。人一人通れる大きさで、普通ならば見落としているかもしれない。遠目では苔が森の木々と同化している、ブジャタは周囲の気配を窺いながら進入した。入ってみれば一気に鳥肌がたつ、恐ろしく気温が低い。ブジャタを先頭に、ケンイチ、ユキ、ムーンと続く。腕を擦り暖めながら、吐く息が白いことに驚いた。

 ……天然冷蔵庫みたい。

 ケンイチは震えながら身体を冷やさないように指を動かしたり、すぐに戦えるように態勢を整える。
 入り口も狭いが、中も狭く、二人並ぶのはきつい。
 やがて水が流れている場所に出た、膝辺りまでありそうだが仕方ないので水に入って進む。あまりの冷たさにユキは悲鳴を上げそうになった、半泣きだ。
 ここまで内部が広いとは思わなかったので、ブジャタは軽く舌打ちする。気温とぬかるんだ足元、先程の水で体力は奪われていく。精神的にも、この閉鎖された環境は辛い。
 暫く歩くと道が二つに分かれていたので、足跡を見て判断する。右のほうが明らかに多いが、左にも足跡の痕跡がある。

「どう思いますかな?」
「二つとも当たりなのかもしれませんわ、向かったのは右のようですけれど」

 屈んでムーンがそう告げる、左の足跡は真新しくない。しかし、足跡があるということは左にも何かがあるということではないのか。二人組みを追うべきか、左へまずは探索に行くべきか。

「左へ、行ってみよう」

 ケンイチが静かにそう切り出した、何か考えがあるようだ。ブジャタは静かに頷き、そのまま左へ足を進める。
 数分後、広い場所に出た。箱がその空間に幾つも置いてあり、静かに蝋燭の火が燃えている。
 人の気配はない。

「この広さなら、十分敵と戦えそうだ」

 ケンイチが大きく伸びをし、剣を引き抜きながら、箱を見つめる。
 頑丈そうな木の箱だった、特に鍵はかけられていないので空けようと思えばすぐにでも開くだろう。木の蓋がしてあるだけの簡易なものだ。

「どれ」

 ブジャタが静かに木の蓋をずらした、何が出てきてもいいように、四人は箱を相手に構える。
 しかし、特に何も反応はない。
 ひょいっ、とムーンが覗き込めば、思わず息を飲む。

「綺麗な珠が幾つも」
「球って、まさか!」

 ケンイチが思わず身を乗り出す、箱に手を入れて一つを掴みあげ、目の前で眺めれば。

「あの、球だ」

 知らず手が小刻みに震えていた、忘れもしない大蛇を出現させたあの球である。全員は神妙に頷くと全ての蓋を開き、唇を噛む。
 箱の中はその球ばかりが丁寧に布の上に置かれていた、しかし、箱ごとに球の色が違う。箱の数は全部で六箱、中身の球数はまちまちだった。

「多分、色によって効果が違うんだよね。これは大蛇が出てくる球。さっきの盗賊達を消した球の色が……こっちのこれかな」
「あと四種類、未知の効果があるのね」

 物騒なものだ、早急に始末すべきだった。
 しかし、どう扱えばよいのかが解らない、大蛇はこの球を地面に投げつける事で出現していた。
 破壊してしまうと、何かが起きるのだろうか。
 だが、持って街まで戻ることは不可能に近い、数が多すぎるし、途中で割れても大変だ。根源は後で叩くが、今はこれをどうすべきか。

「大蛇なら、四人がかりでどうにか倒せそうだよね」

 球を一つずつ割って、出てきた大蛇を倒す……地道な作業になりそうだが、確実だ。しかし、他の球に対しては良い案が浮かばない。四人で真剣に悩んでいた時である。
 声が聞こえる、球の補充に来たのだろうか。隠れるところなど、何処にもない。仕方なく四人は入口の左右に二手に別れて、敵を迎え撃つことにする。
 声の数は推定、二人。
 二人ならやれるだろう、息を潜め、進入してくるのを待つ。
 ケンイチの手の中の剣が、重みを増した気がした。全員の心音が聞こえてくるような、長い静寂の時間。

「さぁて、補充補充、っと」

 一人が入ってくる、二人目が入ってくる。

『今です!』

 ムーンが杖を地面に深く突き刺した、その音に驚愕の瞳で振り返った二人組みだが、そのまま停止する。
 影縛りだ、大蛇戦でもムーンが使用していた動きを止める魔法である。硬直している間に二人を縛り上げる、縄はムーンが腰に巻いていたものを使用した。騒がれると困るので、適当にケンイチのマントを切って口に詰め込んでおく。
 額の汗を拭いながら、まずは一安心し皆微笑む。
 捕らえた二人組みは、先程洞窟へ入って行った男だった。
 もう、この洞窟には人がいないのだろうか、それとも右へ行けば誰かがいるのか。二人の衣服を丹念に調べ、武器類は取り上げておく。
 念の為、球も各一種類持って行く事にした。
 影縛りが解け暴れ始める二人組みに、ブジャタが杖で容赦なく鳩尾を突き刺す。気を失った二人を見つめてから、四人は気を引き締めなおし道を戻り始める。分岐点に戻ってきた、次は右だ。
 何が出るか解らない、誰も居ない事を祈りながらケンイチは進む。
 やがて明るい光が漏れる場所へと出た、その先に部屋があるのだろう。静かに歩み寄り、中をそっと覗き込んだブジャタは三人に手招きをした。
 誰かが、いる。
 そこは休憩室なのだろうか、ベットもあり仮眠が出来るようだ。中央にはテーブルと椅子があった、二人そこに座っている。
 ベットに人は居ないようだ、ムーンが小さく頷いて再び影縛りの魔法を唱える。低く呻いて硬直する二人を確認すると、易々と侵入した四人は二人組みを縛り上げるべく縄を捜す。ベッドのシーツを引き裂いて縄にし、二人を先程と同じ様に縛り上げ、今度はベッドの柱に括りつけた。

「ふむ、ここはこやつらの休憩室じゃの。あの球は何処から届くのじゃろうか」

 とりあえず、四人を縛り上げたがあの球の手がかりはない。
 部屋を漁ると、ユキがベッドの下に隠し階段を見つけた。当然、進むべきだろう。
 ケンイチが、タンスの引き出しに宝石が大量に入っていることを確認した。確実に盗品だ。
 他は隠すというわけでもなく、普通に棚に武器が仕舞われている。もう、この部屋に用はない。四人は慌てふためく二人組みを尻目に、その階段を下りていった。
 更に空気が冷え込んできた、震え、マントで身を隠しながら足元に注意をし階段を下りる。僅かな光しかないが、ブジャタの発光する杖のお蔭で辛うじて進行方向は見える。

「怪しげな匂いが増しましたな」

 隠し階段の向こうこそ、この場所の“価値”を指すだろうことは安易に予測できる。
 四人は固唾を飲み込むことすら緊張し、胸の音が周囲に響きやしないかと不安になりながら歩く。やがて、眩い灯りが漏れる場所へと到着した。ドアは無い、階段の終着地点は部屋だ。
 鼻を覆いたくなる匂いが漂ってきた、何かを煮ているのだろうか、液体が沸騰する音がする。
 一瞬、四人は立ち止まる。互いの顔を見て小さく頷き、皆武器を強く握り締めた。
 ブジャタ、ムーン、ユキが詠唱に入る、ケンイチが剣を引き抜き構える。
 一斉に、階段から飛び降りて部屋へと侵入した。巨大な鍋の前に、人間が五人立っている。

「な、なんだ貴様ら!」

 叫んだ男だが先手必勝、三人の魔法が合わさりながら突き進む。風に乗った氷の塊が人間に襲い掛かった、悲鳴を上げて倒れ込む四人。
 しかし、一人は魔法を弾き返してきた。
 舌打ちするブジャタは、武者震いを起こして引き攣った笑みを浮かべる。
 流石にケンイチとユキにも解った、『あれが、親玉だ』と。
 気合の掛け声を出し自分を奮い立たせると、ケンイチが斬り込む。ムーンがケンイチに防御の魔法を、ユキとブジャタが他の敵に魔法を再度食らわし援護出来ない様にさせた。
 黒いマントを深く被り、その魔法を弾いた人物は自身も剣を引き抜きケンイチの攻撃を受け止める。
 フードがはずれ、顔が露になった。
 思ったより若い男だった、三十台前半だろうか。ムーンが影縛りを唱えるが、ケンイチの攻撃を防ぎながら、片手でムーンの魔法を弾き返す。
 ムーンは喉の奥で悲鳴を上げ、唖然と男を見やった。この魔法を弾き返してきた敵に、ムーンは遭遇したことがなかった。教えてくれた魔術師の先生しか、記憶に無い。その人と同等の魔力を持っているということだろうか、と戦慄が走り、冷や汗がどっと吹き出す。
 敵は、想像以上に強い。
 腕が痺れたケンイチが後方に下がると、三人が駆け付ける。

「危険な球を作っている場所、で良いのかな」

 ケンイチは鋭く睨みながら剣の構えをとくことなく、威嚇して問う。
 あっさりと、敵は答えた。

「あぁ。そうだが何か用か」

 左頬に大きな傷、首をコキコキと鳴らしながらマントを翻し、金髪の体格良い男は四人を睨み返してくる。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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